迷子の僕の異世界生活

クローナ

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変わる環境とそれぞれの門出

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セオの休日  一石いっせき



自分の目に映るあの人はこれまでずっと孤児という同じ立場で『桜の庭』にやってきた護るべき新しい弟だった。


ディノが脱走した日、目が醒めた騎士団の医務室でオースターさんからお説教を食らった後にキールさんからディノが来ていたと教えられ『桜の庭』へ向かった。

討伐遠征後の10日間の休暇をすべて昇格試験の準備に充てるつもりだったのが自分の失敗で出来なかった。その時間を取り戻すため寸暇を惜しんで手の空いた騎士を見つけては相手をしてもらっていたけれど、まさかディノがそれほど俺に会いたがってくれるなんて思わなかった。

連休の終わりに「行かないで」と言われたけれど『じゃあ代わりに帰っちゃおうかな』と言ったトウヤさんにあっさり乗り換えられたのは記憶に新しい。

休息ついでに様子を見にこれば子供達は相変わらず元気で安心した。

「もうしないって前に約束したよな?トウヤさんにも叱られたろ。」

優しいだけかと思いきやディノやサーシャの過ぎたいたずらを厳しく叱る姿はマリーやレインに聞いてはいたけど実際目にするまでありえないと思っていた。
だけどきちんと反省したその後は蕩ける程に甘やかすのだ。どうせ今日もそうだったに違いない。

俺に会いたがってくれた気持ちが嬉しくてすでに叱られ済みだろう丸いおでこを軽くコツンと小突くといつもなら『いたい!』と文句の一つも言い返すのにおでこをゴシゴシとこすりながらバツの悪い顔をした。

「……とおやないちゃった。でぃのにぎゅうってつかまっていっぱいいっぱいないちゃったんだよ。」

そんな風に教えてくれるディノの方が泣きそうで叱られるよりも随分効果があったらしい。

「だからもうしないからせおもはやくかえってきてね。」

「試験終わったらいっぱい遊んでやるからそれまで我慢してくれよ。」

しゃがんでいてもなお俺を見上げる一番小さい弟のディノの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると迷惑そうに手を振り払われた。

それ程までに泣いていたと聞いたトウヤさんはいつもと何も変わらない笑顔で俺に子供達を預けると「できなかったから」とすぐに掃除を始めていた。

いつも笑顔のあの人がどれ程泣けばディノがあれ程までに反省するんだろうか。

そう思い記憶を辿れば泣きそうな顔も実際に泣いた顔も見たことがあったけれどそれとは違う気がした。

───ははっ、俺の知ってるのは全部クラウスさん絡みだな。

トウヤさんの心を揺らすのはあの人しかいない。

「あれ?」

不意に胸に痛みが走った。

赤騎士の隊長であるオースターさんの剣は重い。服の下は包帯でぐるぐるにまかれているからまともに受けた時に痣になってるかも知れないとあの時はそう思っていた。


******


マリーとレインが学校へ移る直前に会いに来たその夜、以前は月に一度位だったのにこの所休みの度に来ている『桜の庭』への出入り禁止をノートンさんから申し渡されてしまった。
同じ騎士でも黒と赤では役割も責任の重さもまるで違う。俺を心から心配しての事だとわかっているけれどもう必要ないと言われたみたいで少し苛立っていた。

その原因の一つは見送りはいらないと言ったのに俺の後を追いかけてきた。

そしてあの不気味な鐘の音が鳴り響いた日のことに今さら感謝の言葉と貴重な飾り紐をくれた。

「これが貴重な物かどうか今の俺にはわかりません。」

そう言えば俺が受け取りやすいと思っての言葉だろうか。へニャリと笑う顔はディノみたいに愛らしい。
小さく華奢な掌の飾り紐は討伐遠征で貰った物が赤青黒の騎士服の色だった事から考えれば俺の髪の紺色に騎士服の赤。少しばかりの金色はよく分からないけれど明らかに俺の為に作ってくれた物だから治癒魔法が付与されてなくても『欲しい』と思ってしまった。

俺と同じ孤児で護るべき弟だったトウヤさんは凄い治癒魔法の使い手でその上失われた皇子様でそんな人の心配をするのは俺の領分ではない。

俺も割り切らなくては。

「───それに子供達から言われるのって嘘もお世辞もないじゃないですか。」

トウヤさんと離れたくなくて知っていたのに言わなかった子供達の気持ちが嬉しいと声を立てて笑ったその言葉が何故か癪に触った。俺だってトウヤさんに対して嘘もお世辞も口にした事はない。

「知ってますか?俺もトウヤさんが好きです。」

「俺もセオさんのこと好きですよ。」

「───知ってますよ。」

自分も同じ気持ちで言った筈なのにオウム返しされた事に酷く胸が軋んだ。

その『好き』は俺の欲しい『好き』じゃないと。

あれ以来時折感じてきたこの傷みの理由をどうして今気付いてしまったんだろう。

この人はもう俺の手の届かない所にいるのになんで今更。

「本当ですよ」と念を押されて余計に胸が傷んだ。

「俺もハグしていいですか?」

「はいぜひ」とご褒美をもらう子供のような顔でいそいそと近寄る細い体を抱き寄せると嫌がりもせず大人しく腕の中におさまった。

こんな風に腕に閉じ込めたら逃げ出せやしないのに俺に対して危機感なんてこれっぽっちもないなんて本当にいやになる。でもその信頼を裏切る勇気は俺にはない。

あの日片付けられた部屋に鞄に詰め込まれたトウヤさんの私物、そしてクローゼットに残された『与えられた物』
苦し紛れのノートンさんの言い訳に子供達は元からトウヤさんの部屋はこんなものだとすぐに納得した。
『桜の庭』で暮らして随分立つのにその整然と片付けられた部屋には元から誰もいなかったみたいだった。

鞄の中身も必要最低限の衣類しかなく、少ない荷物の底からは丁寧な文字で綴られた長い手紙が出てきた。

そこにはトウヤさんが異世界から転移した事、洗礼を受けていないから結婚式を拒んでいた事、その事でこれ以上周りの人に嘘を付くのが嫌なのだと書かれていた。
そしてもしも戻らない時は神様に見つかってしまっただけだから心配は不要で、もしも子供達を傷つけてしまったら許さないで欲しいと締めくくられていた。

トウヤさんを失うかも知れないと言う不安と焦り。俺だって一睡もできず心配したんだとせめてその気持ちだけは知っていて欲しい。

子供じみた感情だと自分でもわかっている。今さらこの胸の傷みの理由に気付いても何もかも遅い事も。

「俺は俺です、どこにも行きません。ここにいるのが俺の運命だって言ってくれたのはセオさんじゃないですか。俺はあの言葉のお陰で今も図々しく『桜の庭』にいるんですよ。」

俺の名を口にしながら見上げた笑顔はそこに花が咲いたようで一瞬言葉を失った。

「そんな事言われたら諦められないじゃないですか。」

もう少しだけ早く俺がこの気持ちに気付いていたならクラウスさんから奪うことはできなくてもひとりの男として少しは意識して貰う事が出来ただろうか。

だけどやっぱり諦めなくちゃいけない。今こうして俺の腕におさまりながら誰を想ってその笑顔をしているのかを知っているから。

割り込む隙なんて最初からない。俺やノートンさんに甘えてると言いながらトウヤさんが本当に甘えられるのはクラウスさんだけだ。

トウヤさんを好きになるなんて、とカイを哀れに思っていたけれど最初からクラウスさんのものだとわかっていて好きになってしまった俺は大馬鹿者だな。

こんな機会は二度と訪れないだろう。名残惜しくてもう一度だけ強く抱きしめてその腕を解いた。

「さっさと結婚してくださいね。カイの為にも、俺の為にも。」

そうして貰えれば気付いたばかりのこの気持は空に溶けてしまうのだ。どうせ届かないのだからせめてただの兄の立場に居座りたい。

そんな思いがつい口をついて出てしまったけれどこんな曖昧な言葉にこの人は気が付いたりしない。

「はい、でもまだアルフ様からお許しがでなくて。」

ほらね。しかもそんな風に第一皇子様を愛称で呼べる人間なんてこの世に何人いることだろう本当にもう遠い人なんだ。

「───え?」

未だ未婚の理由を照れながら言い訳していた顔が不意に俺を見た。

困惑した顔でぱちくりと瞬きをした大きな瞳が『どういう意味』かと俺に問う。いつも向けられる他人行儀な笑顔と違う素の顔に俺のつぶやきがその心に触れたようで嬉しくなってしまった。

「ははっそうやって少しくらい俺の事意識して下さい。でも長生きしたいんでクラウスさんには今言ったことは内緒にしてくださいね。それでさっさと結婚してください。」

そう言い放って俺は『桜の庭』を後にした。

ずっと抱えていた胸の傷みとモヤモヤの原因がわかってなんだか気持ちは晴れやかだった。
自分から赤騎士だと胸を張れるよりトウヤさん達が結婚式を上げるほうが早いに決まっている。

クラウスさんと幸せになって欲しい。これは紛れもない本心だった。





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