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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟むクラウスの話 護衛日誌⑤
「まあ掛けてよ。お菓子はどうだい?こんな時間だから目覚ましにコーヒーがいいかな?」
城の敷地内にある王国魔法研究所の二番目の広さだというルシウスの部屋に通された。
相変わらず山積みの魔法書に囲まれた部屋は夜のせいか一層暗い。
ルシウスがベルを鳴らすといつか見た子供が足元のいろんな物を上手に避けながらやってきて「いいかい?コーヒーをふたつ頼むよ」と言うと部屋の主が引き出しをいくつか探っていつのか分からないクッキーを並べる間に湯気の立つコーヒーをトレイに乗せて運んできた。
「オマタセシマシタ」
「どうだい?随分とそれらしくなっただろう?『桜の庭』の子供達の動きを参考にしてみたんだ。」
確かに前は用意した紅茶を運んでくるだけだったけれど今日はテーブルの上にカップを置いた。『桜の庭』の双子ほどに見える子供に侍従の様な服も着せてあってこれが王国で指折りの魔法士ルシウスの作った魔法人形だと言われなければ幼い子供を働かせている児童虐待者と見るだろう。
だがこんな顔をしていただろうか。
記憶には見慣れた明るい髪色だった筈の子供の魔法人形はこの兄と同じ青に光る黒髪にこぼれるほどの大きな黒い瞳。明かりの届く位置で積み上げられた本に腰を下ろしぷらぷらと足を遊ばせながら俺を見てニッコリと笑った。
「………似せたのか?」
「ふふ、クラウスにそう見えるなら私の腕もなかなかと言うものだな。」
「どういうつもりだ。」
一瞬で頭に血がのぼりテーブル越しにルシウスの胸ぐらを掴んだその下でカップがガチャリと音を立てた。
「落ち着けクラウス。私が小鳥ちゃんに危害を加えるワケないだろう?」
両手を上げ無抵抗を示し真っ直ぐに俺を見つめるルシウスの瞳に偽りの色は見えなかった。
それでも腹立たしさは消えず椅子に押し付けるようにして手を放した。
「あ~あ高い魔法書があるって教えただろう?『いいかい?』布巾を持ってきておくれ。」
こぼれたコーヒーで出来た水たまりからいくつか本を拾い上げながらルシウスがベルを鳴らせば魔法人形は再びその通りの物を運んできた。
「元々アルフレッド様に頼まれて作ってた身代わりだけど小鳥ちゃんの代わりに出来ないかって言われたついでに見た目をほんのちょっと変えてみたんだよ。でも魔法を組み込めば組み込むほど魔力を持ってかれるから動かせるのは半日くらいだしとてつもなく大きな魔法石もなければ大きさもやっぱりこれが限界、話にならないとさっき報告したところだよ。」
丁寧に本を拭き取った後ようやくテーブルを拭きそれから絨毯にこぼれた所に布巾を置いた。
そう言われてもう一度よく見ればただ『黒い』だけで冬夜の美しい黒曜石とは程遠く顔つきも似ていない。それに気づけばどうでも良くなった。
「……それで?これを見せるために連れてきたのか?」
「違うよ、お前には今夜から朝晩ここに来て魔力測定してもらいたいんだ。」
「なんでだ。」
「ん~簡単に言えば疑問の確認?」
魔力量は本来身内とは言え簡単に開示するものじゃない。とはいえ己の魔力量が次兄に遥か劣る事を互いに知っているのだから今更隠すこともないけれど曖昧な理由にうなずく気になれなかった。
返事をしない俺を見ながらつまんでいたクッキーを放り込みコーヒーで流し込む。こんな時間に、と言いながらよく食べるのはやはり魔力回復に必要なのだろう。無言を返すことで返事をしたつもりになって話は終わったと思っていた。
「……さっきは『かも』って言ったけど回復薬を3本も飲んでいたにも関わらず小鳥ちゃんは休眠症を引き起こしたのだから私より魔力量が多いのは確実だろう。なのにその失った分を翌朝全回復なんてちょっと信じられないよね。だけど『桜の庭』には実に優秀な元王国魔法士がいらっしゃるから考えられることはひとつ、試したんだろう?例のやつ。」
「ひとつ」と言いながら立てた人差し指を自分の唇に当てほくそ笑む。最後の言葉はそれが秘伝であるかのように小声だった。
「あの場で言えば良かったかな、ピアスだけじゃなくクラウスの体から安静にしてる筈の小鳥ちゃんの魔力が感じられるって。随分恨まれるだろうね、自分達が大変な時にお前は小鳥ちゃんと……。」
「……わかったから黙れ。」
冷静を装ってはいるけれど脳内で剣を振り回しこの男に叩きつけていた。身内にこんな事を探られるなんてなんとも言い難い気分だ。あの時の冬夜も同じ気持ちだったろうか。
───いや、冬夜は誰かを殴りつけたりはしないか。
「わぁお、その様子は当たりだったか。お前の纏う魔力がいつもより綺麗だしその指輪にはいつにも増して小鳥ちゃんの魔力がくっついてるから随分恩恵を受けただろうと思ったけど……ふうん、俺は魔力枯渇なんてしたことないから試すどころか正直眉唾だと思ってたけど本当に効果あるんだ。」
「それと俺を魔力測定させるのと何の関係があるんだ。」
カマをかけられた事にようやく気付きはしたものの相手は悪びれもせずそれどころか至極真面目な顔になり何やらブツブツ唱えだしたのを慌てて遮る。こんな心中で長居などしたくない、用事があるならさっさと終わらせてしまいたかった。
「ああ、早いとこ小鳥ちゃんの出来る事を知っておこうと思ってね。今回のは小鳥ちゃんが他者の魔力量を向上させることが出来るかどうかの確認だ。子供達を実験するわけにはいかないし今のお前は適任だろう?」
そこまで話すとルシウスは明確な返事は必要ないと言わんばかりに席を立ち魔法石のある部屋まで案内した。俺は大人しくその後に続きながら最初に返事をしなかった自分を反省していた。
******
クラウスとわずかに入れ違いで訪れたのは長兄のユリウスだった。
「やあ兄さんようやく終わりかい?」
「今日はな。」
「もう明日だけどね。何か用?」
「クラウスがこっちに来てると聞いたんだが。」
「残念、入れ違いだったね。」
飲み物を尋ねられ断りながらソファーに落ちるように遠慮なくどっかりと座り込む。ここはユリウスにとって城内で気を緩ませられる数少ない場所だった。
「クラウスに何の用だったんだ。」
「小鳥ちゃんの事でちょっとね。あ、明日からしばらく朝晩ここに寄ってもらうことにしたから。一応上司には報告しておかないとね。」
「わかった。」
末弟のクラウスはどちらかと言えば自分よりルシウスを慕っている様に思うためにこれ以上の追求は弟に嫉妬しているようで聞くのをこらえたユリウスはすぐそばで積み上げた本の上に座り足を揺らす魔法人形に目を止めた。
その人形は視線が合うとこちらをじっと見つめニッコリと笑った。
「………こうしてみると可愛いな。」
「だろう?兄さんならわかってくれると思ったよ。」
「まぁね。正直クラウスにそっくりに作って何やってるんだと思ってたけどこんな風に笑うと……っ……。」
幼い頃の末弟によく似た面差しで自分をじっと見て笑う姿に思わず伸びた指先が頬につく直前でバチンと弾かれた。
「ふふダメだよお触り厳禁だ。」
仕掛けた当人は軽く笑っているがその雷撃は近衛騎士隊長のユリウスに小さな声を挙げさせ同時にその指をひどく痺れさせた。
「面倒な頼まれ事を楽しくやるためだよ。だけどベースがクラウスだからこうやって髪と瞳の色を変えたらふたりの子供みたいで増々可愛いだろ?でも結局使い物にならなさそうだしクラウスも嫌がるから元に戻すよ。」
確かにこんな顔になれば間違いなく愛しくてたまらない存在になるだろうが期待の末弟が伴侶に選んだトウヤはどれだけ可愛いらしくても男だった。
かつてどこまでも後ろをついて来たクラウスと同じ顔で笑い足を揺らす魔法人形に目を細めながらユリウスは気づく。
「クラウスなら確実に後継者を望めると思っていたがこうなったらお前もいつまでも籠もってないで結婚相手を探さないとな。」
「それは兄さんも同じだろう?」
「アルフレッド様より先に身を固めることはできん。我がルーデンベルクの後継者はお前の肩にかかってるぞ。」
「え~それはズルいよ。」
理不尽な兄の言葉にルシウスは反論しようとしたけれどふわふわとした砂糖菓子の甘い空気に包まれたクラウスと冬夜の姿を思い浮かべたら胸がほんわりと温かくなるのを感じた。
「でもクラウスと小鳥ちゃんを見てると羨ましくもあるかな。」
研究バカの意外な返事にユリウスも思わず「まあな」と返した夜だった。
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