迷子の僕の異世界生活

クローナ

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変わる環境とそれぞれの門出

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歩き回った後のお昼ごはんは美味しくてみんな沢山食べた。

お昼寝もいつもどおりで小さい子組が寝ている間に洗濯物を片付けてシーツも掛け直した。

おやつを食べて、また遊んで。最後の1日もいつも通りを繰り返してあっという間に夜になった。

そして───

「おやすみマリー。」

「おやすみレイン。」

最後のおやすみのハグちゅうもいつも通りだった。

どうしようこれでいいのかな?ふたりはこれで良かったのかな。

「どう思う?」

すでにふたりは眠ってしまったしこんな事クラウスに聞いた所で答えなんて出ないのはわかってるけど聞かずにいられなかった。

「何かやり忘れた事があるのか?」

「ううん、でもいつも通り過ぎて。」

「じゃあそれでいいんじゃないか?無理に探さなくても。いつだって手を抜いた事なんてないんだろう?それでいつも通りにしてやれたならきっとふたりも満足してるさ。」

「そう…なのかな。」

クラウスの言葉で不安が消える。心から大切に思う人との別れは初めてで、こう言う時はどうするのが正解がわからないから俺は「いいよ」って誰かにそう言って貰いたかった。

「そうさ、それより大きめのタオルは準備したのか?」

「タオル?何かに使うの?}

「明日の見送りに必要だろう?マデリンを出る時だってあれだけ泣いたんだ沢山用意しないと。」

見送りの必需品かと真面目に聞いてしまったけどクラウスが俺をからかっただけとわかってなんだか悔しい。でも実際に見られているからそう言われても仕方ない。
確かにある意味必需品だけど明日は必要ないはずだ。

「泣かないよ。だってマリーもレインも学校へ行くの凄く楽しみにしてるんだ。だから明日はちゃんと笑って見送るんだ。」

それこそ王都へ向かう俺をビート達が見送ってくれた時のように。

「まあ……頑張れ。」

励ましながら笑う声に信用されてないのがわかる。でも大丈夫。あの時は別れが悲しいものだって知らなくて不意打ちを食らったようなものだ。
だけど明日の事はもうずっと前からわかってたから心の準備はできている。

絶対に寝坊はできないから早めにクラウスにおやすみを言ってベッドに入った。


******


今日もいつもの朝だった。

でも朝食が終わる頃ノートンさんがマリーとレインの出立を告げると小さい子組はしょんぼりしてしまった。

みんなもわかっていたけどやっぱりふたりが『桜の庭』にいなくなってしまうのは淋しい。

エレノア様が用意してくれた迎えの馬車が来るまで少しでも傍にいたくて洗濯物を大急ぎで干した。

俺がそうする間にノートンさんはマリーとレインと一緒に荷物をエントランスに運び、小さい子組はそれについてまわっていた。
合間その様子を見ながら二回目の洗濯物を干し終わりみんなに合流するとマリーとレインは制服に着替えてプレイルームにいた。

「かっこいいねレイン。マリーも可愛い、二人共よく似合ってるよ。」

制服を着て急に大人びてしまったふたりに声をかければ同時にはにかんで笑う顔がいつもと同じで安心する。

本当によく似合っている。レインなんて前髪まで格好良く整えちゃったりしていつもなら庭で鬼ごっこが始まっているけれど流石にそれじゃあ外で遊べないね。

「ねえ髪結んで?」

朝結んでいたはずの綺麗な薄紫の長い髪が振り返るマリーの動きに合わせてサラリとなびく。

「喜んで。」

マリーに強請られきっと今の俺はだらしない顔をしてるに違いなかった。

前髪をあげ、両サイドを編み込んでおさげにして制服に合わせて選んだ紺色のリボンを結ぶと「ありがとう。」と鏡の中でステキに笑ってくれた。

サーシャも今日ばかりは「わたしも」とは言ってこない。代わりにマリーの手をずっと握っていた。

ロイとライもレインの両側に座ってくっついていたけれどディノだけはノートンさんの膝の上に座って絵本を眺めていた。

「ディノ、俺が読んであげようか?」

声をかけると絵本からちらりと顔をあげまたすぐに絵本に視線を落として首を横に振る。
どうもマリーとレインが制服に着替えた辺りからこんな感じらしい。
ふたりがいなくなるのを実感して淋しくなってしまったみたいだ。

俺も淋しいからディノが抱っこさせてくれればお互いに丁度いいのに今日のディノには俺では足りないらしかった。

鬼ごっこの代わりにテーブルに座って他愛もないお喋りをしていると窓辺の小鳥が訪問者を知らせた。

「時間のようだね、ディノ私はマリーとレインの荷物を運ぶからトウヤ君と一緒にいてくれるかい?」

「それなら僕がやりますよ。」

「ふふ、トウヤ君じゃあ少し重いかな。」

ノートンさんがそう言うとディノもトコトコと歩いて俺の所にやって来て手に掴まった。

「抱っこする?」

「どうしたのディノ。」

「腹でも痛いのか?それならトウヤに治癒してもらえよ。」

大人しいディノに聞いてみてもやっぱり首を横に振る。珍しい姿にマリーとレインが声を掛けてもやっぱり黙って首を横に振ると俺の後ろに隠れてしまった。

エントランスには大きめのトランクとリュックが2つずつ準備されていた。少ないように思えるけれどふたりの新しい洋服や小物などの生活用品はもう学校に送られている。昨日まで来ていた服のほとんども次のバザーで教会に持っていくのだ。

玄関の扉を開ければ見える正門の向こうには馬車が待っていてふたりがリュックを持つとノートンさんが軽々と2つのトランクを持ち上げた。

そしてそんな頃にはディノだけじゃなくみんな口数が減っていた。

荷物を馬車に運び込んでしまえばもうお別れの時間。

「マリー、レイン。ふたりには本当に沢山助けてもらったよ。年下の子供達の面倒を見てくれてありがとう。学校に行ったらその時間を余すとこなく自分に使うんだよ。沢山学びなさい。それが君たちの一番の財産になるからね。」

「「はい。」」

ノートンさんに揃って返事をしたふたりの顔は晴れやかでこれか始まる学校生活への期待に満ちていた。その笑顔に俺もつられてしまう。やっぱりこんな日に涙は似合わないね。

「マリー、レイン。少しの間だったけど凄く楽しかったよ。体に気をつけて頑張ってね。」

在り来たりの事しか言えない自分が情けない。

「トウヤが『桜の庭』に来てくれて私も凄く楽しかった。飾りボタンありがとう大事にするわ。」

マリーに最後のハグちゅうをするとレインが少し背伸びして俺にハグちゅうしてくれた。

「怪我を治してもらうだけじゃなくてこうしてもらうの普通に嬉しかったよ。」

昨日笑って逃げたから気にしてたのかな。

「ふふっわかってるよ。」

「サーシャ、ロイ、ライ、ディノ。今までありがとう。大好きよ。」

「俺も。みんな元気でな。」

「さーしゃもまりーとれいんのことだいすきよ。」

「ろいも。」

「らいも。」

順番にハグをしてこれが本当にふたりの最後の挨拶だ。

だけどマリーが伸ばした手をディノがパチンと叩いた。

「──やだ。」

ディノのがずっとだんまりだった口をようやく開いたけれど小さな両手でズボンを握りしめて大きな茶色の瞳からは涙が今にもこぼれそうだった。

「……でぃのずっとおりこうにしてたもん。わがままもいってないもん。なのになんでがっこういっちゃうの?」

「ディノ……。」

もう一度マリーが伸ばした手もまた跳ね除けてしまった。

「やだ、しないもん。どうして?まりーもれいんもでぃののこときらいなの?」

こぼれだした大きな涙の粒がポロポロと頬を伝い落ちる頃には声を上げて泣き出してしまった。

「───なんだよもう調子狂うな。」

本当にこんなにしおらしいディノは珍しい。レインはせっかく格好良く整えた髪をガシガシと掻きむしり上着を脱いでタイも外してしまうとマリーに投げて涙でぐしょぐしょのディノを優しく抱き上げた。

「嫌いなわけ無いだろ。ディノは俺達の大事な弟なんだからさ。」

俺が念の為に持っていたタオルをレインに渡すと片手で器用にディノの顔を少し乱暴に拭けばそれを嫌がってちょっとだけ泣き止んだ。

「ディノ、前から話してたろ?俺とマリーは学校へ行く。それはディノが嫌いでも我儘言うからでもない。そう決まってる事なんだ。」

「じゃあでぃのもいっしょにがっこういく。」

「ディノにはまだ早いよ。それに俺達についてくるってことは反対にサーシャやロイやライやノートンさん、それにトウヤにもセオさんにも会えなくなるぞ、それでもいいのか?」

「……そんなのやだ。」

「だろ?」

難しい選択をさせディノが選んだ答えに満足そうにレインが笑った。

セオ会いたさにディノが脱走した時と同じ事が起きないようにとマリーとレインは子供達に何度も教えていた。だから本当はディノもちゃんとわかってる。それでも寂しい気持ちはどうにもならない。
サーシャ達ももちろんディノの気持ちを痛いほどわかっているけれど同じ思いをレインの言葉でそれぞれが納得するしかない。

レインはふてくされたままのディノを俺に渡すとその頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

「俺達の代わりにノートンさんとトウヤを頼むな。頼りにしてるからさ。」

「私からもお願いね。大好きよディノ。」

マリーはそう言って俺の腕に抱っこされているディノが今度は嫌がらずに受け止めるのを嬉しそうにしながら丸いおでこにキスをした。

ディノがどれだけ駄々を捏ねてもサーシャ達の瞳に涙が浮かんでいても別れの時間は止まってくれない。

「じゃあまたね。」

「行ってきます。」

頼もしい兄と姉はセオの時と同じ様にあっさりとした最後でまたすぐに会えるような余韻を残し笑顔のまま馬車に乗り込んだ。

「いってらっしゃい。」と手を振った子供達はゆっくりと動き出した馬車に合わせて縦格子の内側をついて歩き、やがて敷地の端まで行ってしまうと両手を伸ばして小さな手を大きく振った。

やがて馬車の姿が見えなくなってしまってもしばらくそこを動く事はなかった。




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