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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む子供をあやすような口付けの後は一緒に朝食を食べながらクラウスが今日の予定をざっと話してくれた。
今日はフランディール王国にとって一年の始まりの日。この世界の1月1日お正月。
『御用始めの儀』というのは職場で新年の挨拶をする事なのだそう。
でも季節は春でマリーとレインの入学式もあって俺の中では4月の感覚に近かった。
お城の中には国を治めるための多くの行政機関があって各部署で働く人達が順番に王様の下へ挨拶に来る。
俺の『お披露目式』は中枢を担う偉い人達だけが参加する一番始めの御用始めの儀で行われるらしい。
それから王様が王都の人々に挨拶をする時にも参加するそう。
「俺はどうしてたらいいの?」
「どちらも第一皇子様がエスコートなさると聞いている。細かな説明は直前にするそうだ。」
直前の説明で済むと言うことは多分立ってるだけで良いんだよね。
「クラウスは?」
「もちろん傍に控えている。」
「そっか。」
それならいいや。
クラウスの答えに安心してサンドイッチを食べた。グロスがつかない様に大口を開けて変な食べ方をする俺を見てクラウスがクスリと笑う。
なんだよ、クラウスがちゃんと俺の欲しいキスをしてくれてたら気にせず食べれたのに。
「食事が終わったら待機室に案内する。御用始めの儀が始まるまで少し時間が空くんだがその間に俺は騎士隊に顔を出してくるから冬夜はそこで待ってて欲しい。アルフレッド様がいらっしゃるから安心してくれ。」
「アルフ様と待ってればいいの?」
「ああ、すぐ戻る。」
御用始めの儀の間傍にいると言った直後にそんな話をすまなそうに告げるクラウスに昨日からキスのことばかり考えている俺の脳内を悟られないように真面目な顔で頷いておいた。
「失礼いたします。お時間になりました。」
食事を終えて少した頃、ノックの後の扉越しの声かけにクラウスが返事を返した。俺は身だしなみを軽く整え廊下に出ると紺色の騎士が「ご案内いたします」と先導に立つ。
その後ろ姿に不意に緊張に襲われてぎこちなく踏み出した足でよろけたところをクラウスに支えられた。
「大丈夫か?」
動きに合わせ柔らかに俺の胸に当てられた大きな暖かい手がそこにあった小さな不安の塊を一瞬で溶かしてしまう。
「ありがとう、ブーツが履き慣れなくて躓いちゃった。」
緊張したのもそうだけど人生初のブーツも躓いた原因の一つ。支えてくれたクラウスに掴まったまま足元に目をやると「それなら」と差し出してくれた腕に遠慮なく甘えた。
お陰で転ぶ心配なく紺色の騎士の後に続いて歩けた。
階段を降りきって白い大理石の廊下を随分歩いた先に豪奢な扉があって俺達が近づくと紺色の騎士がノックをして中に声を掛けるとすぐ扉が開かれた。
「来たかトウヤ、昨日の夕食以来だな……ってなんだ朝から随分見せつけてくれるな。」
俺を目に止めたアルフ様がわざわざソファーから立ち上がり出迎えるために広げた腕をそのままにして呆れ顔で俺を見た。
「お、おはようございますアルフ様、ユリウス様。これはあの…ブーツを履くのが初めてなのでそのっ……!?」
抱っこじゃないから良いかと思ったけど俺自身がこっそりとデート気分を味わっていたのは事実なので指摘された途端恥ずかしくなり慌てて手を離して誤魔化そうとしたけれど何故かクラウスが脇を締めてそれを許してくれなかった。
「そういう事なら仕方ない。だがよく似合ってるぞ髪を上げてるのも可愛いな。これなら存分に目を引くだろう。なあユリウス。」
「ええ本当に。」
「ありがとうございます。アルフ様とユリウス様もすごく素敵です。」
今日のアルフ様は金糸の刺繍の入った真っ赤なロングジャケットを当たり前に着こなして普段下ろしてるウェーブのかかった前髪は掻き上げたようにしてるからいつもは隠れがちな真紅の瞳がよく見えて皇子様たるキラキラがパワーアップしている。
ユリウス様も今日はクラウスのように後ろで結んでいて凛とした佇まいがさらに磨きがかっていた。
本当に同じ血が混ざっているのか疑う程のイケメンが並べば一層迫力が増す。そんなふたりにじっくりと品定めの上褒められれば嬉しさよりも気恥ずかしさが上回る。
「そんな事を言ってくれるのはトウヤだけだな。」
「ですね。では弟の可愛い装いも見れた事ですし私とクラウスは暫し護衛より外れます。行くぞクラウス。」
「じゃあ冬夜、また後で。」
「うん、いってらっしゃい。」
ユリウス様に呼ばれたクラウスはようやく俺の腕を自由にすると今度は左手を取って薬指にキスをした。
「やれやれ、クラウスもトウヤの事になると私の前でも遠慮がないな。本当によく似た兄弟だよ。」
アルフ様は扉の向こうに消えゆくクラウスの背中を見送りながらおかしそうに笑っているけれどいくらアルフ様とユリウス様が俺達の事知ってるからってこういうのはやっぱり照れくさい。
耳と同じくらい薬指の指輪が熱を持ってるみたいに感じていると閉まりかけた扉が再び大きく開けられた。
「王妃様、並びに第四皇子様が参られました。」
紺色の騎士の報せの後にエリオット様にエスコートされた王妃様が入ってきた。お二人に付いてきた近衛騎士達は扉の手前で礼をして戻って行った。用事があるのはクラウスとユリウス様だけではないみたいだ。
「おはようございます母上本日も実にお美しい。エリーも可愛いな。」
アルフ様がすごく自然に王妃様の手に口付けたけれどエリオット様にはハグを断られしゅんとしてしまった。
「おはようトウヤ。昨日はよく眠れたか?」
金色のドレスに頭上にはティアラが輝いて絵本のお姫様そのものの王妃様が眩しすぎて昨日とは違う人みたいに思える。けれどアルフ様によく似た笑顔を向けてくれた。エリオット様もやっぱり前髪を上げていて深緑のロングジャケットを着こなし改めて皇子様なんだと認識した。
「おはようございます王妃様、エリオット様。昨日はありがとうございましたおかげさまでぐっすり眠りました。」
「そうか、どれこちらへ来てよく見せてみよ。」
王妃様に手招きされて近寄り差し出された手に右手を乗せるとまるでダンスのようにくるりと回されてしまった。
「愛らしいな実によく似合っている。侍従も良い仕事をしたようだ後でよく褒めておこう。それに私の言いつけも守れた様だし。」
「言いつけですか?」
なにか言われたっけ。昨夜の記憶を探っても思い当たることがない。
「トウヤではないそなたの騎士に「手を出すな」と言っておいたのだ、せっかく磨いたのに台無しにされては困るからな。しかしあれを目の前に耐えるとは感心する。」
アルフ様によく似た王妃様のいたずらな笑顔にクラウスの『命令違反』の意味をようやく理解した。
「どうかしたか?」
「いえその…昨日はご存知ない様子だったので。」
夕食の時もアルフ様は敢えて言わなかったのになんで王妃様は知ってたのかな。
「ヒントはくれただろう?その『結婚指輪』とやらは良いものだな。私も一つ陛下に強請ってみよう。」
「───はい、ぜひ。」
嬉しい。
結婚指輪はこの世界にはない風習なのに王妃様がクラウスが婚約者であることに気づいてくれるなんて。ノートンさんに『おめでとう』と言ってもらった時も嬉しかったけれどクラウスとの事が認めてもらえる事がこんなに幸せな気持ちになれるなんて思わなかった。
「やはり良いな、トウヤが笑うだけで花が咲いたようだ、これでドレスを着せたらもっと人目を引くだろうに。ふむ、もう少し濃い紅をさしてみるか?」
「へ!?」
王妃様の柔らかな手が俺の頬を優しく掴まえて顔をまじまじと眺める。またもや女の子扱いの一言に焦ると王妃様についていた昨日の年配の侍従さんが「ダメですよ」と味方してくれてホッとした。だって今もグロスで唇が変な感じなんだから。
「余りお色を派手にいたしますとトウヤ様の美しさが引き立ちません。このくらいが最適です。」
侍従さんはにっこり笑うとどこからかコスメボックスを出し俺は王妃様に掴まえられたままグロスを塗り直されてしまった。
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