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前夜の出来事
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しおりを挟む「冬夜、せっかく心地よく眠ろうとしている所起こして悪いが部屋に着いたぞ。眠ってしまうなら着替えた方がいいだろう。」
抱き上げてくれたクラウスの首元に顔を埋めて安心してほんの一瞬目を閉じたつもりだったのに背中を優しく叩かれ重いまぶたを開けるとそこは寝室だった。
「いけない、着替えないと借りた服がしわくちゃになっちゃう。ありがとうクラウス。」
降ろしてもらって部屋を見渡すとテーブルの上に預けたカバンが置いてあるのに気付いた。中身は今夜のお泊りセットだ。
「クローゼットの物は使わないのか?」
「あ、うん。ちゃんと持ってきたからわざわざ借りなくても大丈夫だよ。」
そう答えるとなぜか「冬夜らしい」と言い残して寝室を出た。結婚する間柄だと言うのに着替えの時に居合わせないようにするなんて相変わらず紳士だ。
王妃様や侍従さん達からまるで子供扱いされたのを思えば意識されてるみたいで嬉しい。
お風呂のおかげかマッサージのおかげか、いまだホカホカしている身体の熱を冷ましてしまうのが嫌で手早く着替えを終えて応接室へ行くとクラウスはお父さんとお母さんの絵の前に立っていた。
「俺以外誰もいないんだから座ってていいのに。」
近衛騎士としてのクラウスは立派だけれど気が抜けないのは申し訳なく思える。せめてふたりの時は俺のためにも少し怠けて欲しい。
「わかった次からはそうさせてもらうよ。」
俺の意図することに気付いたのか優しく笑うと許可を取ることなく伸びた手がふわりと俺を抱き上げた。
揺れた髪から花の香が漂うとクラウスがまた顔をしかめた。俺は嫌いじゃないけどクラウスには少しきついのかな?
「王妃様の事は信用してるし冬夜も気分良さそうにしてるから嫌なことはされてないんだろうがお茶を飲むだけだと思ってたのになんで一緒に風呂に入る事になったんだ?」
眉をひそめたクラウスに改めて聞かれた事で眠くて働きの鈍っていた頭で大きな言い間違えをしたことに気がついた。王妃様と一緒にお風呂に入ったなんて絶対ダメ、ちゃんと訂正しておかなくちゃ。
「ごめん俺の言い方がおかしかった。そうじゃなくてその……王妃様のお手入れしてる横でお風呂に入れてもらったりマッサージしてもらったんだ。それが人前に出る子に母親がすることなんだって言ってくださって……。」
「だからあんなにご機嫌だったのか。」
「へへへっ。」
さすがクラウス、俺が何に喜んでいるかすぐにわかってくれる。女の子扱いなのが気にならなくはないけれどお風呂もマッサージも気持ちよかったし何より『母親がすること』を王妃様が俺にしてくれた事が嬉しい。
「髪もびっくりするくらいサラサラで伸ばしっぱなしだったのも少し整えて貰ったんだよ。肌もすごくすべすべなんだ、触ってみる?」
「冬夜はもともと美しい髪に綺麗な肌をしてる。」
あまり興味のなさそうな物言いにほら、と顔を差し出すとクラウスは指の背でするりと頬を撫でて「確かに」と苦笑いをした。
俺としては子供達に負けないモチモチ感があるのにクラウスからすればそんなものか。
俺が女の人だったらもっと綺麗になれたかな。さっき王妃様の騎士がクラウスに耳打ちした時なんだかお似合いに見えてちょっぴり悔しかった。だからお手入れしてもらっていつもより少しマシになった俺を見てもらいたかったのにそうでもないなんて王妃様と侍従さんのお世辞にその気になっちゃって恥ずかしいなぁ。
「もう風呂も済ませたなら湯冷めする前にベッドに入ろう。」
「……うん。」
仕方なく自分で触り心地を楽しんでいると不意にクラウスの唇が前髪をかき分けくっついた。
たかがおでこ。そんなキスでドキドキしてしまったけれど俺をベッドに運ぶとクラウスは椅子を寄せてそこに座った。
もしかしなくとも俺はこの広いベッドでひとりで眠るのかな。
普段はひとりでも全然平気なのにクラウスがいる時はどうしても淋しいと思ってしまう。
今日は思ったより一緒にいられなかったしノックやクラウスの理性とやらに邪魔されてキスもろくにできてない。でも夜にこうしてふたりきりになればもう少し『だんなさん』といちゃいちゃできるかと思ってたから残念。
「……クラウスはどこで寝るの?」
「冬夜が眠ったら宿舎へ戻るよ。ほら目を閉じろ、いつも眠る時間を過ぎてる。」
横になるよう促され掛布を胸まで引き上げられた。まさか俺が『寝かしつけ』をされるとは。
勝手に朝まで一緒にいられるかと思っていたけど今のクラウスは『騎士様』だから仕方ないよね。俺だってなんの準備もなく仕事を放り出すのは嫌だからそれと同じだ。
知ってしまったあの腕の温かさや与えられる甘さが欲張りに拍車をかけるけれどこの部屋は明日の為に用意された部屋であってクラウスと俺が過ごす為の宿屋じゃない。
わかっているけれどできることなら眠るまでその腕に抱きしめて欲しいと思ってしまう。
「うん、おやすみクラウス。」
「ああ、おやすみ。」
それも無理ならせめてそのキスはおでこじゃなく唇に欲しいと。
期待をよそにクラウスの大きな手は俺の額にかかる前髪を掻き分ける。ならその熱を確かめて冷めないうちに目を瞑ろうとおでこに向かうクラウスの唇を目で追うとその唇が目の前で止まってしまった。
「その顔は反則だ。俺に命令違反させるつもりか?」
クラウスが少し怒った声でそう言いながら親指ひとつで俺の下唇を押し上げてぽかんと空けてたらしい口を閉じさせる。
「め、命令違反ってなんの事?」
どうしよう、怒られてるのかな。でも唇をなぞるクラウスの指が熱い。それに俺に覆いかぶさるようにして大好きな空の蒼色の瞳が俺の瞳を覗き込むからドキドキして心臓が痛い。
「強引に攫われて好き勝手されてその上こんな可愛い『よめさん』に誘惑されて俺だけ我慢だなんてどんな嫌がらせだ。」
「誘惑なんてしてない、俺はただいつもみたいにクラウスと一緒に眠れたらなって思って。でも仕事中だし俺だって我慢しようって……ぅんっ。」
クラウスの唇が俺の嘘の言い訳を飲み込んだ。
話の途中に奪われた唇はクラウスの侵入を簡単に許して逃げるどころかもっと欲しくて自分の舌を差し出した。
そうだよ、本当はこうしてキスして欲しいって誘ってたんだ。
そうしてどのくらいキスしてたのか、クラウスの唇が離れる頃には幸福感で満たされていた。
何が驚いたって俺がキスに夢中になってるうちにクラウスは騎士服の上着とブーツを脱いでたって事だ。でもお陰で望み通りクラウスはベッドの上で俺はその腕の中。
「宿舎に戻らなくていいの?」
「慣れない場所で不安だろうから冬夜に帯同するよう指示は受けている。でも一緒にいたら我慢できなさそうだったから宿舎に戻ろうと思っただけだ。結局我慢できなかったけどキスまでなら良いよな?」
しかめっ面の言い訳は誰に向けてのものなのかわからないけどなんか子供っぽくて可愛いと言ったら駄目かな。
「うん、俺不安だよ。不安で眠れそうにないからクラウスが朝までこうしていて。」
世界一安心する鼓動を大好きな人の腕に抱かれて聞いているのだから不安なんてあるわけがない。
その心地よさに瞼も開けられなくなっている嘘ばかりの俺はみのむしみたいに掛布で包まれクラウスに抱きしめられたまま深い眠りに落ちていった。
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