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変わる環境とそれぞれの門出
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しおりを挟むジェシカさんとハンナさんが『ぴったり』だと言って教えてくれたのは身体の成長と共にサイズの変わる制服と違い卒業まで変わらず身につけるリボンやタイの裏側に飾りボタンを縫い付ける事だった。
勉強を頑張るように、健康に過ごすようにと子供達の健やかな成長に願いを込め母親が縫い付ける。そしてそれが目印になってどこかに忘れても割と手元に戻ってくるのだそうだ。
ノートンさんは知らないと言っていたし『今もそうなのかはわからない』とハンナさんは言ったけれどそういう伝統は続いている様に思える。なにより失くさないようにと名前を書くより素敵だ。
子供達がお昼寝に入った後、部屋に戻りエプロンを外しカーディガンを羽織る。近頃の日中は子供達と遊んでいるとシャツの袖をまくる程暖かいから出かけるには充分な服装でそのまま鞄を肩にかけ外に出ると向かった裏門の縦格子に背中預けて立つ私服のクラウスが待っていた。
「お待たせ。」
「いや、俺も今来た所だ。」
騎士の時はきっちり結んでいる髪を今は無造作に首の後ろで結んでシャツの上にラフな感じのベージュのジャケットを一枚羽織っているだけなのにやっぱり格好良い。実は最近の俺も仕事中は伸ばしている髪が少し邪魔になってきて結んでいるのだけど尻尾みたいなんだよな。
「それで行き先は手芸屋だけでいいのか?」
「うん、お願いします。」
飾りボタンならどこの手芸屋でも大抵安価で手に入ると教えてもらった。それならギルドまで行かなくてもいくらか手持ちがある。
だったらいつに行こうかとノートンさんに相談したら「せっかくだからジェシカさん達がいてくれるうちに行ってきなさい」と言ってくれた。
それでご飯の支度の途中で通信石で初めて自分から連絡を取ったんだけど急な呼び出しに『騎士服NG』の注文までつけたのにこうして時間通りに来てくれた。
「ごめんね、お仕事大丈夫だった?」
「勘違いしてるだろうけどこれが本来の俺の仕事だ。」
並んで歩きながら急な呼び出しを謝るとそう返事をしたクラウスの顔が少しだけ拗ねたように見える。
「……そっか。」
そう言えば『お払い箱にされている』と聞かされたばかりでした。
じゃあ仕事中のクラウスさんはいきなり俺を抱っこして歩き出したりしないよね。
恋人扱いはもちろん嬉しいのだけどこれから通る教会前の広場には結構人がいるからこんな明るい中そんな風にされたら恥ずかしい。それにこうして隣を並んで歩くのもなんだかデートみたいで楽しい。
俺の歩幅に合わせるから相変わらず長い脚の無駄遣いだなとか、色んな人がクラウスに見惚れているのを密かに自慢していればそれ程遠くない目的地にたどり着いてしまった。
可愛らしい扉を開けてお店の中に入ると前と変わらず色とりどりの布が所狭しと並んでいて見知ったお姉さん?が気づいて笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃ……あら、トウヤちゃんじゃない。どうしたの?また違ういい男連れて羨ましいわ。」
「こんにちはリリーさん。制服のタイの飾りボタンが欲しくて伺ったんですけどありますか?」
「あら、じゃあ上の子達もう学校に上がるのね?」
「はい。」
今日は春らしい若草色の手編みのニットのワンピースを着こなすリリーさんは前にミサンガの作り方を教えて以来時々お菓子を持って『桜の庭』に遊びに来てくれる様になっていた。
「飾りボタンならここよ、この時期良く売れるからたっくさん仕入れておいたの。制服のタイに付けるのなら大きさはこっちの方かしら。」
「わぁっすごいですね。宝石箱みたいだ。」
「ふふふ、そう?じゃあゆっくり選んでね。」
リリーさんが棚から持ち出したお盆ぐらいの大きさの薄い木箱を開けると中には金色や銀色の台座に色とりどりの石がついた小さな飾りボタンが重なりながら沢山入っていた。
「案外小さいんですね。」
「タイの内側に忍ばせるものだからあんまり大きいとねぇ。でも中には大きな物を求める人もいるわよこんなのとか。」
リリーさんがもう一つ開けて見せてくれた箱の中に入っていたのはボタンと言うよりブローチに近かった。
「可愛いけれど重そうですね。」
「でしょう?大きさで愛情が変わるって勘違いしてるのかもね。」
石をはめる台座に生き物を模したものが多くステキだけれど忍ぶつもりはなさそうな大きさでリリーさんの言う通り今回は対象外だ。
「これは全部魔法石か?」
「あら、お兄さん案外目が利くのね。そうよ最近はガラス玉で出来たものの方が発色も良くてイイなんて人もいるけれどうちのは全部魔法石を使ってあるものなのよ。やっぱり伝統は正しく繋いでいかないとでしょう?」
改めて小さな飾りボタンの入った箱の中を覗いていると後ろからひょいと一つ手に取って灯りにかざしたクラウスにリリーさんが得意げな顔をして答えていた。
「えっ!魔法石ならお高いですよね?クラウス、お金足りなかったら借りてもいい?」
「ああ、持ち合わせはある。」
クラウスからそれとは知らずにもらってしまったけれど今は魔法石がとても高価だと知っている。
「あら心配しなくても大丈夫よ魔法石と言っても割れてしまったり加工して出来た欠片だったり小さすぎて魔法の書き込めない物を使ってあるの。だから『元魔法石』と言ったほうが正しいかしら値段はガラス玉のよりほんのちょっぴり高いだけよ。」
「良かった。───ところで石の色になにか意味はあるんですか?」
安心してまた箱を覗いたけれどこれだけいろんな色があるとどれにしようか迷ってしまう。
「そうねぇ色に意味は特に無いかしら。でもその子の髪や瞳の色もしくは好きな色を選ぶ事が多いかしらね。」
「クラウスのタイにも飾りボタンついてた?何色?やっぱり蒼色?どんなのがついてた?」
相変わらず俺の後ろに張り付いている私服の騎士様からヒントをもらおうと訪ねてみた。
「……何年前だと思ってるんだ、あったかどうかも覚えてない。」
「あらぁ伝統ですものあったに決まってるわ。こんな小さな飾りボタンだけど母親からの愛情がたっぷり込められているのよ。まぁでもいちいち話して聞かせる事でも無いでしょうし誰のものにも大概ついてるでしょうから装飾の一部だと思ったのかしらね。」
ボソリと答えたクラウスにリリーさんがそう言いながらバチンとウインクをした。
確かにみんなに当たり前についているのならそれが特別なものだなんて言われなければ気が付かないのかも知れない。そしてお母さんにとってもそれが当たり前で『特別』では無いのかもしれない。
どの子のタイやリボンにも当たり前の様についているのならマリーとレインにもついていなくちゃ。だって子供達への愛情なら俺だってたっぷりあるのだから。
「じゃあこれにします。」
大きな物を選びたくなる気持ちも理解できる。でも手に取ったのはやっぱり銀色の台座の優しい紫と金色の台座の深緑の小さな飾りボタン。『元魔法石』と称するには不釣り合いな程美しく輝くマリーとレインの髪色だ。
「まあこんなきれいな色が入ってるなんて珍しい、今回のは当たりだったわね。必要な物はこれだけ?」
「あ、じゃあ糸も欲しいです。」
飾りボタンはラテと同じくらいの値段だった。思ったより安かったのでせっかく来たのだから服のボタンと入れ替えできそうな大きさの物をいくつか選んで買うことにした。
それに刺繍糸も買い足した。
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