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皇子様のお披露目式
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しおりを挟むお花見を終えて部屋の中に戻っても俺は靴を履かせてもらえなかった。
「主人のリシュリュー様より症状が落ち着いてもトウヤ様の体調が万全か確認できるまではお仕事をさせてはならないと仰せつかりましたのでそれならばいっそ履物はお召にならなければよろしいのではと思いまして。」
ジェシカさんがニッコリと笑いながら俺のブーツを持ってどこかへ行ってしまった。
「でもノートンさんが……。」
『症状』というのは他でもないあの抗えない眠気。ノートンさん曰く魔力枯渇を防ぐ防衛本能からくるものらしい。この強制的な睡眠による魔力回復は好奇心旺盛な5,6歳の子供に稀に見られる症状で身体と魔力量がともに成長し自分の力量に合った魔力の使い方を覚えると頭痛など意識を保てる状態の危険信号に変化するらしい。
ちなみにマリーとレイン、それにジェシカとハンナの子供達も小さい頃に経験済みだ。じゃあなぜみんながあんなに心配したのかといえば魔力量が元々豊富な高位貴族には経験がないのではないかというのがノートンさんの見解。どおりでテレシアさんが笑ってた訳だ。それならやっぱり大丈夫なんだから良いでしょう?
「確かに今の所トウヤ君に悪いところは見られないけれど君の年齢では珍しい症状だから私もルシウス君の意見に賛成するよ。王都中の桜を咲かせたんだ、眠気が取れたとはいえ魔力の全回復には至ってないかも知れない。2,3日様子を見るに越したことはないよ。」
助けを求めたノートンさんは笑いながらあっさり反対勢力に寝返った。ノートンさんが笑うってことはやっぱり大丈夫って事でしょう?
「靴を履いたって変わんないのに。」
たかが靴。なくても歩けないわけじゃないけど自由を奪われた気分だ。
「本日は護衛騎士様のお膝から降りてはならないのですから必要ありませんでしょう?お約束が守れないならすぐに迎えを寄越すとリシュリュー様のお達しです。」
クラウスの胸元でぼやいた言葉はしっかりハンナさんに聞き取られついでにびっしりと文字で埋まった手紙を掲げられた。うん、二人共なんかリシュリューさんに似てる気がする。
「そういう事だからトウヤ君がお休みの間ジェシカさんとハンナさんが手伝ってくれるからみんなもそのつもりでね。」
「「「は~い。」」」
「別館の改築も整った事だし少しのんびり過ごしなさい。ああ、一応言っておくけどその魔力回復にトウヤ君の治癒魔法効かないからね?」
「……え?」
「……まさかもう試してないよね?」
眼鏡の奥でノートンさんの優しいはずの金色が鋭く光るから首を振って否定しながら思わずクラウスにの首に回してる手に力がこもってしまう。魔力がわからない俺は不足してるってのも相変わらずよくわからないけどどこか不調があるならいつもみたいになんとなく願えば元に戻って自分で治癒したと言えばみんなの心配もなくなるでしょう?
「まさかやろうとしてた?魔力が不足してるのに魔法使ったら意味ないわよ?」
そんな事も知らないわけじゃないだろう的な年長組に加え大人達の視線が痛い。確かに言われてみればそうだけど魔法の使い方の入り口にすら立っていない俺はその考えがなかった。
「……うん、クラウスくんちょっといいかい?」
「はい。」
何かを諦めたようにノートンさんはクラウスだけを手招きしたので立ったまま抱き上げていた俺をマットレスの上に再び下ろすと子供達が一斉に寄ってきた。
「まあ丁度良いじゃん。俺達も明後日の夜に戻ればいいからチビ達は任せろ。」
「そうそう、こんなにすぐに帰ると思わなかったけどやっぱり私ちょっとだけ淋しかったみたい。」
じゃあ小さい子組を差し置いて珍しくふたりが俺の両脇を陣取るのは淋しかったからなの?マリーなんて腕を絡めて甘えにきてるからなんかもうふたりとも抱きしめたくなっちゃう。
「まりーとれいんかえってきたの?」
「違う。セオさんと同じでまた学校に戻るよ。でもトウヤが休んでる間はセオさんみたいにいっぱい遊んでやるよ。」
「「「やった~!」」」
誰より嬉しそうなのはディノだった。やっぱり淋しかったよね、レインの膝から降りないもん。サーシャもマリーにピッタリくっついてロイとライも嬉しそうな顔をした。確かにこれじゃ明日俺は必要なくて返って淋しい思いをするかも知れない。
「俺も淋しかったよ。ふたりの休日の間だっぷり充電させてね。」
「じゅーでん?なにそれ新しい遊び?」
「ううん、俺を甘えさせてねって意味だよ。」
マリーの期待した顔が可愛くてやっぱりふたりを抱き寄せてしまった。この世界にはいらない言葉だと気が付けたけれど素直に表現するのは中々照れ臭い。
それを笑ってごまかしたらレインには早々にフラれてしまった。
「や…休みなんだし甘えるなら騎士様に甘えりゃいいだろ。その…婚約者…なんだし。」
そっぽ向いてしかもクラウスに甘えろだなんて子供のクセに何言っちゃってんの。
「私達が帰ってきた時騎士様凄く心配そうにトウヤを抱っこしてたのよ?ノートンさんが『心配ないよ』って言っても全然聞えてないみたいに。」
「クラウスが?」
「うん、でも騎士様があんまり心配そうにしてるから私達もトウヤが気になったんだけど近寄りづらくて…だから『独り占めしないで』って言っちゃた。」
「そうなんだ。」
いたずらの告白みたいにマリーが舌をペロリと出した。廊下でノートンと話す背中に今はそんな素振りは見られない。
そっか、そんな風に心配してくれたんだ。
そう喜んだ罰なのか俺が子供達に不要だとされる時間は思いの外早く訪れた。
心配されるほどに眠った時間は長く、子供達の夕食はすでに済んでいてお手伝いの足りている所に俺がシャワーを覗くわけにもいかずその間クラウスと食堂で夕飯を食べさせてもらった。
読み飽きた絵本よりも学校の話しを聞きたがった子供達が眠った後俺は自分の靴を履いてクラウスと外に出た。
新年を迎えた王都は静かな筈の夜道や教会の広場に明かりが灯り屋台も沢山来ていて真昼より賑やかだった。
「こんな時間にこんなに人がいるなんて凄いね、ギルドの通りみたいだ。やっぱり新年は違うんだね。」
「新年は確かに賑やかだけど本来この辺りは割と静かなはずだ。今年は冬夜が桜を咲かせた事が関係してるんだろう『桜の庭』は王都の中にある桜の名所の1つだからな。」
そっか、だから庭があんなに明るかったのか。やっぱっり夜に桜を楽しむならライトアップしないとね。クラウスの説明に妙に納得してしまった。
「人が多いからゆっくりな。」
「うん。」
俺はいつものマントを着せてもらってクラウスも目立たないように黒い外套を着た。騎士隊から馬を借りてまで向かうのはあの場所。
教会の広場から離れればいつもどおり人はまばらで静かな夜の中に馬の蹄の音が響く。
学校を抜け辺りの景色が林になりしばらく進むと馬を降り手綱を木に繋いでそこからはクラウスが当然のように俺を抱いて歩いた。
おそるおそる歩いたあの道はたとえ俺を抱き上げていてもクラウスが自分の速さで歩いたらやっぱりあっという間だ。
迷いなく進んだ先にはポッカリとひらけた春の野原にあの日と同じ桜の大木がまるで俺達を待ってるみたいに佇んでいてクラウスはその根元に俺をそっと降ろしてくれた。
そこから見上げた満開の桜は夜空を照らす様に淡く白く輝いてため息が溢れるほどに勇壮で美しかった。
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