270 / 333
皇子様のお披露目式
270
しおりを挟む「ではまずこちらをお召し替えになってください。」
侍従さんに渡されたのは新しいシルクのキャミソールとトランクスパンツ。今着ているものと同じ様だけどサイズは俺にぴったりで肌触りが良すぎて少しくすぐったい。
用意されていた衝立に隠れて自分ひとりで着替えられたのはそこまでで衝立から出ると俺は着せ替え人形みたいになった。
侍従さんの持つ白の長袖ブラウスに袖を通しいつも足首で遊んでる靴下はちゃんと伸ばしてふくらはぎに付けたベルトで留められた。
ピタリとした黒のパンツを履かせてもらいその上に鮮やかな青色のベスト。首元には白色のタイをベストと同じ青色の大きな宝石のついたブローチで留めた。
黒のロングブーツも履かせて貰ってわずかに伸びた身長を楽しんでいると装飾を取りに行ってくれた侍従さんが戻ってきた。
髪のセットも無事完了し金糸の刺繍で飾られた白のロングジャケットを羽織らせて貰って鏡の前に立つ。
「いかがですか?」
「なんだか自分じゃないみたいです。」
アルフ様みたいな皇子様っぽい格好もクラウスを真似て前髪を上げおでこを出した自分の顔も見慣れなくてなんだか変な感じ。
「とても良くお似合いです。」
「ご立派ですわトウヤ様。」
「本当にお可愛らしいです。」
「あ、ありがとうございます。」
侍従さんの褒める言葉がこそばゆい。こう言うのなんて言ったっけ。確か『馬子にも衣装』?
「愛らしいお姿に誰もが心を奪われてしまうことでしょう。トウヤ様のお披露目のお支度が出来てこの上ない幸せでございました。」
侍従さんに褒められてすっかりその気になった俺は寝室を追い出されたクラウスに遅すぎる朝の挨拶と一緒に感想を強要してみた。
「おはようクラウス。どう…かな。」
「……うん、よく似合ってる。」
クラウスはほんのちょっと困った様な顔でそれだけ言うとフイッと横を向いて廊下に続く扉へ足を向けた。
なんだ、侍従さんのはやっぱりお世辞だ。まぁお城で毎日アルフ様やユリウス様みたいな本物のキラキラした人を見てたら付け焼き刃の俺なんてそんなもんだよね。
磨いて貰ったところでしょせん元は『田舎の小娘』侍従さんにのせられてクラウスからの称賛を期待した自分が恥ずかしい。
クラウスが廊下に続く扉を開けて外にいる誰かに声を掛けると数人の男性の侍従さんが入って来て持ち込んだハンガーラックや箱を運び出し一緒に王妃様の侍従さん達も戻っていき、入れ替わりにテーブルの上に食事が用意された。
小さなサンドイッチにカットされたフルーツに温かいスープ。形良く盛られた朝食に食欲がそそられお腹が鳴った。
「クラウスは?」
もう着替えも済んだし食べちゃったのかな。
「ご心配なさらず。騎士様の朝食もこちらにご用意する様仰せつかっておりますよ。」
昨日もお茶を運んでくれた女性の侍従さんがワゴンを入れ替えてクラウスの分もテーブルの向かい側に並べてくれた。
「良かった、一緒に食べられるね。」
「そうだな。ああ、給仕は引き受ける。」
ソファーに座った俺の後ろにいたクラウスに話しかけるとさっきと同じ素っ気なさに苦笑いを加えると紅茶を入れてくれようとした侍従さんの所に声を掛けに行った。
「では騎士様にお願いして下がらせていただきます。」
クラウスの態度にこれでもまだ香りがきつかったのかと自分で手首の匂いを確かめるうちに部屋にはクラウスと俺だけになった。
「あ、紅茶なら俺が淹れるよクラウスは座って?」
せっかくふたりなんだからゆっくりして欲しい。
「ん?大丈夫だよいつもやってるんだから…って、え?なに?なになに!?」
立ち上がってティーポットに伸ばしかけた手をクラウスの手に握られた俺はそのまま腕を引っ張られて寝室に連れ込まれてしまった。
外向きに俺の両腕を掴んで立たされた場所は大きな姿見の前でクラウスと俺が重なる様に立つ姿が映っていた。
「可愛い、綺麗だ、よく似合ってる。」
さっきは随分と素っ気なかったクラウスが俺の好きな優しい笑顔を惜しげもなく晒して褒めちぎってきた。鏡越しに真っ直ぐ俺を見つめるイケメンの不意打ちに心臓がぎゅうっと鷲掴みにされ一瞬で耳が熱くなる。そんな態度欠片も見せなかった癖にこんなのズルい。
「あ…ありがとう。でも褒め過ぎだよ。」
「足りないさ。さっきは悪かった。冬夜に相応しくない未熟な護衛騎士だと思われたくなかった。でもあまり上手い褒め言葉が浮かばなくてダメだな。」
「そんな事ないよ。」
申し訳無さそうな顔を見せるクラウスにわかってなかったのは俺の方だと気がついた。クラウスが騎士であろうとするのは俺の為なんだから。
素っ気なくされて自分でもなかなか良い出来だと思ってたから薄い反応に本当はがっかりしてた。むくれて膨らむほっぺたを押さ込んで誤魔化したのは気づかれていないといいな。
「髪留めはこの前の飾り紐にしたのか?」
「うん。やっぱり緊張するからマリーとレインに勇気を分けてもらおうかなって。変かな?」
「いや、すごく良いよ。」
侍従さんが後から持ってきたものは細いリボンだったからダメ元でふたりに貰った飾り紐を使えないか聞いてみた。無理なら服のポケットにでも入れて置くつもりだったんだけど理由を話したら飾り紐を花の形にして青いリボンの結び目にピンで止めてくれた。
「可愛すぎて人前に出したくないな。」
クラウスは満足そうに鏡に映る俺を見ていたけれど俺はそれではなんだか物足りなさを感じてしまった。
「あの…クラウス、できれば鏡じゃなくて俺を見て欲しいんだけど……。」
鏡越しに浴びる褒め言葉も嬉しいのだけれどそろそろ直接見て欲しい。だけどクラウスは最初からずっと両腕を掴んだままで俺は『気をつけ』の姿勢で立たされていた。
「そういう事を言われるとキスしたくなるから止めてくれ。」
長い溜息の後少し睨む様に鏡の中俺を見た。そんな事言われたら俺の方こそして欲しくなるんだけど。
「本当に困ったよめさんだな、支度終わってるのにできるわけ無いだろ。」
思わず結んだ口の横を今度は苦笑いをしたクラウスが指先でちょん、とつついた。だからそんなの逆効果だ。寝起きがあんなだったからおはようのキスも出来なかったし。
「取れたら直すように貰ったからその……ちょっとなら平気だよ?」
諦めきれずポケットから侍従さんが持たせてくれたグロスを出して見せると余程呆れたのか顔を手で覆ってしばらく天を仰いでしまった。
立派な『騎士様』は全然誘惑されてくれない。昨日は『キスくらいいいよな』って言ったのに。
「──ったく。これだけ煽りまくって後で後悔しても知らないからな。」
眉間にシワを寄せたクラウスは吐き捨てるようにそう言うとむくれてうっかり突き出した色気のない俺の唇にグロスを直す必要もない程の口付けをした。
175
お気に入りに追加
6,532
あなたにおすすめの小説

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

この恋は無双
ぽめた
BL
タリュスティン・マクヴィス。愛称タリュス。十四歳の少年。とてつもない美貌の持ち主だが本人に自覚がなく、よく女の子に間違われて困るなぁ程度の認識で軽率に他人を魅了してしまう顔面兵器。
サークス・イグニシオン。愛称サーク(ただしタリュスにしか呼ばせない)。万年二十五歳の成人男性。世界に四人しかいない白金と呼ばれる称号を持つ優れた魔術師。身分に関係なく他人には態度が悪い。
とある平和な国に居を構え、相棒として共に暮らしていた二人が辿る、比類なき恋の行方は。
*←少し性的な表現を含みます。
苦手な方、15歳未満の方は閲覧を避けてくださいね。

思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる