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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む顔がめちゃめちゃ熱い。平静を装ったつもりだけどこれじゃあきっとバレバレだ。
「もう、どうしてこうなるんだよ俺のバカ!」
背中を流す事はひとり働いていたクラウスの疲れをねぎらうのに丁度いいと思ったのに例え話を間違えて大失敗だ。
「……良いアイデアだと思ったのにな。」
でも失敗して良かった。クラウスは子供達とは違うと少しでも想像したら自分で気づけたはずだ。あの彫刻のような体を目の前にして平気でいられるわけがない。
さっきはそこら辺をわからせようとあんな風にからかったのかな?それともクラウスは俺と一緒にお風呂に入ったくらいじゃドキドキしたりしない?
クラウスの行動の一つ一つで心臓が跳ねて赤面してしまう俺と違ってクラウスはいつだって余裕だ。ウォールでもキレイなお姉さんに次々声を掛けられていたのを目の当たりにしてるからクラウスがモテるのは間違いない。
今日の日中も子供達に俺を譲ったクラウスは少し離れた所で護衛騎士として姿勢を崩すことなく凛とした佇まいがカッコ良すぎてそれはもう近寄りがたく子供達も遠巻きにして見ていた。様子を見に来たノートンさんと話す姿に次第に子供達も緊張を解き近くを走り回るうちにクラウスの方も目の前でレインに捕まりそうになったディノの救世主になったりして称賛を浴びた。かと思えば抗議をした「ずるい」の意味を取り違えて同じ様に肩車をしてしまいレインが照れ隠しに怒った顔がすごく子供らしくて可愛くてみんなで笑ってしまった。
『お仕事中』だからセオ程に一緒に遊ぶわけにはいかないし、それを望むつもりはない。
だけど出来る範囲で俺や子供達と関わろうとしてくれる事が嬉しかった、そんな人だから俺はクラウスが好きなんだ。
「よし、ご褒美の挽回しなくちゃ。」
思いつきの労いは失敗してしまったけど考えたのはこれだけじゃない。俺の腕の中で揉みくちゃにされた可哀相な枕の形を整えてあげてからもう一つ考えていた事を実行に移すべくキッチンへ向かった。
エプロンを着けて今夜のうち朝食の支度に取りかかる。ここのキッチンには作りたてのまま保存できる戸棚があって中に入れて魔法石に触れれば丸一日は保存可能だからすごく便利だ。と言っても今ある材料で出来るのはサラダにスクランブルエッグとベーコンを焼くくらい。出来上がりを戸棚に入れる頃にはクラウスが開けておいたキッチンの扉をわざわざノックした。
ラフな服装で戸口にもたれ掛かるようにして立つ姿もやっぱり格好いい。
「ここにいたのか。」
「うん、明日の朝の準備をちょっとだけ。……もしかして探した?」
「部屋にいなかったから少しな。」
そう言うと洗い物を片付ける俺の後ろから腰を抱いて肩に顎を乗せてきた。なんだか甘えられているみたいで可愛く思えてしまう。
「いい匂いだ、せっかくの冬夜の手料理が明日までお預けとは残念だな。」
「手料理って程じゃないよ。」
好きに使えるキッチンを手に入れたのだから次の機会にはちゃんと手料理と呼べるものを振る舞えたらいいな。そのうちあの日作れなかった唐揚げもリベンジしたいと思う。
「俺にとっては十分手料理だ。でも明日の朝一緒にやる約束だっただろう?もしかしてこれが変わりの『ご褒美』なのか?」
「そうだよ。」
「じゃあ一緒にやるのはまたにしよう。」
少しだけ残念そうにして洗い終わったフライパンを片付けてくれた。
俺もそれは少しだけ残念だ。一緒に朝ごはんを作るのも新婚さんぽくてやってみたいけれどそれを次の機会に持ち越しにした理由は明日は今朝よりもっと寝過ごしてしまうかも知れないから。
「もう手伝うことはないか?」
「ううん。クラウスもあとは寝るだけ?」
「ああ。」
「じゃあ……ご褒美どうぞ。」
寝室に入り羽織っていたカーディガンを脱いだ俺は手を広げて自分自身を丸ごと差し出してみた。
不意打ちは照れ臭いけれど最初から決めていたことなら大丈夫。でもさすがに気恥ずかしくてクラウスの顔をまともには見られない。
「今朝約束したでしょう?昼間子供達と遊ばせてくれた代わりに明日の朝まで俺を好きにしてもいいよ。」
「確かに褒美を求めたが随分と気前がいいな。だがそのセリフは危険だと前にも教えたはずだが?」
向かい合わせて俺の首に伸びた手は抱き寄せずまるで逃げ道を残すみたいにそこに留まっていた。
おかげで視線をそらすことができなくなりクラウスの瞳の蒼色がさっきよりも更に深い蒼に変わり俺を映しているのがわかる。だけど騎士服を脱いでもいつもと変わらず冷静に俺を諭そうとする行為はこれまでの経験の差から出来るのだと思うとなんかムカつく。ついでに言えば今朝のからかいもさっきのこともなんでもないような顔をして俺だけが照れるのを面白がっているのが気に入らない。それともクラウスはただ一緒に眠ることを望んでいるのだろうか。
「じゃあこの『ご褒美』はいらないの?」
「まさか。でも今自分が何を言っているのか本当にわかっているのか?」
「わかってるよ。俺はクラウスに俺のこと好きにされたいの。」
俺の初めては全部クラウスなのにクラウスはそうじゃない。それを今更嫉妬しても仕方ないのはわかっているけれどせめて俺みたいにクラウスにももう少しわかりやすくドキドキして欲しい。昨日の夜見せてくれたみたいに俺の誘いに煽られて余裕を失くし欲望に昂ぶる顔が見たい。
強欲な胸の内を明かし終えた瞬間、唇を塞がれた。
首根っこを押さえられ足が浮く程抱きしめられて身じろぐことも許されず呼吸のままならないままただ必死に噛みつくようなキスを受けとめ体の奥が熱くなる。
ようやく解き放たれ息ができたのは横たえられたベッドの上。甘いキスに酔いしれ全然呼吸が整わないけれど与えられたその息苦しささえ喜びだ。
「では我が願い姫の望みどおりに。」
そう言ってシャツを脱ぎ捨てたクラウスが俺に覆いかぶさり最高に色っぽい顔で笑った。
果たしてこれはどっちのご褒美だったろうか。
わからなくなる程に昨日より甘く愛された俺はやっぱり途中で意識を途切れさせてしまった。
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