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前夜の出来事
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しおりを挟む朝。
いつもの時間に目を醒ますとサーシャがベッドに入り込んでいて温かい体温と1日遅れの甘えが嬉しかった。
起こさないようにおでこにそっとちゅうをしてベッドを抜け出し服を着替え、顔を洗い台所へ向かうとすでに先客がいた。
「おはようございますジェシカさん、ハンナさん。もう来てくださったんですね。」
「おはようございますトウヤ様。」
ジェシカさんの言葉に続き隣で一緒に丁寧に頭を下げ挨拶をしてくれたハンナさんに慌てて俺も頭を下げる。
「えっと……でもどうしようかな。仕事にはまだ早くてですね……。」
「承知しておりますよ。お茶の準備が終わりましたら私達は食堂やその他の準備に入りますのでごゆっくりなさって下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
すでにケトルはコンロの上で湯気を立ち上らせていてトレイの上には茶葉の入ったティーポットと3脚分のカップにお湯が注がれ温められていた。
細やかな配慮。見習いたいけれどカイとリトナはもう明日から来ないんだよな。
昨日の子供達の様子を話しているとカイとリトナは明日からふたりの代わりに来てくれる人を伴って現れた。
「僕達が人柄を吟味致したもの者です。昼食と夕食の時にも連れて参りますね。」
そう話すと連れてきた純朴そうな男の子との挨拶もそこそこに「スープはここ、パンはここ、トレイはここに並べて」などと先輩っぽく指示をしていつものように仕事を終えるとハンナさんがもうひとり分用意してくれているのを断ってその子を先に教会へ帰してしまった。
「だってこうしてトウヤさんとお茶が飲めるの最後じゃないですか。」
椅子を寄せながら人懐っこい笑顔を浮かべるカイはさっきまでの先輩顔は欠片もない。
「こちらにも新しい方々がお見えになってるんですね。」
リトナも自分で用意した席に着くといつもの俺の雑なお茶出しと違い品のある振る舞いでカップを差し出したジェシカさんに軽く会釈していた。ふたりは俺も『桜の庭』から居なくなると誤解したままだけど敢えて訂正はしていない。
「はい、お昼から出掛けてしまうので来ていただきました。だからあの……カイさん、リトナさんお昼にも会えるかも知れませんがゆっくり話せないので今言わせて下さい。今日までありがとうございました。おふたりとのお喋り楽しかったです。治癒士のお仕事頑張ってくださいね。」
最初に出したお茶に大した意味はなかった。食材や情報を手に入れる為の下心で接していた時期もあったけれどふたりはずっと親切にしてくれて今では大切なお茶友達。毎日見ていたふたりに会えなくなるのはやっぱり淋しかった。
「トウヤさん……。」
お礼を言って顔を上げるとカイの瞳から涙がぽろぽろ零れ出す。
「こちらこそ毎朝温かいお茶をごちそうして頂きありがとうございました。ご迷惑をおかけしてからも変わらず親しくして頂いたこと嬉しかったです。僕達はまだまだ未熟ですがトウヤ様に少しでも近づけるよう頑張ります。」
リトナは姿勢を正し真っ直ぐ俺を見るとそう言って深々と頭を下げた。
「ほら、最後だぞ。味わって飲めよ。」
そのままちらりと横を見て軽く肘で小突くとカイは慌ててカップを手に取って「美味しいです」とグズグズと泣きながら紅茶を飲んだ。
それを確かめて自分も紅茶に手を伸ばすリトナの瞳は相変わらず優しくてこの視線にカイがいつ気付くのかすごく気になってしまった。
子供達は目を醒ますと一緒に来たジェシカさんとハンナさんに大喜びでディノとサーシャはさっそく手を繋いでいた。
そして掃除も洗濯もおまかせで子供達と散々走り回った俺はお昼ご飯の後、ディノと一緒にひと眠りしたいくらいだったけれど子供達は文字の勉強をジェシカさん達に見せたくて今日もフラレてしまった。
「とおやみて、『ロイ』ってかけてる?」
「『ライ』ってかけた?」
「うん、すごく上手に書けてるよ。」
練習した文字を見せてくれたふたりを褒めると満足げに笑って今度はお互いのお手本を交換して練習を始めた。
「ねぇ『サーシャ』は?」
「でぃのは?」
椅子から降りて見せに来てくれた文字、サーシャは絵も上手だけど文字もノートンさんのお手本通りきれいだった。ディノはまだぐるぐるのダンゴムシみたい。どちらにも花マルを付けると喜んでくれて同じ様にお手本を交換していた。
「あの、トウヤさん。そろそろお支度をなさった方が……。」
「あ、そっか。」
遊び疲れてうっかりしていたけれど流石に今の格好でお城に行くわけにはいかないのか。
部屋に戻ってエレノア様から頂いた服に着替えをしているうちに窓辺の小鳥が鳴いて外を覗くと正門の外に大きな馬の背が見えた。
階段を降りていくとノートンさんが子供達を連れて玄関から外へ出る所でそれに続こうとしたらジェシカさんとハンナさんに呼び止められてしまった。
「少しお待ちになって下さいませ。」
「失礼いたします。少々整えさせて下さいませ。」
ふたりにエントランスにある鏡の前に連れて行かれるとジェシカさんは結んだままの髪をほどいて櫛を通し髪型を整え、ハンナさんはジャケットの形を整え首のリボンタイを結び直してくれた。
「ありがとうございます。」
小さい子供になった気分だ。適当に羽織っただけだったのがみっともなかっただろうか。
でもそれだけではなくポケットから取り出したクリームを手早く俺の顔と手に塗り込み終わるとほどいた飾り紐をキレイに畳んで渡してくれながらふたりがため息をついた。
「お許し頂けたらもっとケア出来ましたのに。」
「時間がないのが残念でなりませんわ。」
「な、なんかすいません。」
愁い顔のふたりにわけも分からず謝りながら外に出ると門の所にディノを抱き上げたクラウスが初めて見る近衛騎士と一緒に待っていた。
「お待たせしました。」
「もう行けますか?」
騎士様のクラウスにそう言われ子供達を見ればサーシャはクラウスに向けて「ちゃんとかえしてね」と唇を尖らせたけれど「いってらっしゃい」とみんな小さな手を振ってくれた。
子供達に「できるだけ早く戻るね」と約束をしハグちゅうをしてノートンさんにもハグをした。
「行ってきます。」
「うん、キミの帰りをみんなで待ってるよ。」
「はい。」
挨拶が終わるとクラウスは俺にいつものマントを着せた。
今日の迎えは馬車ではなく直接馬に乗って行くみたいで先にクラウスが跨ってその背に引き上げられれば視界が一気に広がった。
「では出発致します。」
そうしてもうひとりの近衛騎士の乗った馬に先導され、ノートンさんと子供達に見送られながら少し緊張し始めた俺とクラウスを乗せた馬はお城へ向けてゆっくりと歩き出した。
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