迷子の僕の異世界生活

クローナ

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皇子様のお披露目式

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いつになく快晴で迎えた春月、適度に捕まえる鬼がいない状態で庭中を駆け回れば柔らかな日差しでも子供達はすっかり汗だくになってしまった。伯爵家から臨時に派遣されている侍従のジェシカは子供達を手早く着替えさせると汚れ物を抱えリネン室へ向かった。

「まりーとれいん、いまなにしてるかなぁ。」

「マリーはにゅうがくしきだよディノ。」

「レインもにゅうがくしきだよディノ。」

食堂でハンナから果実水を受け取りながら返事をしたのは双子のロイとライ。

「じゃあとおやは?」

「もう、ディノいいからはやくはいってきて。」

一度館内に入ったはずなのにいつの間にか外に出て庭に周り窓枠に手をかけ目だけをやっと出して話しを続けるディノにサーシャがしびれを切らし始めていた。

「トウヤ君はお城で入学式かなぁ。」

「トウヤも?」

「うん、もうすぐ国王陛下のご挨拶が始まるからみんなで聞こうね。」

院長のノートンは庭の子供達を呼び込んだあと食堂に持ち込んだ書類に目を通していた。

「え~でぃのおにわであそびたい。」

「さっきあそんだでしょ、もうすぐこくおうへいかのごあいさつがはじまるってノートンさんもいってるじゃない。」

今日は新年の御用始め。王城が開放されてバルコニーで挨拶をする王族を直接見ることが出来る数少ない機会だけれど全ての人が入れるほどではない。そのために魔道具を使ってお声だけを拡声する為どこにいても聞こえるのだけど遊んでいると聞きそびれてしまう。
今日は大切なご発言があるはずで、その内容が子供達にきちんと伝わるようにと落ち着く場所へ誘ったけれど小さいディノはまだ遊んでいたい様子だった。

「だってでぃのおにわのさくらみたいもん。」

「いもうとひめさまのさくらならいつもみてるでしょ。」

ノートンさんの隣に陣取ったサーシャがお姉さんぶってディノを呼ぶのが可愛らしい。

「ちがうよ、だっていつもはおはなさいてないでしょ。とおやはやくかえってこないかなぁ。そしたらねでぃのがいちばんにおしえてあげるんだ。きっとすごくびっくりするよ。」

「何を言ってるんだいディノ、桜が咲くにはまだ早いよ?」

その時ようやく皆一様に見えている瞳だけでもにこにことご機嫌に笑うディノを通り越し春を待ついつもの庭に目を向けた。



******



アルフ様に続こうとした俺をクラウスが呼び止めた。
同時にルシウスさんが目をまん丸にしてその視線は俺の後ろのクラウスに向かっていた。

「小鳥ちゃん、君は一体何をしでかすんだい?」

「何って別に何もって……え?」

視線に促されすぐ後ろに立っていたクラウスを見上げたらクラウスは更に上を見上げていてその先は一面の桜色に染まっていた。

「うわぁぁ。」

驚きすぎて開いた口が塞がらない。さっきまで蕾すらついてなかったのにこんなのあり得ない。見上げるのに夢中でふらついた俺をクラウスがすかさず抱きとめてくれた。

「なにこれ凄い!でもなんで!?」

「なんでって小鳥ちゃんの仕業だろ?」

思わず叫ぶ俺にルシウスさんが変なことを言い出すからみんなの視線が俺に集まってしまった。

「いやいや、そんなまさか。」

「いやそれ以外どう説明するんだ?こんな事ができる魔法士フランディールには存在しないよ。」

ルシウスさんはそう言うけどでも本当に?

「今願ったと言っただろう?『桜が咲いたのを早くみたい』って。」

俺を見下ろすクラウスも困惑を隠しきれていないけれどやっぱり俺の仕業と思うみたいだ。

「そうだけど……。」

自分を信じると決めたばかりだけど流石にこんなのおかしすぎるでしょう?

「疑うならその目で見てご覧、ハハッまさかここまでとは。じゃあガーデニアの常春は刻の魔法士じゃなくて願い姫が作ってたのか?いや、でも小鳥ちゃんは両陛下の子供だから一概にどちらとは断定出来ないかも?」

ルシウスさんが指先をパチンと鳴らしたら浮かび上がった魔力がたわわに咲いた花の隙間に俺の願った言葉を覗かせて一緒にキラキラと光っていた。

「そんなの今はどうだって良いだろう!凄いぞトウヤすぐ行こう!これ以上の説得力なんてない!ほら、早く。ああもうクラウストウヤを抱き上げろ!」

ルシウスさんと同じように興奮を隠さないアルフ様の声にクラウスが俺の足をすくってその胸にしっかりと抱き込んだ瞬間もの凄い速さで庭園を後にしたかと思えばあっという間に階段を駆け上がり気付いたときは目の前にバルコニーへ続く大きな窓がある部屋の中にいた。

「揃ってどうしたのだ。そんなに慌てずともまだ時間はあるぞ。」

「慌てずにはいられません、たった今トウヤが庭園の桜を咲かせたのですから。」

凄いスピードだったのに呼吸一つ乱さずにアルフ様が王様に答えた。

「まさか!本当なのかトウヤよ。」

再び俺にみんなの視線が集まるのだけどクラウスは俺を降ろしてくれない。

「本当です国王陛下、開花した桜が纏う魔力はトウヤ様の物で間違いありません。」

ぎこちなくうなずく俺の後に少し遅れて部屋に入って来たルシウスさんの報告を聞いた王様や王妃様にエリオット様、宰相様をはじめ部屋にいた近衛騎士、突然の騒ぎに扉を開けたまま覗き込む紺色の騎士、それから侍従さん達までが驚きの声を上げた所へリシュリューさんが息を切らせて飛び込んできた。

「た、大変です!城内の全ての桜の木が突然花を咲かせたと報告がありました!」

「あれだけじゃないのか!?」

アルフ様が声を上げた時、今度は近衛騎士が1人入ってきた。

「失礼致します。只今王都騎士団隊長による緊急連絡で王都の各所で桜の開花が見られるとの報告が上がりましたがいかが対処いたしましょう。」

それを聞いた王様はとうとう大声で笑いだしてしまった。他の人達はその真意を確かめようと窓へ駆け寄った。

「無自覚にも程がある、凄いよ小鳥ちゃん。でもこれ飲んで、こんな無茶な使い方しないよう勉強しよう。あとクラウス今日はもう絶対に降ろすなよ。」

ローブの内側を探り、出した小瓶を全部クラウスにお姫様抱っこの俺のお腹に乗せるルシウスさんは口では褒めながら少し怒ってるようにも見える。だって庭園の桜でもびっくりしたのに離れた場所のあちこちまで俺の魔法だと言われても想定外の更に外だ。クラウスにまで「早く」と急かされ小瓶を3本も飲み干した。

「私の説得などもう必要ないな。そなたを疑う者などもはや1人もいないだろう。」

ひとしきり笑った王様が片手を上げると立っていた紺色の騎士が大窓に手をかけ扉のように開けた。その瞬間、大きな歓声が耳に飛び込んできた。そして王様がバルコニーの中央に立つとその声は一際大きくなる。右隣に王妃様、そしてエリオット様が並び左側を一人分開けるようにしてアルフ様が立った。手摺の隙間から見えたバルコニーの下の広場には参賀に集まった人々が隙間なくひしめいている。

「私はフランディール国王である。暖かな春の陽射しの中、新しい年の始まりを愛する国民と共に穏やかに迎えられた事心から幸せに思う。」

アルフ様が教会の広場でやったのと同じ様に決して大声では話していない王様の温かく威厳のある声が歓声の中でもしっかりと耳に届く。

「この声は魔道具を使って王都中に響いているから『桜の庭』にも学校にも聞こえているんだ。だから小鳥ちゃんの大切な子供達にもちゃんと伝わるよ。」

「魔法って凄いんですね。」

「だろう?」

手摺から少し後ろに控えた場所でクラウスに抱き上げられたままの俺にルシウスさんが教えてくれる魔法の正しい使い方。俺のはやっぱりでたらめすぎる。

「今年は皆に話さねばならない事がある、他でもない先日の教会の鐘の音だ。あの鐘が鳴り響き10日あまり、慶事であると伝えはしたが中には不安の拭えぬ者も少なからずいたであろう。それについては国王として大変申し訳なく思う。だかそれ程の事が起きたのだと理解してほしい。」

上がったままだった歓声は国王陛下の言葉に徐々に小さくなりついには静まり返った。

「さて、皆には今の目の前の奇跡が見えるだろうか。あの鐘はこの奇跡を起こした方が現れたことを報せる物であったのだ。それは皆がよく知る人物、100年の昔行方知れずになってしまった恩義あるガーデニアの愛し子。『失われた皇子』が偉大なる刻の魔法士ガーデニア王の魔法によりこの地に無事戻った事を私達に報せる鐘であった。とても信じる事が出来ないとは今の王都にいる者なら思うはずもない。屋内にいる者はぜひ外に出てこの奇跡を自分の眼で見てこの喜びを共に感じて欲しい。」

「さぁこちらへ」と招かれまさかクラウスに抱き上げられたままなのかと心配になったけれど王様とアルフ様の間にはいつの間にか小さな台が置かれクラウスがそこに俺をそっと降ろすと代わるように王様が俺の手を取り、視界には沢山の人々の顔とその周りに咲く満開の桜の木が飛び込んできた。

「このお方こそ『失われた皇子』亡国ガーデニアの忘れ形見、そして一瞬にして王都の桜を開花させるこの奇跡を起こしたトウヤ=サクラギ=ガーデニア皇子その人である。この素晴らしき魔法を携えた者がフランディール王国の新たなる民となる事を私と共に祝って欲しい。今日という日は我がフランディール王国にとって歴史に残る一日になるだろう。」

王様の高らかな声に眼下に溢れた人びとの拍手と歓声が再び大きく湧き起こった。

「トウヤ、聞こえるか。」

「はい、アルフ様ちゃんと聞こえます。」

「見えるか、お前の起こした奇跡が。」

「うん。見えるよクラウス。王都にはこんなにも沢山の桜があるんだね。」

花が咲いた為に高台に建つ王城のバルコニーから王都にある桜がどこにあるのかよく分かる。それらがみな、亡きガーデニアの残したものだと知った今その全てが愛おしくなる。
終わりのない拍手と歓声の中からは確かに『おかえりなさい』の声が耳に届いた。

この世界に来て知ったのは嬉しい時も涙が出てしまう事。そしてそれを我慢するのはとても難しい事。
だからもっとよく見えるようにとクラウスが肩車をしてくれたら両手が塞がってしまって今日一日何度も堪らえてきた嬉し涙をもうこれ以上我慢することなんて出来なかった。





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