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変わる環境とそれぞれの門出
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しおりを挟む「クラウスさんとこちらで一緒に暮らせることになって良かったですね。俺どちらにもしばらく会えないんだからもう喧嘩しないでくださいよ?それからチビ達の事頼みます。マリーとレインがいない分相手が大変だろうから掃除も程々にしてくださいね。」
優しく笑いながら子供達をよく知るセオからの二度目の助言を今度は素直に受け取った。
「さっきは自分が何のためにここにいるのか忘れて甘えた発言をしてすみません。いつの間にかセオさんが来てくれるのを当たり前にしてました。ディノがセオさんに会いたくて抜け出したりしないよう淋しい思いはさせません、セオさんに安心して任せてもらえるよう頑張ります。」
「だからトウヤさんは頑張らなくても大丈夫です。それにディノはトウヤさんが泣いちゃうからもう脱走しないそうですよ。でもあんまり手を焼くようならみんなで遊びに来て下さい。」
「遊びに行っていいんですか?」
「ええ、学生の見学とかあります。それに『桜の庭』の慰問なら皆大歓迎ですよ。俺がいなくてもきっと誰かが相手してくれるでしょう。」
「他の方じゃ子供達ががっかりします。セオさんが必ずいる日を狙うのでお休み決まったら教えて下さいね。」
セオが『桜の庭』に来るのは駄目でも会う方法があるなんて思わなかった。
8日おきの騎士の休日。クラウスはあまり休ませて貰えなかったみたいだけどセオも赤騎士になったらそうなってしまうのかな。
厳しい訓練に魔獣の討伐。昇格試験の時の傷だらけのセオを思い出せばノートンさんがセオに『来るな』と言うのはやっぱり正しい。
「あの、セオさんこれ受け取ってくれませんか。」
片手で探ったポケットから取り出したミサンガをセオの前に差し出した。けれどその手はやんわりと押し戻されてしまう。
「これ『飾り紐』じゃないですか。駄目ですよこんな貴重なものを俺になんて。」
セオがこう言うのは想定していた。だけどセオの髪と瞳の紺色に新たな騎士服の赤。それからノートンさんの優しい瞳の金色を編み込んだこのミサンガはセオが使ってくれないと意味を持たない。
「これはセオさんの赤騎士への昇格のお祝いと沢山お世話になったお礼に作りました。だからそんな事言わないで貰って下さい。それにこれが『貴重な物』なのかどうか俺にも今はわかりません。」
魔法が付与されているかはノートンさんに見ては貰ったけれど本当に治癒できるかは結局実際にセオが怪我をしない限り確かめるすべはないのだから。
「──トウヤさんがつけてくれますか。」
しばらく考えてようやくセオが右手を差し出してくれた。
「ありがとうございます。これがずっとただの『飾り紐』であるよう俺も頑張ります。」
結んだミサンガを撫でながらセオがはにかむ様に笑ってくれた。
「そう言えば治癒魔法の事、子供達に話したんですね。入れ代わり立ち代わりみんな得意げに教えてくれました。」
「本当はずっと前から知ってたそうです。でも俺に治癒魔法が使えることがわかると『桜の庭』にいられなくなるから内緒にしてたって。ふふふっ。」
あの時のマリーとレインが可愛くて嬉しくてこらえきれず笑みがこぼれてしまう。
「嬉しそうですね。」
「だって俺の事が好きって事ですよ。嬉しいに決まってます。それに子供達から言われるのって嘘もお世辞もないじゃないですか。」
ずっと一緒にいたいという思いが一方通行じゃない。
迷い込んだ異世界で衣食住に困らず諦めた保育士の真似事が出来るんだと思ってクラウスに誘われるまま『桜の庭』に来た頃は誰かにそんな風に思ってもらえる日が来るなんて想像もしなかった。
「俺だって嘘もお世辞もいいません。トウヤさんが『桜の庭』にいてくれることが嬉しいです。知ってますか?俺もトウヤさんが好きです。」
「ありがとうございます。俺もセオさんのこと好きですよ。」
「────知ってますよ。」
嬉しいことを言うセオに俺もだと言えばその単純さに呆れたのか軽くため息を付きながらセオは苦笑いした。
それはどう見たって信じて無くて「俺だって本当ですよ?」と念を押してみたけれど印象は変わらない。
「───トウヤさん、俺もハグしていいですか?」
そんなセオからの突然の申し出に驚いた。今まで一方的に抱きついたことはあってもハグなんてした事なくて少し照れくさいけれど親愛の証を求められればやっぱり嬉しい。
「はい、ぜひ。」
躊躇いがちに伸ばされた腕に歩み寄るとあと一歩の距離を引き寄せられ鼻先がセオの肩に触れる。馴れていないせいか俺の背中を抱き寄せたは腕はハグと言うには力強かった。
「あの日、俺も一晩中トウヤさんがここに戻って来ることを願ってました。早く教会に行けなんて言わなければよかったって、クラウスさんとの結婚なんかやめてずっと『桜の庭』にいて欲しいって。」
「セオさん?」
「トウヤさんの顔を見るまで心配で不安でした。だけど子供達を前に俺まで狼狽えるわけにはいけなかったんです。……なのに馬車に乗って戻ってきて挙げ句に皇子様だなんて反則ですよ。俺に理解できたのはトウヤさんがもっと遠い存在になってしまった事だけです。」
耳元で聞こえるセオの声が少し淋しそうに感じてその心を慰めたくてセオの腰に回した両手に俺も少しだけ力を込めた。
「俺は俺です、どこにも行きません。ここにいるのが俺の運命だって言ってくれたのはセオさんじゃないですか。俺はあの言葉のお陰で今も図々しく『桜の庭』にいるんですよ。」
変わらない態度に『遠い存在』と思われていたなんて気付きもしなかった。もちろんあの日そんな風に心配してくれていた事も。
セオには俺の苦しい時に沢山助けてもらった。あの言葉が無かったら俺はここから逃げ出していたかも知れない。
セオがいなかったらクラウスとだって拗れたままで、そうしたら教会へ行くことも俺が皇子だと知ることも無かった。
ずっとひとりぼっちだと思っていた俺にそうじゃないってクラウスから教えられた。今までの事が一つでも欠けたら今の俺はここにいない。だからセオのくれた言葉も今の俺の一部になっていた。
「───そんな風に言われたら勝ち目がないってわかっていても諦められないじゃないですか。」
諦める?何を?セオの肩口から顔を上げると苦笑いをしたセオにもう一度強く抱きしめられそして長いハグをしていた腕を解かれた。
「ノートンさんに早く帰れと言われたのに長く話しすぎましたね。飾り紐ありがとうございます大事にします。それとできるだけ早くクラウスさんと結婚して下さい。カイの為にもそれから……俺の為にも。」
「はい、でもまだアルフ様からお許しが出なくて───え?」
セオの言葉は以前似たようなことを誰かに言われた覚えがあって返事をしながら思い出そうとしていた。けれどそれは失敗だったのかも知れない。
困惑した俺を気にもせずセオが嬉しそうに笑った。
「ははっそうやって少しくらい俺の事意識して下さい。でも長生きしたいんでクラウスさんには今言ったことは内緒にしてくださいね。それでさっさと結婚してください。」
そう言っていつものお日様みたいに笑って俺を混乱させたままセオは帰って行ってしまった。
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