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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む「いかがですか?」
「呼吸、心拍も安定しております。顔色もよろしいですしその他の頭痛、目眩、痺れ等の魔力枯渇時に見られる典型的な症状は何も見当たりません。回復薬による副作用でもないと思われます、ただ──。」
「ただ!?」
「非常に珍しい症状ではあります。ですが意識障害ではございませんのでご安心下さい。」
「ほらテレシアさんも大丈夫だって。」
「ダメだ。」
「ダメだよ小鳥ちゃん。」
「いけませんトウヤ様。」
人前にも関わらず俺はクラウスの膝の上だ。それがどうにもいたたまれず降りようとしたけれどクラウスとルシウスさんとリシュリューさんに諌められた。
半刻程前、終わることのない嵐のような歓声を背に受けながらバルコニーでの挨拶を終えた俺は王妃様の侍従さんに掴まってクラウスの膝に乗せられたまま涙でぐちゃぐちゃの顔を直して貰った。
皆が見ているのにそんな状態は恥ずかしくて仕方ないんだけど温かいタオルで顔を拭いて貰っているうちに閉じた目が開けられないほど眠くなった、というか一瞬寝た。
その結果がこの状況です。
侍従さんの悲鳴で何事かと目を開けたらすでに周りが大騒ぎ。俺はソファーに座ったクラウスの上に姫抱っこされたままで城内にいたのを呼び出された王都教会首席治癒士のテレシアさんから診察を受ける事態となった。
一瞬寝落ちしただけだから大丈夫って言ったのに誰も聞いてくれないんだもんな。ホッとしたから急に眠くなっちゃったんだよきっと。うちの子達もはしゃぎすぎて行き倒れてるのはよくある事だ。
「そうですよトウヤ様。あれ程の偉業をなされたのですから2,3日は油断なさらずごゆっくりお過ごし下さいませ。」
テレシアさんはクラウスたちの過保護な様子が可笑しいのかクスクスと笑って診察のためにまくりあげた袖を直した。診察と言っても前にカイにしてもらったみたいに手を繋いだだけなんだけどね。
「宴席前にありがとうございました首席治癒士様、只今より王城騎士が会場へご案内致します。」
リシュリューさんが手を軽く2回手を叩くと部屋の扉が開いて紺色の騎士が姿を現した。リシュリューさんとルシウスさんを除く他の人達は昼食会の為にすでにここにはいない。本当はそれに俺も出席しなくちゃいけないんだけど急遽欠席になった。
「迷惑かけてすみません。本当にただ眠いだけで……あふ…。」
居眠りを体調不良と誤解した皆の心配そうな顔と俺を置いて行く事に罪悪感を顕にした顔を思い出すとただただ申し分けなくそして恥ずかしい。でも今もクラウスに抱っこされているせいで温かくて眠気がおさまらなくてあくびが勝手に出てきてしまう。
「いいえ迷惑などではありません。当初から昼食会の列席はトウヤ様のご様子次第となっていましたので私からすれば今の方が予定通りです。どうぞお部屋でごゆっくりお休みください。昼食がお摂り出来るようでしたらよろしければそちらの魔法士殿の分もお部屋へお持ちいたします。こちらでのご静養の間は『桜の庭』への侍従の派遣も延長いたしますので安心してお体が回復なさるまで2,3日はゆっくり休まれて下さい。それから───。」
「ま、待って下さい。」
「はい。」
「夕暮れには帰ると子供達と約束してあるので『桜の庭』へ戻りたいです。」
回復するも何もどこも悪くない。それにお城にいるのは俺の非日常で体はともかく心は休まらない。勇気を出して話を遮り伝えると掛けている眼鏡の真ん中を中指でそっと押さえた。
「わかりました。それでしたらお帰りの際に近衛騎士をもうひとりお付けできるか確認してまいります。加えてトウヤ様の身の回りのお世話をするのに問題のない侍従をもうひとり派遣いたしましょう。それと───。」
「あのリシュリューさん。」
「はい。」
「本当に大丈夫ですから。それにこれ以上来てもらったらジェシカさんとハンナさんにもご迷惑ですし普段からなんでも自分でしてるので身の回りのお世話とかも必要ないです。テレシアさんも大丈夫って言ってたじゃありませんか。」
眠いだけなんだから静養とか身の回りの世話なんて必要ないって。ああでも本当にあくびが止まらないや。
「トウヤ様」
「はい。」
「首席治癒士様は『油断なさらず』とも仰られましたよ?トウヤ様の働き振りは『過剰労働』と侍従より報告が上がっております。お好きでなさっているそうですが既存の侍従の派遣を断られるのでしたら『桜の庭』にお帰しすること出来ません。こちらでしっかりご静養ください。」
「ふぇ……?」
俺から選択肢を奪ったリシュリューさんが完璧な営業スマイルでにっこりと笑ったお陰であくびが途中で止まった。
「こればかりは僕は補佐官殿の味方だよ。本当に眠いだけかも知れない。でもそうじゃないかも知れない。僕らの魔法の常識が当てはめられない使い方をしたんだからそれがどんな結果になるかなんて小鳥ちゃんにもわからないだろう?」
ルシウスさんにまでそんな風に言われてしまったらなんにも言えない。
なんだか申し訳なく思う。だけどその反面、心配してもらえる事が凄く嬉しい。
もちろんクラウスが味方してくれることはなかった。だけど追加の侍従さんだけはなんとか断ることに成功してリシュリューさんの心遣いにお礼を言って準備ができ次第『桜の庭』に帰ることになった。
部屋に戻るとすぐに3人分のフルコース料理が運ばれて来てようやくひとりで座らせて貰えた俺は何時になくお腹が減っていて眠気と戦いながらしっかり食べた。
そして当たり前みたいにまたクラウスに抱き上げられてそのまま馬車の中に乗り込んだ。近衛騎士を追加したのはこの為だったみたい。
さすがに隣に座るのだと思ったらクラウスはそのまま座席に腰を降ろした。
「クラウス、俺普通に座れるよ?」
「出来ません。本日は冬夜様を降ろしてはならないとの指示を受けておりますので。」
あまりにもすました顔で答えるものだから思わずポカンと口が開いてしまった。
「冗談だ、だけど嫌じゃないなら手放す理由がないだろう?」
堂々とくっつくことが出来る理由を逃したくないのは俺だけじゃなかったみたい。それならと安心して体を預けた。
「まだ眠そうだな。」
「うん、お腹いっぱいだから余計に。」
あくびを噛み殺す俺の顔をクラウスが撫でた。
役目を無事に果せてホッとしたのか緊張が解けて体の欲求に正直になっているみたいだ。『桜の庭』に帰れることでこの数日マリーやレインとの別れとか御用始めの事とかで気負っていたものが全部終わったのだと実感できる。なによりクラウスの腕の中だ、安心の大きさが違う。今の俺はまるで春の陽だまりで日向ぼっこをしている様な心地よい微睡みの中にいる。
「ねぇクラウス、俺頑張ったよね。」
「ああ。凄く頑張った。」
ふふっ、ならこのくらいのご褒美もらってもいいよね。
優しく微笑んでくれるクラウスの耳障りの良い声に褒められてふわふわと夢心地だ。
「ふぁ……。なんか本当に夢みたいだ。桜まで咲いちゃったりして。」
「ああ、でも夢じゃない。冬夜が桜を咲かせた、ひとりで立派にやりきったんだ。」
「ひとりじゃないよ、みんながいてくれたからだよ。」
怖がらずに立てたのはクラウスがいてくれたから。顔を上げられたのはアルフ様が背中を支えてくれたからで前を見れたのはユリウス様とルシウスさんがクラウスと見守ってくれたから。震えずにいられたのは王様達のお陰で立派に見えたのは王妃様やリシュリューさんや侍従さんのお陰。
「ああ、そうだな。」
クラウスが髪に優しく口付けて俺を甘やかすから余計に気分が良くなってしまう。
「やっぱり降ろしてクラウス、このままじゃ本当に眠っちゃう。」
うとうとと、閉じそうになる瞼に抗うにはこの心地よい場所から抜け出す必要がある。俺にはこの後やりたいことがいっぱいあるんだ。
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