241 / 333
変わる環境とそれぞれの門出
241
しおりを挟む小さい子組がお昼寝に入ると俺は珍しくプレイルームにとどまることになった。
マリーとレインの荷造りをセオとノートンさんに任せてしまったから今ここには小さい子組と俺だけだ。
もちろんノートンさんは慣れてるしセオなら学校で必要なものが判る。
俺はと言えば学校の準備もわからなければ『桜の庭』を旅立つ準備なんて手伝ったらきっと泣くのを我慢できなくて邪魔にしかならない気がする。
もうすぐ今みたいにここにマリーとレインがいないのが日常になる。
別れは養護施設で繰り返したはずなのにそれとはまるで違う自分の気持に戸惑ってしまう。
小さい子組と一緒にお昼寝でもしてしまおうかと思ったけれど胸のあたりがざわざわと落ち着かなくて子供達を起こしてしまいそうでいつもマリーとレインが勉強をするテーブルについた。
ノートンさんが俺の退屈しのぎにと置いていってくれた本は大人向けの初級魔法の入門書とフランディールの建国史、それに『刻の魔法士』について書かれた物だった。
お父さんの事を知りたくてタイトルすらまともに読めない本を一番初めに手に取ったけれど専門用語が多すぎて早々に断念した。
次に開いた大人向けに書かれた初級魔法書も入門書なんて言いながら小難しい論文みたいでノートンさんに教えてもらってもわからないのに読めない文字を解読しながらじゃあ余計に無理だとすぐに閉じた。
最後に残った建国史は絵本で何度も読んだから内容がある程度判るせいか読めない言葉もなんとなく理解できた。
冒頭、常春のガーデニアが一夜にして滅亡してからフランディールの大国への歴史が始まる。子供向けの絵本よりもその惨状が多く描かれていた。魔獣を見たことのない俺には想像することも出来ないけれどこの場所から自分だけ平和な世界に逃れてしまった事がこの世界と俺に起きた事実なんだ。
一通り読み終わって本から顔を上げると目に入るのはこの部屋からが一番良く見える『始まりの桜』
先々代の王妃様が植えてくれたお母さんの一番好きだった花。一年に1度しか咲かない花を咲かせ続けたお父さん。
だから俺は桜の下にいたのかな。
名前の由来を聞かされて酷く嫌いになってしまったけれど本当はずっと大好きだった。今では桜こそが両親と俺を繋いでくれているような気がしている。
それにクラウスとの大切な思い出にも欠かせない。
近づく春に枝も色づき始めたけれど蕾が付くのはもう少し先だ。
ぼんやりと桜を眺めていたらマリーたちが戻って来て気づけばもうお昼寝が終わる時間になっていた。荷造りって結構大変だ。
いつもなら洗濯を取り込み終わってるところだけど今日は子供達の遊び相手は必要ないから問題ない。
そう思ったのにおやつが終わって外に洗濯物を取り込みに行くとそこにはハンカチ一枚残ってなかった。リネン室もきれいに片付いていて小さい子組の部屋を覗いたら棚の上に畳まれた洗濯物が乗っていてシーツも全て整えられていた。
「セオさん。」
庭に出てタイミングを測って俺を驚かせた犯人に声をかけた。
「洗濯物有難うございました。それにシーツまで。」
「礼ならマリーとレインに言って下さい。俺はふたりのやりたい事を手伝っただけですよ。」
セオの返事に庭を探せばこちらを見てニヤニヤ笑うふたりの姿があった。
「マリー、レイン。ありがとう。」
「いいよお礼なんて。」
「時間余ったからやっただけだし。」
それぞれがノートンさん譲りの言葉で俺の感謝を受け流されてしまった。
その後の俺は出来た時間で明日の分の掃除を済ませ子供達はセオにたっぷり遊んでもらいベットに入れば眠ってしまうのもあっという間だった。
ノートンさんに呼ばれていたためお茶を入れに台所へ行くとマリーとレインがセオとまだ話しをしていた。
「もう寝ちゃった?やっぱりセオさんがいると駄目じゃん。」
「逆だろ?」
「だってトウヤが来るまでって約束だもん。」
「ごめん……。」
俺の顔を見た途端残念そうなふたりに降りてくるのが早すぎてしまった事がわかった。
「こら2人共、トウヤさんを謝らせるな。」
「はーい。じゃあまたね、セオさん。」
「じゃあねセオさん。トウヤもおやすみなさい。」
セオに軽く小突かれてマリーとレインは手を振りながら部屋に戻って行った。
まるで次のセオの休みにまた会えるかのようなあっさりしたお別れだったけどこれが最後だってちゃんとわかってるんだよね。
「お茶の準備も出来てるんで行きましょうか。」
「すいません、結局してもらってばかりで。」
心配して見送ったふたりの後ろ姿はいつもと変わりなく、声を掛けられセオの準備してくれたカートを押そうとしたらそれもさっと奪われてしまった。
「今日は1日遊んでばっかだったんでこのくらいさせて下さい。」
「ありがとうございます。」
セオからカートを取り返すのは難しい。素直に預ければにこっと笑って歩き出した。
「お礼なら俺が言いたいです。トウヤさんのお陰でマリーもレインも随分と子供らしくなりました。ふたりをたくさん甘やかしてくれてありがとうございました。」
「そんな、甘やかしてもらったのは俺の方ですよ。」
「いいえ、今『桜の庭』で家族の記憶があるのはマリーぐらいです。そのマリーがトウヤさんを『お母さんみたいだ』って言ってました。俺もトウヤさんを見てると亡き母を思い出せる気がします。」
「お父さんじゃないんですか?」
「まあそれはノートンさんがいるんで諦めて下さい。」
ノートンさんを引き合いに出されたら下がるしかない。ちょっとだけ納得出来ないけど信頼されているからそう言ってもらえたんだと思えば嬉しくなった。
165
お気に入りに追加
6,529
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった
藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。
毎週水曜に更新予定です。
宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる