迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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「冬夜は『花咲かじいさん』だったのか。」

子供達を寝かしつけて別館にもどりエントランスの扉を閉めたとたんクラウスがクスクスと笑いながらそう言った。
俺が子供達に『おやすみ』を言ってからここに来るまで押し黙るようにしていたからてっきり何か考え込んでいるのだと思ってたのに笑うのを我慢していたとは。

今夜の就寝前のお話は絵本じゃなくて記憶だよりの『白雪姫』に『眠り姫』それから『花咲かじいさん』。子供達のリクエストは日々の出来事に影響される事があるからきっとみんなにもそう思われていると思うけどそんなに笑わなくても。

「クラウスには俺がおじいさんに見えるわけ?」

「まさか。だか冬夜ならじいさんでもきっと可愛い。」

「わっ。」

断りもせず俺をふわりと抱き上げ頬にちゅっとキスをした。
ついさっきまですました顔で護衛騎士をしていたくせにとんだ変わり身の速さだ。でも俺のために騎士でいたのだからやっぱり申し訳ないと思うけれどここで謝るのは違うよね。

「今日は子供達と遊ばせてくれてありがとう。」

お礼を言えばクラウスが口元でニッて笑って見せた。

「どういたしまして。俺も冬夜のいろんな顔が見れて楽しかった。」

「いろんな顔?」

「ああ、俺の知らない冬夜の顔。子供達といて幸せそうに笑う顔が見れて満足だ。明日も楽しみにしてる。」

「明日もいいの?」

「もちろん、その代わり今からは俺だけのものだろう?」

耳をくすぐる甘いセリフに心臓がぴょこんと跳ねる。せっかくの貴重なお休みを子供達とも過ごせるようにクラウスが言ってくれた言葉なのにこんなにもドキドキしてしまうのは綺麗な空の蒼色の瞳をわずかに細め嬉しそうに笑うから。クラウスは俺がその笑顔に弱いと知ってるかな。

照れくさくて自分の足で立っていたなら入るのをためらってしまったかも知れないけれどおよめさん扱いで軽々と抱き上げられ階段を上がって来た俺が首を縦にひとつ振るのを確認するとクラウスはその長い足であっさりと部屋の境界を越えてしまった。


昨日より早い帰宅だけどやっぱり昨日と同じようにクラウスは騎士隊への報告の為に自室へ行き、俺はその間先にお風呂に入らせてもらうことになった。

「明日からは向こうで過ごすんだろう?時間もあるから好きなだけ入るといい。」

なんて言ってはくれたけどクラウスの言う通り明日の夕飯前にマリーとレインは学校へ戻ってしまうから夜は向こうで眠るつもりでクラウスとこうして過ごせるのも今夜で終わりだからその気になればいつでも入れるようになったお風呂にそんなにのんびりしていられない。 

程々に堪能してから風呂上がりを知らせにクラウスの部屋をノックしたけれど返事はなかった。

「あの…開けるよ?」

もしかして疲れて眠ってたりするかも知れないとそっと扉を開けて見たけれどクラウスはいなくて壁際に騎士服の上着がかかっているだけだった。

部屋の大きさは違っても人ひとり生活できる様に整えられた家具は俺の普段生活する部屋とあまり変わらないから豪華すぎる寝室よりも落ち着くかも知れない。でもできるなら俺と一緒の時はこの部屋のベッドは使われない事を望んでしまう。

「まあここのベッドなら一緒に寝れちゃうか。」

普段使ってるベッドは元の世界のシングルベッドとさほど変わらなくて俺には何の不便もないからあれが『子供用』なのを忘れてしまうけれどこの世界の成人用のシングルベッドは身長200センチを超えるクラウスが大の字で眠っても全く問題ない大きさだ。

俺がしっかり腰をかけて座ると床に足がつかないのが難点だけどうつ伏せに倒れて確かめたマットレスは向こうに比べほんの少し固めでこれも嫌いじゃない。

でも新居の寝室のベッドはこれ以上に大きいし寝心地も‥……うん、あっちのほうが良いよ、多分。

「───っと、こっちにいたのか。ノックしなくて悪い。思ったより早かったな。」

「う、うん!あの、ごめんね返事がなかったから寝てるのかと思って勝手に入っちゃって……。」

「構わない。もしかしてこっちのベッドの寝心地が気になっていたのか?」

廊下につながる扉がガチャリと開く音がして慌ててベッドから飛び降りたけれどシーツのシワを整えるのが全然間に合っていなかった。

「うん、でも向こうのが良いと思う。」

「なら良い方を使わないとな。」

楽しそうにクスクスと笑いながら俺の手を引いて壁に備え付けられた姿見の前に誘うと引き寄せた椅子に座らせて髪を乾かしにかかった。

「どこに行ってたの?」

「館内を見回りにちょっとな。不要とわかっていても自分の目で確認しないとなんとなく落ち着かなくて。」

クラウスの行動はきっと護衛騎士として正しい物だけどバツが悪そうな顔をする理由は『桜の庭』を魔法で守るノートンさんへの気遣いかも知れない。

「そっか、ありがとう。」

鏡越しにお礼を言えばまた「どういたしまして」と言いながら髪にちゅっとキスされた。それは髪が乾いた合図でもあったみたいでクラウスはベッドに腰掛けるとブーツの紐を緩め始めた。

「あのさ、クラウス。」

「なんだ?」

「背中流そうか?」

言った瞬間吹き出されてしまった。

「なんで急にそんな事……。」

「だってほら、俺ばっか子供達と遊んで楽しんじゃったからなんかしないとクラウスに悪いなって。」

いくらクラウスが良いといったとはいえ甘えてばかりじゃダメだ。お風呂の中であれこれと考えたけど短い夜のうちにできることは少ない。これを思いついた時は先にお風呂に入ってもらえば良かったと後悔したけど今からでも出来ないわけじゃない。

「そんな侍従のようなことしなくても大丈夫だ。」

「侍従さんて言うかクラウスは友達とお風呂で洗っことかしなかった?俺多分上手だよ最近はしてないけど子供達の手伝いもずっとしてたし。あ、そうだついでだし髪も洗ってあげるよ。」

脱いだブーツを壁際に放り投げたクラウスは眼の前でプレゼンを頑張る俺の腰を軽く持ち上げてひょいっと片方の膝に座らせてくれた。小さい子供になった気分と同時に急に近づいた綺麗な顔にもちょっとドキドキしてしまうけれどその綺麗な顔の眉間には怪訝そうにシワが刻まれていた。

「『洗いっこ』なんて俺はしたことないけど冬夜の育った所ではそうするのが習慣なのか?」

あれ?そっかお風呂に入る習慣がないとしないのかな。

「背中って上手く手が届かないから誰かと一緒に入る時ゴシゴシ洗ってもらうのって気持ち良くない?まあ俺はそこまで中のいい友達とかいなかったから小さい頃の話だけどここに来てからはディノとかロイやライが洗ってくれたんだよね。こう一列に並んでね、ふふっ。でも力が弱いからくすぐったいんだ。最近は自分で出来るって言われて一緒に入ってくれなくなっちゃったから残念なんだけど。」

あ、また子供達の話になっちゃった。こんなんだからクラウスが俺を子供達と遊ばせてくれちゃうんだよな。

「───それは楽しそうだな。だが今夜ではもう風呂上がりの冬夜が濡れてしまうだろうから次の機会にその自慢の腕前とやらを披露してもらおうかな。」

俺のアピールが効いたのかようやく首を縦にふる。本当は今夜のうちにしてあげたかったけどクラウスがそう言うならご褒美に満足してもらえるよう、準備のために日を改めてもいいかも知れない。クラウスの髪は長いから湯舟に浸かったまま洗えるように小さなタライも用意しておかなくちゃ。

「うん良いよ、じゃあ約束ね。」

日頃子供達とする癖でうっかり差し出した小指にクラウスが首をかしげた。

「えっと…これは子供達と約束する時のくせになってて……。」

クラウスにはわからないかもだけど子供っぽい感じがしてなんだか恥ずかしい。でも知らない事が幸いしてバカにすることなく優しい顔で微笑みながらクラウスが長い小指を同じように差し出してくれた。

「それも冬夜の育った所の風習なのか?じゃあそれもしなくちゃな。」

「うん、じゃあ約束ね。」

絡めた小指を互いにきゅうっと握る。クラウスが俺の事を受け入れてくれる小さな行為が嬉しくてこそばゆい。

「ああ約束だ。ところで今の話からすれば今朝はきっぱりと断られたけれど次は一緒に風呂に入るって事だよな?」

「え?違うよ子供達とだって服を着たまま洗うのを手伝うんだって言ったでしょ。次はクラウスが先にお風呂に入ってくれれば良いよ。」

今朝も話したのに。さては俺をくすぐって遊んでたからちゃんと話を聞いていなかったな。

「ダメだ。それじゃあ『洗いっこ』にならないだろう?それに子供達にしてもらえないのが残念だとも言ったよな。そうしたのは俺が原因のようだからそのお詫びとして子供達の代わりに背中と言わず髪から足の指一本までしっかりと洗ってやらなくちゃな。」

クラウスはにんまりと笑いながらプラプラしていた俺の両足を空いていた足の上にすくい上げてしまうと反応を確かめるように薄い寝間着の上を太ももから足首までゆっくりと撫でる。色を増した蒼の瞳とその仕草によって肌があわだつ様な感覚に俺は昨日の夜を思い出してしまった。

「えっと……それだとクラウスだけの『ご褒美』にならないからその……やっぱり違うのにするねっ!」

膝から飛び降りて浴室に逃げ出すと扉の向こうからクラウスの笑う声が聞こえて俺は更に向こうの寝室のベットにダイブした。





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