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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む昨日に続きお昼ごはんは始まりの桜の下にピクニックシートを広げて『お花見ランチ』スタイル。
マリーとレインに代わりお手本であろうとするのか口には出さないけれど教会の広場に行きたいのはディノだけじゃない。だからせめて気分を味わって貰おうとやってみたら結構楽しかったみたい。
今日もそうしたいと子供達は俺に話すより先にアンジェラを味方につけていた。
『お花見ランチ』の良い所はお昼ごはんのメニューを選ばない所かも知れない。人数分のトレイを出して沢山食べて元気に大きくなあれと心を込めて盛り付けをしているうちにアンジェラが子供達と一緒に庭の準備を整えてくれた。
そして残さずきれいに食べ終わった後はプレイルームには行かないでそのまま桜の下で過ごしていた。
アンジェラに本を絵本を読んでとお願いしたのは誰だったろうか、桜の大木の作る木陰の中でお腹いっぱいの子供達は春のポカポカ陽気に包まれて午前中久しぶりに大はしゃぎできたのと普段の刷り込みよろしく絵本の読み聞かせであくびをはじめている。ディノも胡座をかいた俺の膝に体半分預けるようにあごを乗せて眠そうにするから髪を撫でてみるんだけど眠りたくはないみたいで撫でた頭を掻きむしる。
「ふふ、ディノったら眠りたくないならトウヤから離れればいいのに。」
アンジェラに笑われたディノは頬を膨らませたけれど動く気はないみたい。
俺は俺でこの所ずっとそばにいたサーシャが今日はアンジェラにべったりでちょっぴり淋しかったから丁度いい。
「はぁそれにしてもさすが名所ね本当に素敵、どこを見ても桜があってなんだか王都じゃない所にいるみたい。しかも普段は外からしか見えない所で見せてもらえるなんて本当に贅沢だわ。来た時も見物してる人達を前にちょっとした優越感味わっちゃった。」
「おねえちゃん、こうするともっとすてきなのよ。」
「どれどれ~?」
アンジェラが舌をぺろりと出し令嬢らしからぬいたずらな顔で笑い、サーシャが仰向けに寝転がってみせるとアンジェラも習うようにそのとなりで寝転がった。
今の『桜の庭』は名所と呼ぶにふさわしく塀に沿ってぐるりと植えられた桜がどこにいても目に入る。その縦格子の向こう側を注意深く見ているといつもに比べ随分と人通りがある事に気がつく。それらは皆桜を見に来た人達だ。そんな中で変わらず過ごしていられるのは塀に張り巡らされたノートンさんの魔法のお陰だ。本当は桜まつりの時にだけ発動される魔法で互いに目を凝らさないと認識できない。それに加え王都の騎士の巡回も同様に増やされているそうで新年を祝う3日間が過ぎても忙しいままのセオを含む騎士隊の方々にはなんだか申し訳ない。
「本当、こうすると一面桜だらけでもっと素敵ね。ガーデニア国もこんな感じだったのかしら。こんな素敵な奇跡を起こしてくださった皇子様に感謝しなくちゃ。」
アンジェラは何気なく言ったのかもしれないけれど初めて直接外の人から聞く称賛が嬉しくてこそばゆくなる。
「へへ。」
迷惑かけてばかりじゃない。アンジェラみたいにこの桜を見て笑ってくれる人がいるよねって思ったらまた嬉しくなった。
「あ、皇子様といえばちょっと聞いてよ。確かにこんな風に桜を咲かせたのは凄い事だけどさ一切顔見せないってどうかと思うのよね。」
何かを思い出したようにアンジェラが起き上がった。
「そ、そうかな。」
「そうよ写真もこ~んな小さくてあれじゃ全然わかんないじゃない。」
マリーも同じ事言ってたけどそれは俺がこのまま『桜の庭』で働けるようにって配慮して貰ったからなんだよね。
「あんなに窮屈な思いしてドレスアップしてパーティに参加したのに一度も顔を見せないのよ?お父様もどれだけおねだりしても会わせてくれないって言うの。でも自分は御用始めの時にお会いしてるの酷くない?だからまた喧嘩になっちゃった。実を言えばここにはその憂さ晴らしに来たのよね。」
「……ア、アンジェラ?」
「大丈夫ちゃんと帰るってば。それでね、私思ったんだけど新聞にはさも絶世の美形みたいに書かれていたけど実際は違うんじゃないかと思うのよね。だって100年も前の人なのよ?本当はすっごい変な顔とかもしかしたらしわくちゃのおじいちゃんだったりして!」
そう言ってアンジェラはまた仰向けになってケラケラと笑いだした。
これ、もしかしなくとも俺がそうだって気づいてない?
「おねえちゃん、トウヤはおじいちゃんじゃないわよ。」
「やあねぇわかってるわよそんな事、私が言ってるのはガーデニア国のトウヤ様の事でトウヤの事じゃないわ。」
隣で寝転がっていたサーシャが不意に起き上がってアンジェラの顔を覗き込んだけど反論を気にもかけない上にそうじゃないと諭した。これはきちんと告白するべきだろうか、それとも放って置いたらいいのかな。相談したいけどノートンさんはプレイルームで書類仕事をしていてちょっと遠い。
「トウヤはしわくちゃじゃないよぜんぶすべすべだよ。」
「そうだよトウヤはおうじさまだけどおひめさまみたいにかわいいんだ。」
今度は俺の両脇に座る双子の反論に呆れ顔で起き上がった。
「もう、あなた達本当にトウヤが大好きよね。わかったわかった同じ名前だから勘違いしてるのね、はいはいトウヤは可愛いわよでも私が言ってるのは───」
「とおやだもん。とおやがおはなさかせたんだもん、ね~。」
サーシャだけじゃなくロイとライまでそんな事を言われその上ディノにこんなに誇らしそうな笑顔を見せられたら誤魔化すなんて出来ないや。
「───うん、アンジェラ違わないよ。桜を咲かせたのは俺なんだ。俺がトウヤ=サクラギ=ガーデニアなんだよ。」
アンジェラは信頼できる話していい大事な友達だ。でもクラウスもノートンさんもそばにいなくて少し心細い。だから今日はディノを抱きしめて勇気を貰った。
「────え?」
俺の告白にアンジェラが固まってしまった。そして俺ではなくサーシャに確認を取る。
「……ト、トウヤが……皇子…様?」
サーシャがきっぱり頷いて笑うと俺の背中に回っておぶさるように抱きついた。
「そうよトウヤはおひめさまみたいなおうじさまなの。」
俺は「ね~っ」と声を合わせる子供達に囲まれてすっかり心強いけどアンジェラは鳩が豆鉄砲くらうってこんなだろうかって顔をして口をパクパクさせていた。
「……あの、『漆黒の夜空を紡いだ美しい黒髪に深海の真珠の如く艶めく肌で吸い込まれそうな大粒の黒曜石を瞳に湛えたさくらんぼ色の唇が愛らしい天使の様な笑顔の失われた国ガーデニアの愛し子トウヤ様』?」
ほら、ありえないって思うよね。そんなの少しも俺じゃないんだもん。知ってるからこそアンジェラは別人だって考えたのかも。だから素直にうなずくのを躊躇ってしまう。
「あ~お披露目式の時はキレイにしてもらったから。でもいくらなんでもちょっと脚色しすぎだよね。」
へへっと笑った俺はその直後『桜の庭』にアンジェラの叫び声が響き渡る事も、何事かと驚いたノートンさんが慌ててプレイルームから飛び出して来るのも予想できなかった。
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