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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む振り返るとそこにクラウスがいた。まさか幻覚?
「──へ?なにこ……っ。」
「シーッ。子供達が起きたら困るだろ?」
不意に現れた幻覚に慌てる俺の口を塞がれたお陰で更にびっくりしていろんなものが引っ込んだ。なにこれ本物だ。
わかったと頷けば塞がれた口は開放されたけど何から聞いたら良いのか混乱して言葉にならない。
「な、え?どう、えぇ───!?」
「どうしてかって?もちろん願い姫に望まれた通り逢いに来たんだ。」
混乱がおさまらず椅子から立ち上がれない俺の前でクラウスが笑って両手を広げた。
我慢していた欲しかった物が目の前に丸ごと差し出されたせいでさっきまであんなにごちゃごちゃと悩んでいたのに全部吹っ飛んでその腕に飛び込んだ。
たくましい胸に抱きとめられ2度、3度と唇を重ねたらもう離れたくないのにこの部屋じゃ一緒にいられる場所がない。それならとクラウスが選んだのは床の上だった。もちろん俺は隣に座ろうとしたけれどあぐらをかいたクラウスの足の上に乗せられた。
「重くない?」
「ディノよりは。」
「そんなの当たり前だし。」
真面目に聞いたのにすぐにからかう。でもこの間散々膝の上にいたから今更聞くのもおかしな話かも。
「どうやってきたの?そういう魔法?」
「そうだと言えたら良いが転移魔法なんて使えない。院長に伝言を預かってさっきまで話してたんだ。」
「じゃあなんでわざわざ通信石で話したの?」
「話はすぐ終わったから庭で部屋の灯りがつくのを待ってた。」
それならすぐに来てくれればよかったのに。
そう思ったけどそうしなかったのは多分俺の為だ。俺が逢いたいって言わなかったらそのままお城へ戻ってしまっていたんだろう。じゃあタイミングよく光ってたのはもしかして今までも?
でもそれを聞くのは止めておくことにした。違っていたら期待してる事がバレてクラウスに負担をかけてしまう。だから今夜は頑張ったご褒美として素直に受け取ろう。
「来てくれてありがとう、すごく嬉しい。」
「本当に?」
「疑うの?」
「だってすごく楽しかったんだろう?なんとかって令嬢と。」
「なんとかって……ふふっまさかヤキモチ?」
不機嫌な声がなんか嬉しい。
「当たり前だ。子供達は仕方ないが気が合う上に年頃も合う女だなんて気になるに決まってる。」
「アンジェラとはそんなんじゃないよ本当にただの友達。」
俺がアンジェラとクラウスをネタに盛り上がってたなんて知ったらどんな顔するだろう。それにそのアンジェラは最初はクラウスと結婚する事を望んでいたって知ったら?
「『友達』なのも俺が先だろ?」
「そうだけど友達とはキスなんてしないよ。」
そうだアンジェラだけじゃないきっと他にも俺の知らない所で狙われてる。例えば同じ近衛騎士の美人なお姉さんとか。
「それに俺が興味あるのはクラウスだけだって知らないの?」
嫉妬したいのは俺の方だ。でもクラウスがアンジェラにヤキモチを焼くほど俺に夢中ならそれを確かめたくなり両手を首に回しキスをねだる。
「知ってるさ。」
そう、この顔。優しい笑顔も大好きだけど色の増した蒼色で熱く見つめられるのも好きなんだ。
「……ん。」
どちらともな唇を重ねた。優しい触れ合うだけのキスから始まってそれからちょっとだけ唇をついばむように。クラウスの真似をするうちにピッタリと重なった唇から静かな部屋に吐息と水音が溢れてしまう。
「クラぅ……ん。」
待って、と言おうとしたのにそのすきを狙いすまして熱い舌をねじ込まれた。
口内を探られ舌を絡め取られその心地よい甘さにうっとりしてしまう。
でもだめ、待って、これ以上は体が反応してしまう。
「ま……。」
「しっ。」
一瞬離れた唇にもう一度『待って』と言おうとしたけれど代わりに人差し指を押し当てられた。そのクラウスが見ている扉に視線を移すと少ししてドアノブが動き扉が開く。
入ってきたのはディノだった。
目をこすりながら半分寝ぼけて入ってきたディノは壁際に座る俺たちに気づかずにベッドに近づいてよじ登ろうとしたけれど俺がいないとわかるとキョロキョロしてこっちを見た。
「へへ、いいなあぁでぃのもだっこ。」
クラウスに気づいたのかどうかはわからないけどにこぉって笑うとクラウスに抱っこされてる俺のお腹に上がり込みそのまますぐに寝息を立て始めた。
「もう寝たのか。」
「そうみたい。ふふっ、入ってくるの初めてみた。」
「俺は二度目だ。」
「そうなの?」
一体いつのことだろう。
「タイミングが良いと言うか悪いと言うか。」
ため息交じりのクラウスの言葉に同意する。この部屋でキス以上のことをするつもりはないけれどディノが来なきゃそのキスもやめられなかった。
「仕方ない、本命の登場だから邪魔者はそろそろ帰るよ。」
「わっ……。」
クラウスは俺とディノを抱いて一息に立ち上がるとそのまま一緒にベッドに寝かせてられてしまった。
「ごめんね、見送りも出来なくて。」
「気にするな。また明日来てもいいか?」
「もしかしてノートンさんになにか言われた?」
「ん?ああ遠慮するなと言ってもらったよ。でも新米近衛騎士の訓練が残ってると話して置いた。」
クラウスは俺が子供達を理由にしたくないことに気づいてくれている。それが嬉しいけどクラウスを悪者にしてしまった気になる。
「ごめん。」
「俺の理由も嘘じゃない。それに冬夜の大事にしているものを俺も大事にしたいと思ってる。」
また間違えてしまったここで言うのは『ごめん』じゃない。
「ありがとうクラウス。」
クラウスは俺の大好きな優しい笑顔で俺の頭を子供みたいにそっと撫でるとおでこにキスを一つしてくれて、それが今夜のおやすみのキスになった。
「じゃあ、またな。」
灯りを小さくしてクラウスが部屋を出る。閉じていく扉に部屋に差し込んだ廊下の灯りが吸い込まれるように消えるといつものひっそりとした部屋に戻った。
ノートンさんは俺が『桜の庭』で働くのを選んだことを歓迎してくれてるけれどどこか遠慮してる気がする。
その原因は間違いなく今の俺の立場のせい。きっと俺には他にいるべき場所があるのだと思っているんだと思う。
だからクラウスと一緒に暮らさない理由がこうして布団に潜り込んでくる子供達のためだと言ったらきっと困ってしまうだろう。
確かにすごく逢いたいし一緒にいたいけれどクラウスは俺が望めばこうして逢いに来てくれる。だけど子供達はそうじゃない。
自分が治癒が出来るとか皇子様だったとか愛してくれた両親がいたのがわかったからと言って子供達を手放したくない。だってこうして潜り込んできたディノをサーシャを、ロイやライをがっかりさせたくはない。それは誰もいなくて冷えた布団に戻る淋しさを俺は今も忘れられないから。こんな事を言ったらやっぱりノートンさんは困ってしまうかも知れないけれどそうじゃない。
事実は違っていたけれど要らない子と思い過ごした18年間の記憶は簡単に消えてくれない。けれど子供達に甘えられる度に甘えられなかったあの頃の布団の冷たさが少しずつ消えて行く気がする。だからこれは全部俺のためだ。
こんな事を考えていたからあんなにクラウスに逢いたかったのかな。
部屋を出たクラウスの足音は聞こえなかったけれど代わりに腕の中で可愛い寝息が聞こえるしベッドの中も暖かいから淋しくない。
「おやすみディノ、来てくれてありがとう。」
今夜は一緒に楽しい夢を見ようね。
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