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前夜の出来事
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しおりを挟む「ふふっ。」
不意に現れた互いの顔を遮る手のひらの持ち主を追ってこちらを見たふたりの顔に思わず笑ってしまい慌てて口を塞いだけれどやっぱりおかしくて俺を抱き上げているクラウスの首元に隠れた。
「どうした?」
「ふふ、だ、だってふたりとも…う、うちの子供達みたいでふふふっ。」
クラウスに聞かれて視線を戻せばキョトンとした顔で俺を見るふたりが更に子供達にそっくりだ。笑っちゃいけないとクラウスに隠れていても代わりに肩が震えてしまう。
仲の良い『桜の庭』でも時折言い争いは起きて、どちらが早く手を洗い終えたかとか靴下はどちらから先に履くのかとかディノとサーシャはしょっちゅうしてる。
マリーとレインの言い争いは極めて珍しいけれど見守っていたらヒートアップしてしまいしていオロオロしていたらそれまで傍観していたノートンさんが席を立ち今のクラウスと同じことをした。
俺が初めてこれを見た時は動くものに気を取られて我に返る様子が子猫みたいで可愛かったのと、どちらに味方するわけでもなく収めてしまったノートンさんが凄いと思ったけどまさかフランディール最強の皇子様と肩を並べる近衛騎士隊長が同じだなんて。
「……ゴホン。すまなかったトウヤ。」
「……ふはっ!やっぱりトウヤは面白いな。」
凛とした顔しか見たことなかったユリウス様がクラウスによく似たバツの悪そうな顔でソファーから立ち上がると目を合わせる事なく謝罪したかと思えばアルフ様は笑いだした。
「──さて、お陰で充分癒やされたし出直そうぞユリウス。」
「はい。」
ひとしきり笑ってからアルフ様が立ち上がった。
「迎えに来ていただいたのかと思ってました。」
カードにはそう書いてあったけど大人の夕食には確かにまだ早い。
「いや本当は着替えてから迎えに来るつもりだったんだが早く顔が見たくて会議室から直行した。リシュリューに先を越されたけどな。」
「あ……。」
楽しく笑って直前に受けた忠告をすっかり忘れていた。
「気にするな。この私を子供扱いして笑うトウヤを見たらリシュリューも話し方など取るに足らない事だとわかったと思うぞ。」
今度は首の痛くならない距離から俺の頭を慰めるように軽く叩くアルフ様にニヤニヤと笑われた。
でも「じゃあ後で」とふたりが去って扉が閉まると俺はたまらずクラウスにぎゅうぎゅうと力任せに抱きついた。
俺の髪にクラウスが優しく触れてキスを落とすから手を離してバンザイをすればそっと抱き上げてソファーに一緒に座ってくれた。
自分でもクラウスに甘え過ぎだとは思うけれど今はこの答えをひとりで出すのが難しい。
可笑しくてあんな風に笑ったのは久しぶりだった。お菓子も美味しかったし気が付かないうちに出来上がった部屋の内装とかクローゼットの中とか気になるしそこならきっとノックの音にも邪魔されずクラウスと過ごせるかもしれない。
このままクラウスの腕の中で楽しいことだけ考えていたいけどやっぱりできない。それが俺自身の事じゃないから余計にそう思う。
ひとしきり甘えてからクラウスの膝の上で身体を起こして向かい合わせになった。
「上手く言えないんだけど俺の育った所には王様や貴族なんて身近にいなくてそれがどれ程偉い人なのかよくわからないんだ。リシュリューさんが教えてくれたのは大事な事だってわかってるけど正直どうしたら『ガーデニアの皇子様らしい』のかわからないからそんな状態で言葉使いだけそれらしくって俺には難しい。」
日本では偉い人ほど言葉使いは丁寧で横柄な態度は問題になるくらいだった。でも国王陛下やアルフ様にそう感じる所はない、それはきっと威厳を感じてるからだろう。
でもそんなのは俺のどこにもない。
自分で言うのもなんだけど俺はここでは小さくて痩せっぽちだから膝の上で動いてもクラウスは全然平気だ。髪も瞳も真っ黒で本物の皇子様のアルフ様やエリオット様みたいにキラキラしてなくて目の前のクラウスの方がよっぽど皇子様みたい。
それになにより育った所での俺自身はごくごく平凡と言うよりそれ以下の存在だった。行動を間違えればすぐに施設育ちだから図々しいとか生意気だとか言われた学歴も特技もお金もない俺にとって他人との間に壁を作るのに敬語は便利でその壁が自分を護るための唯一の武器だった。
今でも言葉使いを緩めたら心も緩んで俺が隠してきた内側が知られがっかりされるんじゃないかと思うと例えセオであれクラウスみたいに話すのは怖い。
それが『ガーデニア第一皇子』の正しい対応だとしても中身の伴わない俺では横柄にしか見えないだろう。
「でもそうしないとクラウス達が良くない事を言われるの?」
「さっきアルフレッド様がおっしゃった様にあの方を子供扱いして笑うなんて冬夜以外は両陛下くらいだろうな。」
「え…。」
俺の質問に答えない代わりにクラウスはさっきのアルフ様の言葉っを引っ張り出してニヤっと笑った。
「俺は冬夜がアルフレッド様相手に物怖じせず交渉したのを見てるから充分『らしい』と思ってる。首席補佐官殿はそれを知らないから自分に丁寧に話す冬夜の事が心配になったんだろう。」
「俺が心配?でも───。」
そんな風には聞こえなかった。
「安心しろ国王陛下もアルフレッド様も誰にも軽んじられたりしない事はブランシェ卿もわかってる。冬夜を悩ませた男の肩を持つわけじゃないがどう言えば冬夜により効果的か考えた上で言ったまでだろう。あの年で宰相首席補佐官だからな。」
うつむいた俺の顔をクラウスが両手で掴まえておでこをつける。それは俺の心を覗き込む為ではなくクラウスの言葉に嘘がないことを伝える為だ。
「じゃあ俺は今のままでいいの?」
「もちろんだ。忘れたか?アルフレッド様が言ったこと。俺達の『願い姫』の願いは俺達が叶える。だから冬夜が自分のしたい様にすればいい。雑音はすぐに消してやるその為の護衛騎士だ。それに俺は冬夜の丁寧な話し方も好きだし俺だけに対等な口を聞くのも特別に思える。だから頼まれても簡単に誰かの名前を呼んだりしないでくれ。」
いつもの様にクラウスに『いいよ』って言ってもらって安心したかっただけなのに甘い言葉で囁かれ大好きな空の蒼色の瞳に至近距離から心臓を射抜かれてしまった。
「なにそれ…口説いてるの?」
「やっと気付いたか。」
どうして膝の上に乗ってしまったんだろう。顔も掴まれて逃げられない。逃げるために放った冗談のつもりの言葉は肯定され俺はニヤリと笑ったクラウスに自分からすすんで唇を捧げてしまった。
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