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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む王都の桜まつりが始まった。
時折風にのって音楽が聞こえてくるから子供達と期待に胸を膨らませながら『桜の庭』はいつもと変わらない1日を過ごしたけれど夜になり訪れたクラウスがお客さんを連れてきた。
それは宰相首席補佐官を務めるリシュリューさんで訪問の理由は俺の外出についてだとクラウスが教えてくれた。
わざわざ来てくれたのは良い知らせだろうか、それとも悪い知らせだろうか。逸る気持ちのまま寝間着を着替えてノートンさんの執務室へ向かった。
「ご無沙汰しておりますトウヤ様、突然の訪問お許下さい。」
「いえ、私もこの時間の方が手が空くので。」
リシュリューさんに会うのは15日ぶりだ。背筋をピンと伸ばして早口で話すのは相変わらずだけど聞かなくてもずいぶんと忙しくしているのがひと目でわかってしまう様な濃い色の隈が出来ていて、そんなに待たせていないのにノートンさんが入れてくれた紅茶は既に飲み干されていた。
「恐れ入ります、魔法士に依頼したものが先程ようやく手に入ったので急ぎ参りました。桜まつりへの外出の要望を把握していながら開催前に手配が整わなかったこと誠に申し訳ございませんでした。」
「という事はトウヤ君も一緒に祭りへ出かけられるのですね?」
「もちろんです、桜の奇跡に明けてすぐの頃は確かに混乱もございましたが現在は落ち着いております。それにトウヤ様こそがこの桜を咲かせたお方なのですから華やいだ王都と桜を愛でる者たちの姿を見ていただきたく存じます。」
みんなとお祭りに行ける、ずっと不安だったからそう聞いただけで胸がいっぱいになってしまった。嬉しくて今すぐクラウスに抱きついてこの喜びを分かち合いたかったのだけど今は騎士様として俺の背後に立っていた。
「では早速ですが認識阻害魔法を使うことなくお子様方とお出かけになられると言うことなのでこちらをご用意いたしました。このポーションには幻惑効果がありご使用くださればトウヤ様の特徴的な髪色と瞳の色を変える事ができます。落ち着いたとは言えやはりトウヤ様の黒髪はフランディールではあまり見かけないので目立ちます、試しに何名か王城騎士を髪色を変え街に出させて見ましたが黒髪と言うだけで男女年齢問わずあっという間に人だかりが出来ておりました。ですので今回に限らずしばらくは外出の度にこちらのポーションをご使用になられることをお勧めいたします。」
黒髪だけで人だかり?子供達もいるしそれはちょっと怖いかも。
「ポーションタイプは初めて見ますが使用による副作用はないのですか?」
「院長の仰られる様に同じ効果を発揮する魔道具もございますがアクセサリーによる髪色の変化は外した途端効果が失われます、虹彩の変化を起こす点眼薬もございますが涙等の使用条件により持続時間が大きく異なってしまいますので頻繁に使用しなくてはなりませんがこちらのポーションであればのその様な事はありませんのでより安心です。王族の方々がお忍びで外遊される時に使用する物ですから副作用等の安全面にはもちろん気を配っております。効果はこのひと瓶の使用でおよそ1日、よろしければ一度お試し下さい。」
そう言ってリシュリューさんは化粧箱に収められたいかにも高そうな小瓶を丁重に取り差し出した。
「いいんですか?」
「もう一瓶用意してありますし試すだけならひと口程度お飲み頂ければすぐに効果が現れるかと。」
そのままどうぞ、と言われたけどさすがに直のみは駄目だろうとティースプーンにポーションの瓶を傾けた。
「あの…何色に変わるんですか?」
今までの人生で髪を染めたことはなかったからどんなふうになるのか楽しみではあるしこの世界のカラフルな髪や瞳の色もずいぶん見慣れたけれど今スプーンにあるポーションは少しとろみが付いたきれいなマスカット色の液体だった。
自分の見慣れた黒がいきなりこのマスカット色になるのなら心の準備が必要だ。
「説明が足りず申し訳ございません、目立たぬ事が目的ですので魔法士には体毛も瞳も比較的多い茶系に変化する物で依頼をいたしました。」
それを聞いて安心した俺はスプーンをパクリと口にしたんだけど見守っていたノートンさんとリシュリューさんは同時に首を傾けた。
「……変わらないね。量が足りなかったのかな?」
「そんな事はないと思いますが変わりませんねまさか失敗作でしょうか。トウヤ様少々失礼します。」
リシュリューさんもポーションをティースプーンにとると一匙分を口にした。
するとリシュリューさんの銀色の髪がみるみるうちに明るい茶色に変わり、眼鏡の奥の若草色の瞳も薄い茶色に変わった。
「凄い、ホントに変わった。」
目の前のリシュリューさんが別人みたいに見えてひとり驚いて恥ずかしいけどこういうの本当にびっくりしてしまう。飲んだだけで変わっちゃうなんて魔法って本当に凄い。
「そうですか、ではポーションに問題はないのですね。」
自分で見えないからか慣れているからなのか変化した事実だけを受け止めると眼鏡の真ん中を右手の中指で抑え込みじっと俺を見据えた。
「トウヤ様の治癒能力でしょうか。これは予想しておりませんでした直ちに魔道具の手配を致します。しかし困りましたね既存の物があるにはあるのですが外れにくさを鑑みてピアスタイプとなっています。トウヤ様のお耳にはお付けできません、王妃様でしたら髪飾りをお持ちかもしれませんね、一から作るとなると……。」
「───あ。」
思いかけない失敗にリシュリューさんが次の手を思案し始めた時、背後から何かを思いついた様なクラウスの声が聞こえた。
「どうしたのクラウス。」
「もしかしたら冬夜様の身に着けている魔道具が原因かもしれません。」
魔道具と言われてもピンとこなくてクラウスが自分の左手に触れて見せやっと気付いた。
袖に隠れているブレスレットは空の蒼色の魔法石を金糸で編んあるクラウスからもらった大切なお守りで、これまでに何度か護ってもらった事があるくせについ忘れてしまうのだけど実はルシウスさんの作った魔道具だ。
「これには状態異常無効魔法が付与されているのでそちらの効果を打ち消してしまったのでしょう。」
そう言えば前にお酒を飲んでも酔わないって言われたっけ。
「しかしこちらのポーションは先程も申し上げた様に王族の方がご使用になるものなので幻惑魔法の最上級の使い手によるものなのですがそれを無効化してしまうとは……こうなると魔道具も効果がないかもしれませんね。ではトウヤ様、申し訳ありませんがそれを外して今一度お試し下さい。」
「でも……。」
どうしたら良いんだろう。
お守りを外したせいで沢山の人に迷惑を掛けたのは記憶に新しい。加えてその時に二度と外さないと約束した相手が直ぐそばにいるのに。
お守りを外し髪色を変えないと子供達とお祭りに行けないのならどちらを選ぶのが正解だろう。
「冬夜、これを外さないで欲しいと言ったけれどそれは俺が冬夜のそばにいられない時だ。今も祭りの時も必ずそばにいるから外しても構わない。」
躊躇した俺に答えをくれたのはクラウスだった。
そっか、これは『代わり』で今はそばに本物がいる。
「わかった、じゃぁ外すね。」
そうしてお守りを外し改めてポーションを口にすれば無事に効果が現れた。
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