260 / 333
前夜の出来事
260
しおりを挟む「よく来たなトウヤ。元気にしていたか?」
後ろからおぶさるようにしてアルフ様が俺の顔を覗き込んできた。
「は、はい元気です。」
見上げたアルフ様は天井のシャンデリアが真っ白な髪越しに透けていつもより余計にキラキラして眩しい。
話を聞くのに集中していたせいかノックの音もおぼろげで扉もちょうどリシュリューさんの体で見えていなかったから驚いたけど心強い味方にどこかほっとしてしまった。
「第一皇子様。まだ私がトウヤ様とお話をさせて頂いている最中なのですから割り込まないで下さい。」
「私やユリウスですらまだ許されていないのにお前が先にその権利を得るつもりか?油断も隙もないな。」
「私の言っていることはその様な意味ではございません。」
「本当に?」
後ろからおぶさったままアルフ様が俺の頭に顎を乗せているせいでリシュリューさんの鋭い視線が俺のやや上に向けられる。
誂い混じりの声のアルフ様がどんな顔をしているのか俺にはわからないけれど見合ったまま少しの沈黙の後リシュリューさんは眉間を抑えながらため息をついた。
「出過ぎた真似を致しました。」
「分かればいい。この話は終わりだ。」
「いいえ、お伝えしたい事は別の話です。」
そう言ってリシュリューさんは俺に視線を向けた。
「この数年、私の仕事に「ありがとう」などと謝礼の言葉を掛けてくださったのはトウヤ様だけです。先程は聞き慣れないばかりに失礼な態度を取って申し訳ありませんでした。久方ぶりに心が満たされる思いです。これから先トウヤ様に関わる物は常に最優先事項にさせていただきますので何なりとお申し付け下さい。それでは失礼いいたします。」
俺に向けられたリシュリューさんの柔らかいその笑顔がさっきまでの営業スマイルとは違っていて、お礼の言葉を押し付けてしまったかと感じていた気持ちが消えていく。
本当はリシュリューさんが俺の為に忠告してくれたと分かっている事もきちんと伝えたかったけれど一礼してすぐにくるりと踵を返し今度こそ部屋を出ていってしまった。
「あの堅物が珍しい。ま、いいけどな私達にとってもトウヤが最優先事項だ。そうだ菓子は気に入ったか?」
アルフ様に身体をくるりと反転されて感想を聞かれた。
「はい、ごちそう様でした。とても美味しかったです。」
「クラウスはちゃんともてなしたか?」
「はい、紅茶を淹れてくれました。それと『桜の庭』のお部屋と服も沢山用意して頂いたと聞きました。ありがとうございます。」
「ん?そうなのか?まぁトウヤが喜ぶものなら良かった。アイツに任せて置けば間違いないからな。」
そうかそうかと頷くアルフ様と俺の身長はクラウスと比べると差は小さいけれど、やっぱり至近距離で見上げると首が痛い。腰に手を回された状態では背中を少しばかり反らせても余り変わりなかった。
でもクラウスならすぐに俺を抱き上げてしまうから見下ろす方が多いかも。
そんな事を思ってるとユリウス様がアルフ様の背後に近づいてその腕を捻り上げながら俺を庇う様に背中に隠してしまった。
「いででででっ!」
「ハグにしては長すぎますよ。」
「ちょ、放せ!いいじゃないか少しくらい私は連日わからずやのジジイの相手でクタクタなんだ。可愛い弟に心の癒やしを求めて何が悪い!」
「貴方の事情など知りません、トウヤも嫌ならそう言いなさい。」
ユリウス様は赤くなった手首を擦るアルフ様には目もくれず背中の俺に向き直ると少しかがんでまるで埃でも払うみたいに俺の頭や肩や背中を払い、自然に手を取りソファーにエスコートしてくれた。といえば聞こえはいいが俺は小さな子供になった気分、でもこれも嫌じゃない。
「あの…ユリウス様。今のは身長差の所為で首が少し痛かっただけで嫌ではないです。」
「聞いたかユリウス、トウヤは嫌がってないぞ。」
ユリウス様は隣にどかりと座ったアルフ様のドヤ顔に俺の背中に入れるつもりで手にしたクッションを押し当てると真ん中に挟む俺を自分に少し引き寄せて腰を落とした。
「トウヤがそうやって甘やかすから付け上がるのだ。相手が欲望のままお前を膝の上に座らせた男だと言う事を忘れたのか?」
そう言われて思い出したのは学校での出来事だ。
「あれは私がよろけてしまっただけで、す?」
返事を言い終わらないうちに背後から脇の下で持ち上げられ今度はソファーからクラウスの腕の中に移動していた。
「なぜ貴方まで隣に座るんですか?」
「見ていなかったのか?この国で1番厄介な虫から大事な弟を護っていたのだ。」
したり顔で答えたユリウス様のきれいな顔に今度はアルフ様がクッションを投げつけた。もちろんそれは当たる前にキャッチされたんだけど
「さっきからなんなんだお前は私の騎士のくせに言葉が過ぎるぞ。」
「残念ながら今はトウヤの兄ですから。」
「それなら私だってそうだろう。」
「だからと言って必要以上にベタベタ触って良いとでも?そんなんだから弟君達に鬱陶しがられるんですよ。」
「なっ……お前だってクラウスに随分毛嫌いされていただろうが。」
「今はこうして同じ職場に勤め頼られる立場を得ておりますが何か?」
アルフ様とユリウス様の始めた言い争いは仲の良い間柄のおふざけの様にも思えるけれどどちらも笑顔なのがなんだかちょっと……。もしかしたら本当に喧嘩してるのかな。
どうしよう、止めるべき?
クラウスに抱き上げられて文字通りの高みの見物をしていた俺も不意に心配になってきてクラウスの肩に回した手に思わず力が籠もってしまう。
するとクラウスが片手を二人の間にスッと振り下ろした。
「おふたりとも、冬夜が困っているので止めて下さい。」
クラウスはそう言葉にしたけれどクラウスの手に気付いた直後からすでに2人の争う声はピタリと止まっていた。
136
お気に入りに追加
6,403
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
兄弟がイケメンな件について。
どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。
「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。
イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる