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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟むクラウスの話 護衛日誌③
本音を言えば自分の力で冬夜と暮らす場所を手に入れたかったけれどその願いが叶うことはこの先ないだろう。
だったら素直に喜ぶべきで『桜の庭』の近くどころか敷地内というのは案外冬夜が一番望んだ形なのかも知れない。
院長の魔法で護られたこの場所は俺という護衛騎士を必要としない。冬夜がここでの生活を望む限り離れて過ごす日々は続くのだろうけれど今日の様な時はただ伴侶として共にあることが出来る。
そんな風に浮足立つのを見透かされたように踏み入れた『新居』は転移したかと疑う程に王城と全く同じだった。
はっきり言えば落ち着かない。
だけどガーデニア両陛下の肖像画を嬉しそうに眺め、王城に置いてきてしまった銀貨を手に取ると両手の中に閉じ込め胸に抱きその手に口づけをした。その仕草に冬夜の感情が溢れていた、手放して淋しかったのだ。
泣いている様に思え少しでも慰めになればと髪にキスを落とした。
「俺リシュリューさんにちゃんとお礼が言いたい。」
確かにいい仕事をしたとは思う。
冬夜に確認を取っていたら銀貨をこちらに持ってくることは実現しなかっただろう。誰もが息をのむほどに冬夜の美しさを引き立てた披露目式の衣装も俺達の『新居』となるこの部屋も、それから教会の一件での後始末も世話になってる。判っているけれど今ここで他の男を気に掛ける事に気持ちが波立つ。
「それは全部『ガーデニア第一皇子』に対しての当然の配慮だから気にするな、ほらほかも見に行こう。」
「あ、うん。そうだね。」
強引に話題を切り替えたせいで流石に変だと思っただろうか。自分でも呆れるほどに狭量だ。だけど両手に握りしめていた大切な銀貨を手放し俺の肩に手を回す、たったそれだけで機嫌が良くなるんだから簡単な男でもある。
ようやくこうして二人で過ごせるのだからこのくらい許して欲しい。
室内の確認が終わり入浴の準備を始めた冬夜に頼まれ髪飾りを外してやると今度はどこが外れるか分からないと悩む装飾の多い上着を脱ぐのを手伝った。ついでにタイに付けられた宝飾を外してやると後は出来ると言ってさっさとウェストコートを脱いでしまった。その下に現れた細い腰についつい視線が止まってしまいその時点でまことしやかな理由をつけて寝室を出た。
あのまま見ていたらきっと頬を染め恥じらう姿を見せつけられただろう。髪をほどき奇跡を起こした皇子から俺の冬夜に変わりゆくその姿を見たくないわけではないが今の俺には毒でしかない。
首席治癒士にも油断するなと言われている。本来魔力はよく食べて、よく眠り一晩経てばある程度回復する。だけど冬夜の場合は2.3日様子を見るのが最良でその間俺は共にいることを許されるのだから慌てる必要はない。
さんざん煽られても耐えたのだ後今夜一晩ぐらいならなんとかなる。でも明日は自信がない。
『本日それなりのお仕度をしておりましたがトウヤ様は休息が必要と言うことなのですぐにお休みになれるよう寝具の上のお花は片付けて参りました。』
風呂の花もその仕度のひとつだったのだろう。
湯上がりの自分から冬夜と同じ花の香りがするのはなんとも不似合いだ。だかそのおかげであの愛らしい誘惑への耐性が上がる気がする。
『ですが「夫の嗜み」はそのままにしておきました新婚さんですものね。男性用の最高級品ですので香りも質も良く浄化魔法も付与されておりますので雰囲気を壊さず準備も後処理も───あら。』
あの時思わず近づけていた耳の距離を取った。何を言うのかと顔を見ると主人によく似た笑顔を見せた。王妃様の侍従と言い首席補佐官の侍従と言いなんだか威圧的だ。
『その年でまさか初心なわけではございませんでしょう?それとも相手側に用意させる最低ヤローでしょうか。でしたら仕方ありませんトウヤ様に説明させていただきます。』
冷ややかな笑顔のまま踵を反した侍従を慌てて呼び止めた。
『必要ない、それくらいの心得はある。だが他人に立ち入られて気分の良いものではない。』
『でしたら慣れて下さい、それに侯爵家のお育ちでしたら侍従とはどんなものかご存知ですよね?あ、それと台所の方に明日の朝食の準備もございます。戸棚に保存魔法がかかっておりましたのでいつでもお召し上がりになれますわ。それでは先程も申し上げましたが何かありましたらお声掛けください、お呼びになられましても『桜の庭』のお仕事に支障をきたすことは決してございませんので。』
「それでは」深々と頭を下げる姿勢は侍従らしい。確かに欲しい時に欲しい物が出てくる家ではあったがどれだけ思い返しても我が家にあんな侍従はいなかった様に思う。
それにしても院長といい侍従といいどうしてこうも俺の決心を揺らがせるのか。
自室で寝支度を整えて主寝室へ入ると冬夜はベッドに入ってこちらに背中を向けていた。
さして気を付けたわけではないのに気付かないということは眠ってしまったらしい。やはりまだ魔力が足りてないのだろうか。
ちなみに冬夜の入浴中念の為『夫の嗜み』を確認したら枕の下にひとつそれからマットレスの隙間に何本も小瓶が仕掛けてありサイドテーブルの引き出にもびっしり詰めてあった。
下心がないといったら嘘になる。だけどなんとなくお膳立てされている様な妙な感覚にそれも冷めていった。今夜はしない。
ともあれ眠ってしまった事は少し残念ではあるけれど枕の下を片付けた自分をとりあえず褒めておこう。あとはこの身を冬夜の抱き締めている枕と交換するまでだ。
そう思い覗き込んだ冬夜はまだ眠っていなかった。
「───したい。」
「何がしたいんだ?」
「うわっ!」
ボソリと呟いた言葉を聞き返すと全身をビクつかせる程に驚いてしまった。
「悪い、驚かすつもりはなかった。寝てるのかと思って。」
「ごめん、か…考え事してたんだ。」
寝転んだまま枕を抱きしめ首だけをこちらに向けてそう返事をした。
「ふうん、で?今夜はそれを抱いて寝るつもりなのか?」
ごまかす素振りも相まってなんとなく浮気されたような気分になりその不満を大事そうに抱きかかえた枕にぶつけてみた。
「ううん!ふふ、良かったクラウスの部屋があるから一緒に寝てくれないかと思ってた。」
「まさか。」
慌てて枕を放おり投げて両手を広げ俺を求める姿に勝者の気分を味わった。
以前「勝手に触れられない」と言ったのは半分本当で半分嘘だ。だけど教会で診察を受け再び目覚めた後の冬夜に自分から触れる事は出来なかった。その結果こうして冬夜が自分から俺に手を伸ばす。それがたまらなく愛しい。
抱き締めることも、口づけもわかりやすい態度と言葉でして欲しいのだと俺に示す。
それが嬉しくて近頃の俺は冬夜が求めるのを期待を込めて待ってしまうのだ。
「灯り、小さくするぞ。」
「うん。」
この残念そうな顔も俺の自尊心を大いに満たしてくれる。
俺の自室を目にした時も残念そうな顔をしたけれどそれは目的の場所ではないからだと考えた。だけどさっきの言葉と風呂上がりを知らせてくれた時のつまらなそうな顔を組み合わせればそうではないと教えてくれた。
「明日はクラウスも休み…‥というか一緒にいられるんだよね。」
「ああ。」
「じゃあさ、俺が起きるまでそばにいて欲しいな。俺ねクラウスの腕の中で目が醒めた時が一番幸せなんだ。だからもし起きなきゃいけないなら一緒に起こしてくれる?」
仕方なくベッドに残したことが何度かあった。それを淋しいと思ってくれるのか?だけど俺のシャツを掴んで離さない冬夜もたまらない。
「ああ、わかった。」
本音を言えば俺は冬夜に対して臆病になっている。だからもっと俺を欲しがってみせてほしくて昨日の様に綺麗な額にキスを落とした。冬夜ならきっと不満に思うはずだ。
「───そこじゃ嫌だ。」
そう、そう言ってあざとくて可愛い姿を見せて欲しい。
「俺の躰を気づかってくれるのはわかるけどキスくらいしても良いでしょ?」
ん?
薄明かりの中躰を起こすと怒った口調で俺を睨みつけた。
細い腕が俺の両肩に触れ力を入れてきてわけのわからないまま半身の躰をベッドに横たえると俺の上に乗っかり口づけてきた。
最初は唇を尖らせまるで昼間のディノみたいなキスだ。それから唇をついばみそれにあわせていると今度はぺろぺろと小さな舌先が侵入してきた。甘くてじゃれつくようなキスを受け身で味う。
「……っは…。ふふ、奪っちゃった。」
やがて躰を起こし濡れたため息を零すと俺にまたがったまま唇をぺろりと舐めた。その後は俺の真似と言わんばかりに額にキスを落とすと満足そうに笑った。
「おやすみクラウス。」
やってくれる。
予測された煽りならいくらでも我慢できた。だけどこれはやりすぎだ。差し出された躰に舌なめずりする俺を恍惚とした表情で見下ろすこの子供に自分の失敗をどう分からせてやるべきか。
「今朝も忠告した筈だがまさか忘れたなんて言わないよな?」
躰の位置を入れ替えて同じ様に見下ろしてやれば思った通りの言い訳をした。
「えっと…今日はその、あ、安静にするんだよね?」
俺は冬夜の様にのしかかっている訳ではなくベッドに手をついているだけだからいつでも逃げられる。焦りもせずに少しだけ目を泳がせる姿は最高にあざとい。
「『安静』ね、だからこんな大胆ないたずらを仕掛けたのか?こんな日に俺が手を出す筈がないだろうって?」
もちろん俺はそのつもりだった。だけどそうしなくて良いと俺に教えたのはお前の最も信頼する人だ。
『だから!無理に避ける事はないと言ったんだ。親和性の高い性交は魔力の回復が認められる、これは元貧乏魔法士による教科書に載らない雑学だ。キミ達程想い合っているならかなりの効果があるだろう。』
そんな魅惑の耳打ちにも負けず初志を貫こうとしてた俺を試すなんてあんまりだ。
「はっ、笑わせる。安静にする気がないのは冬夜だろう?俺を煽った責任今夜こそとってもらおうか。」
「まってくらぅ……っんん。」
俺の真下からずり下がろうとする顎を掴まえ強引に唇を奪い開かせた口内に侵入して甘く怯える舌を強引に絡め取った。
「…っは、はぁ。まって、だってきの、ぅんんっ!」
言い訳をも飲み込んで深く口付け己が満足するまで貪れば呼吸が乱れ濡そぼる唇を開きはぁはぁと息をして胸を上下させる。その艶やかさは桜ではなく濃厚に香り立つ薔薇のようで俺の欲望を掻き立てる。
「昨日だってなんだ?ああ、昨日も散々煽り倒してくれたよな、他人に触らせたり他の男の服を着て胸元をちらつかせたり。」
戻ってきた時着ていたものは皇子様方の幼少の頃のものだろう。あの時どれ程の嫉妬と共にこの首に喰らいつきたかったか知らないだろう。
「あっ、や、いつ俺が…っあ!」
肌触りが良いだけで色気のない寝間着の首元は指をかけても昨日のように開くことはなく俺を拒んでいるようで華奢な鎖骨を舐め上げれば甘い声がこぼれ出た。その声がもっと聞きたい。
「何度も誘って散々煽って俺がその度にどれ程理性と戦ってたと思う?」
「うそ、まって、クラウス、あ、あ、や……。」
ひとつ、またひとつとボタンを外す俺の手にそうさせまいと絡みつく手が腹立たしかった。
そして薄明かりの中になめらかな肌を晒してしまえば昨日から抑え込んだ欲望はもう待てが出来るはずがない。頬から首筋、そして胸から腹へ。手の平に吸い付くような美しい肌をゆっくりと撫で降ろしていけば引き締まった腰に浮き出た骨が侵入を止めさせた。
ほんの少しの刺激でほのかに色づく肌が上下する胸の飾りを更に赤く色付けその先の刺激を求めるように手をかけた下履きの中で冬夜のものが芯を持ち始めていた。
「もう待たない。昨日から何度訓練の方が楽だと思ったことか。触って見ろと言われた俺がどうやってその劣情を抑え込んだか知っているか?」
一番正直な反応を示す腰を擦り付け互いの状態を気づかせてやれば一段と大きく見開いた黒曜石を覗き込んだ。
俺はお前が欲しい。お前も俺が欲しいか?
「今更後悔しても遅いぞ。それとも俺になら『何をされても嫌じゃない』?」
ここまでして怯えるなら今ならまだ辞められる。
冬夜は互いが男であるに少なからず抵抗感を持っていた。あの日、育った世界に帰るかも知れないと不安の中で思い出の為に泣きながら捧げるように俺を求めた冬夜がもう一度俺を求めてくれるのかとずっと不安があった。
もう一度俺に抱かれたいと思ってくれるのかと。
だけど冬夜は笑った。冬夜が咲かせた満開の桜のように俺の首に手を回して笑って言った。
「だったら俺がなんて答えるか知ってるでしょう?『イヤって言ってもやめないで。』」
俺を甘やかすその笑顔に胸が熱くなる。沢山のキスを降らせこみ上げる涙を隠した。
心から冬夜が俺を求めてくれた。それが俺に取ってどれほどの喜びだったかお前はきっとわからないだろう。
こうして俺はようやく本当にまるごと手に入れた愛しい人を胸に抱いて眠りにつく事ができた。
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