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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む何がいけないことだったのか、それを知るのは子供達が眠りについた後だった。
ノックをして迎え入れられたノートンさんの執務室では途中だったと言わんばかりにお説教が始まった。
そのお説教の材料みたいにテーブルの上には昼間ロイとライが書いたノートに同じ様に懐かしい日本語がばらばらに書いてある大きな紙が広げられている。
一体いつから始まってるんだろう。シャワーの後、髪を乾かしてもらうまではノートンさんは俺や子供達と一緒にいたからもしかしてその後からずっと?
「トウヤ君に魔法に対する知識が疎いからと言ってその権利を害することが許されるはずはありません。」
「そんなつもりは───。」
「なくて当たり前です。ですがあなた方魔法士は探究心の前にその権利を軽んじる傾向にある事をご存知ですか!?」
ハインツさんの言い訳も許さないノートンさんなんてここ数日一番以外な出来事だ。
すっかり小さくなっているふたりはフランディール王国最高位の魔法士とそれを継ぐ人。その二人をこんな風にお説教してしまうノートンさんも凄いけれどそうさせてる原因は俺だと思うと申し訳なく、この状況をなんとか終わらせたい。
「あの……ノートンさん。……あ。」
とりあえず割って入ろうとした時に持ってきていた通信石が光った。そのオレンジ色ががなんとも頼もしく見える。
「クラウス君か、そう言えば来ると言っていたね。丁度いい彼にも同席してもらおう。」
「それはちょっと…いえ。」
クラウスが入ったらこの雰囲気が変わるかも知れない。でも俺にとって心強いクラウスはノートンさんに睨まれて慌てて口を塞いだルシウスさんにとってはどうやら歓迎できないみたい。
執務室に来てくれるよう返事をすれば程なくして「失礼します」と入ってきたクラウスを扉で出迎え、ソファーに戻るとノートンさんがクラウスにも一緒に座るよう勧めてくれた。
「いえ、私はここで。」
俺の期待をよそに迷いなくそう答えると俺が座るソファーの背後にクラウスが護衛騎士としての立ち位置を決める。
「私は婚約者のキミの同席を頼みたいんだけどね。今の瞬間まで護衛など必要なかったんだから構わないだろう?」
ノートンさんのダメ押しに俺が喜んだ事は気づいただろうか。
クラウスは俺をじっと見てから向かいに座るハインツさんとルシウスさんを確認すると「では」と俺の隣に腰を降ろした。
大きなソファーだからノートンさんにクラウス、その間に俺が入った所で狭くはないけれど座面が沈み込んでどうしてもクラウスに寄りかかってしまうのは仕方ないよね。
「なにかあったのか?」
「うん……。」
テーブルの上に出ているものをクラウスが訝しげに見つめ俺の耳元で小さく囁く。でもその『なにか』は上手く説明できない。
そしてクラウスの介入もこの雰囲気を変える事は出来ず、ノートンさんは俺が入ってきた時もそうした様にクラウスにも特に成り行きを説明する事はしないでお説教を再開した。
「ルシウス君には全て見えてしまうからその概念が備わっていないのかも知れないが本来個人の使う魔法はその構築式が公開されているもの以外権利は個人にあります。王国魔法士であるならば当然ご存知でしょう。研究熱心なのは存じておりますしあなた方の気持ちも同じ道に立った事がある者として理解できます。ですがこのような事をなさる前にまずトウヤ君に断って然るべきです。それを怠った上子供達まで巻き込んで……。」
「あの、ノートンさん。」
隣に座るクラウスを頼りにもう一度口を挟んだ。だけどやっぱりどうしたらこの場が収まるのかわからず言葉を探す俺にノートンさんが気づき、熱くなった気持ちを冷ますように大きなため息を一つ付いた。
そして出来た僅かな沈黙に立ち上がったふたりの魔法士が俺に向かい深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「トウヤ様、この度は大変申し訳ありませんでした。」
「申し訳ありませんでした。」
そしてノートンさんもそれに続く。
「トウヤ君、私がそばにいながらこんな事になって申し訳ない。だけど2人に悪意は微塵もなくて純粋な探究心からの間違いだっと言うことは信じて貰えないだろうか。」
2人を散々叱っておいて最後に肩を持つなんてやっぱりいつものノートンさんだ。
「あの…どうか座って下さい。正直良くわからなくて。でもお二人が謝る理由やノートンさんが怒ってる理由が昼間の文字の事ならそんなに気にしないで下さい、僕も気にしてませんので。」
そう言えばハインツさんはホッとした顔で、ノートンさんは眉間にシワを寄せたままとりあえず腰を降ろしたけれどルシウスさんは腰を折ったまま小さく手をあげた。
「あの…クラウス、小鳥ちゃんもこう言ってくれてることだしその威圧を止めてくれないだろうか。」
「いあつ?」
隣にいるのになんの事だろうと、名前を呼ばれたクラウスに視線を移すと目が合った途端ほほえみを返されてしまった。つられちゃうから大事な話をしている今は止めて欲しい。
うっかりクラウスにみとれていたらルシウスさんがドサリと座り込んだ。
「はぁっ、死ぬかと思った。ありがとう小鳥ちゃん。」
ルシウスさんのお礼の言葉は『気にしてない』って言ったからかな。でもいくらノートンさんが怒ったからと言って『死ぬかと思った』なんてちょっと大袈裟だ。
執務室の雰囲気が少し和らいだところでハインツさんが今日俺に会いに来た理由をようやく説明してくれた。
それは桜を咲かせた俺の魔法がとても珍しいもので未知の魔法にハインツさんを初め多くの魔法士の探究心をくすぐっている事、それからこの桜がいつまで咲くのか知りたい人が沢山いる事。そのためにルシウスさんが俺の魔法を可視化させそれを書き取ったこと。そこまでは『研究』の範囲内として容認されるそう。
ノートンさんが怒った理由は道具を使い俺に断らず『魔法式』を盗み見た事。書き起こした文字を子供達に書かせそれを俺に読ませた事。
そう、あの派手な眼鏡はルシウスさんの視界を再現した魔道具なんだって。
「この『桜の庭』を護る魔法も魔法式の細部まで知られてしまったら解除することが可能になってしまう、そうするとここは安全な場所ではなくなってしまう。特別な魔法式は個人の財産と同じ、研究上それを知り得たとしても本人の了解を得ず勝手に第三者に公開する事は略奪行為に等しいものなんだよ。」
ハインツさんのしたことは俺への裏切り行為なのだと厳しい言葉を続けた。
「良いんです本当に。」
「そんな笑顔を向けられたら私がふたりを叱責したことが苛烈に思えてしまうじゃないか。」
「そんな事無いですよ。」
ノートンさんは自分の思いが伝わらないのかとがっかりしたような呆れた様な顔で俺を見た。でもそれはノートンさんの勘違いで十分過ぎるほど伝わってるけれど顔がにやけてしまうのはどうにもならない。
だってノートンさんが怒ってたのは俺を大事に思ってるからだって知ったらどうしたって嬉しいと思う気持ちが抑えられないのだから。
「それにこの中で読み取れる単語はロイとライが書いた2つだけなので。」
『大好き』と『可愛い』がハグやちゅうをするたび『♡』と一緒にこぼれてるなんて思っても見なかった。
ならば良いかとノートンさんの金色が安堵の色に変わったのに対し向かいに座る魔法士ふたりの顔は落胆の色を隠さなかった。
「もしもこの魔法が解明出来たなら僕の方が教えて欲しいくらいです。」
書き取られたひらがなにカタカナ、漢字はアナグラムみたいになっていて元がなんだったのか俺にもよくわからない。
今日の良き日には桜が良いなとか、お父さんの咲かせたお母さんの大好きな桜はどれ程綺麗だったろうか、そう思ったのは覚えているけれどそれは体の中の魔力もわからず初級魔法も使えない俺の願い事が起こした奇跡の様なでたらめな魔法。
どうやったかなんて知りたいのは俺の方だ、もう一度やってみろと言われても治癒魔法とおなじようには出来る自信がない。
それでもノートンさんが俺を思ってしてくれた事はなかったことにしたくないから失望を隠さないハインツさんとルシウスさんに教えるつもりはない。
書き起こした文字をひとつひとつ教えたら勤勉な王国魔法士は桜を咲かせた子供地味た願い事をあっという間に見つけてしまうかもしれないけれどそれはまるで心の中を覗かれるようで嫌だと思う。
俺の心を覗くのを許せるのはクラウスだけなのだから。
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