迷子の僕の異世界生活

クローナ

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変わる環境とそれぞれの門出

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「あ、ねえそう言えばチビちゃん達は平気だった?」

お会計をするとき思い出した様にリリーさんが切り出した。

「何がですか?」

「あれよ、この間の教会の鐘。でもその様子なら平気なのね。すごい音だったじゃない?あたしもう何事かと思って広場まで見に行ったんだけどすごい人だったわぁ。」

「……そうだったんですか。」

あの人混みの中にリリーさんもいたんだ。
あの時ルシウスさんがサミュエラル司祭様以外の姿を隠してしまったから誰にも知られず馬車に乗り込んだ。

そして未だにその原因の発表はされていない。

「皇子様が駆けつけるなんてよっぽどの事だと思うの。『慶事』だって仰ったけど本当かしら。結局まだ何もないじゃない?いいお話もあるけどそうじゃないかもって話もあるからだんだん不安になっちゃって。」

リリーさんが教会のある方へ視線を向けため息混じりにそう言った。

確かにあの低く鳴り響いた鐘の音には当事者の俺が誰よりも震え上がった。神様に拒否されたんだと勘違いしたくらいだ。

新聞の紙面にはアルフ様が仰った『慶事』がどんなものであるのかといろんな憶測が飛んでいた。
最有力は皇子様方のご結婚。だけどなかなか公式発表が行われない為にごく一部の中から厄災や疫病の予言じゃないかと疑う声もあるという事も書かれていた。

それを知った俺にノートンさんは『勝手な論争でトウヤ君が責任を感じる必要はない』と言ってくれたけれどこうして目の前に不安に思っている人が現れてしまうとその原因としてはやっぱり申し訳ないと思う。
でも下を向いてしまいそうな俺の肩をクラウスが抱き寄せた。

「本当ですよ。」

「あら、いい男さんなにか知ってるの?」

「はい、なので安心してもう少しお待ち下さい。」

そう言って柔らかい笑顔を俺にも向けてくれた。

「そう、わかった、あんたの言うこと信じるわ。うふふっあたしイケメンの言葉は無条件で信じることにしてるの。」

リリーさんはバチンと音の聞こえそうなウインクと投げキッスをクラウスに送りすっかり上機嫌になった。


「用事はこれだけか?」

「うん、ありがとうクラウス。」

「いや。……ちょっといいか?」

そう言うとクラウスは俺をひょいと抱き上げてお店のすぐ横の狭い路地に入った。

『仕事中は自分から触れない』ってクラウスが言ったのに俺がしょんぼりしてるから慰めようしてくれてるのかな?
それなら誰からも見られない様にマントを被せて抱きしめてくれたら甘えてしまえるのに。

だけどすぐさま腕から降ろされ、クラウスと壁に挟まれてしまった。

「あの……クラウス?」

慰めてくれるのかと思ったのは勘違いだったのかな。クラウスのきれいな眉間に何故か不機嫌そうなシワが入ってる。

「違ういい男って誰だ?」

「───は?」

「店主が言ってただろう『また違う男連れて』って。」

この状況で突然そんな事を言われても身に覚えがなくて困ってしまう。

「そんなのリリーさんの勘違いだよ。だってこのお店に来るの俺二度目だよ?」

「本当に?」

「そうだよ前はひとりで来たんだ。ほら、前にギルドからクラウスが送ってくれたでしょう?その時に来た所だよ覚えてな……い……?」

そう、初めて訪れた日は討伐遠征の前にミサンガを作ろうと思いついてお金を下ろすために出掛けた先のギルドでラテ屋のお姉さんに遭遇し『お守り』に護られた俺を心配してクラウスが来てくれた。
俺はクラウスを傷つけたはずなのに何事も無かったように抱き上げてお店まで歩きながら俺の心でぐちゃぐちゃに絡まった糸を丁寧に一つずつ解くようにして俺を許してくれた。

この場所は泣くのを止められない俺の顔中にクラウスがキスしてくれた場所。

まぶたに頬にそして唇の横に。

思い出したせいで一気に顔が熱くなる。

「も、もう行こう。子供達がお昼寝から起きちゃう。」

俺の態度にクラウスの顔から不機嫌な表情が一瞬で消えるのがわかった。

本当はもう少し大丈夫。

だけど随分前の事なのにあの日クラウスに『もう少し待って欲しい』と言いながら唇にキスをして欲しいと思ったことを鮮明に思い出してしまった俺は今きっと昨日の夜と同じ顔をしている。

ゆっくりと歩きたかったのにこの場からできるだけ早く遠くへ離れてしまいたい。唇のすぐ横をゴシゴシこすりながら速歩きをしている俺の横にクラウスが余裕で並んだ。

「気になるだろうけれどフランディールの国民を安心させる事は国王陛下にしか出来ないのだから全部お任せしておけばいい。冬夜の仕事は『桜の庭』の子供達を安心させる事だ。」

「───うん。ありがとうクラウス。」

クラウスの所為で完全に忘れてた所にそんな風に言われたからなのかクラウスの言葉が素直に入ってきた。

「ねぇクラウス、本当はまだ時間あるんだ。だから少し休憩しない?美味しい珈琲おごるからさ。」

「ああ、喜んで。」

本当は最初からそのつもりだったから広場の屋台もチェック済み。俺の好きなココアラテを出すお姉さんの屋台も来ていたから味の保証が出来る。
だけどお姉さんはカウンターに突っ伏していた。もしかしてお昼寝中かな?

「あの、こんにちわ。」

「天使ちゃんじゃないか!来てくれたんだね。いやぁよかったぁ!さっき通り過ぎちゃっただろう?今日は来てくれないのかと思ってがっかりしてたんだよ!」

遠慮がちに声を掛けるとガバリと起き上がってカウンターから身を乗り出すようにして歓迎してもらった。結構離れた所を歩いてたけど行きがけに気付いてくれてたなんてこのお姉さんは視力がものすごくいいのかも知れない。

「買い物があったので先に済ませて来たんです。珈琲とココアラテをお願いします。」

「待っててね、すぐつくるから。」

ウキウキしながら作り始めるお姉さんを眺めていると「仲いいのか?」とクラウスが不思議そうに聞いてくる。

「顔見知りだから見れば挨拶くらいするよ。」

確かに以前驚かされはしたけれど別に嫌な事をされたわけじゃないしお姉さんのつくるココアラテはやっぱり美味しい。

「はいどうぞ。……ところで天使ちゃんはそのイケメンとどういう関係?」

珈琲とたっぷりクリームの乗ったココアラテを渡しながらカウンター越しに身を屈めて後ろのクラウスに聞こえないように小さな声でお姉さんが俺に耳打ちしてきた。

「え?どうしてですか?」

「だってそいつこの前違う子とうちの店に珈琲とココアラテ買いに来たんだ。ほら、あの日だよ教会の鐘が変だった日。」

それは間違いなくクラウスで一緒にいたのはマントを着せられた俺だ。

「よく覚えてるんですね。」

「そりゃあ当たり前だよ。商売人だから一度見た顔は忘れないさ。ギルドの時も天使ちゃんを迎えにきてただろ?いやぁあの時カップルにめちゃめちゃ売れて『恋人ラテ』って名前を変えようかと思ったくらいだったから…‥。でも私の大事な天使ちゃんをほっといて浮気するようなやつだったらとっちめてやろうと思って。」

そう言って小声なのは最初だけだったお姉さんはすっかりクラウスを睨みつけていた。

「ふふふっわからなかったかも知れませんが一緒にいたの俺ですよ浮気はされてないので大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。」

こんな所にも俺を気にかけてくれる人がいて嬉しくなってしまった。しかも『浮気してたらとっちめてくれる』らしい。クラウスに単なる顔見知りだと言ってしまった事が悔やまれる。

「それならいいけどさ。でも正直私はこっちのイケメンよりこの前のイケメンの方が好みだなぁ。」

「へ?」

再び覚えの無い事を言われた俺の手の中のカップをクラウスが後ろから抜き取った。

スタスタと歩く後ろを追いかけベンチまで歩くと先に俺を座らせクラウスがラテを渡してくれた。
俺が背中をつけて座るとどうしても脚が浮いてしまうこのベンチに背中を預けたクラウスは長い脚を持て余して膝を組んだ。

「───あ!」

「思い出したか?」

「うん、クラウスもよく知ってる人だよ。」

ラテのお姉さんとリリーさんが知ってる人なら間違いなくルシウスさんだと言えばクラウスが舌打ちをした。

「俺が浮気したかと思った?」

「思わない。でも俺以外の奴といるのは嫉妬する。」

「ふふっクラウスでも嫉妬とかするんだ。」

そんなの嬉しいだけだ。だけどクラウスと違って俺の恋愛対象はクラウスだけだからそんなの必要ないんだけどな。

「してるさ毎日。子供達にも院長にもセオにも。」

俺は冗談のつもりだったのにきれいな空の蒼色の瞳にじっと見つめられ鼓動がトクンと音を立てた。
ほんの少し傍にいるだけでこんなに何度も胸の鼓動が騒がしいのだから一日中隣りにいるのはやっぱり心臓が持ちそうにない。

なのに離れている間に誰かに取られてしまわないか心配で仕方ないだなんて相変わらず俺は自分勝手だ。

「教会、目の前にあるのになぁ。」

「だな。」

思わずこぼれ出た本音にクラウスが短く同意する。
今すぐ教会に駆け込んでクラウスを俺だけのモノにしてしまたい気持ちをため息にして吐き出すと『桜の庭』へ戻り俺たちの短いデートは終わった。



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