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変わる環境とそれぞれの門出
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しおりを挟むそうだよね。知ってたら昨日の夜なり今朝なり通信石で知らせてくれた筈だ。
「私がこちらへ伺う事を知ったのは今朝首席補佐官殿が訪ねて来られた時ですからね。指示は着替えている最中扉越しにされましたよ。しかしせっかちにも程がありますよね。ご結婚はまだまだ先でしょうに。」
「え!まだ先なんですか?」
「だって一緒に住まわれるのは結婚されてからなのですよね?それでしたらこちらを改装しなくても先に本邸の建築が終わるでしょう。」
「あの、トマスさんは僕がいつ結婚できるか聞いているんですか?」
「いえ?でもいくらトウヤ様が異国の方で国賓であっても成人前に結婚は為さりませんよね?」
びっくりした。
そんな先までクラウスと結婚できないのかと思った。焦って思わず身を乗り出してっしまったけれどトマスさんが俺の年齢まで聞いてはいないだけらしい。
「失礼ですがトマスさんはトウヤ君の事をなんとお聞きになってるんですか?」
「首席補佐官殿からは私が改装した部屋の主様だと伺ってます。なんでも高位の治癒士様だとか。異国の方でフランディールにご滞在いただくためのお部屋だと聞いてあのお部屋の改装を請け負う大変な名誉を頂きました。なのに今回の仕事で普段は『桜の庭』にいらっしゃると伺ったので私はまだお小さいからこちらで保護されているのだと……すみませんなにか間違っていましたか?」
「いえ、それならいいんです。」
ノートンさんへの答えに俺たちの結婚がずっと先だと決まってしまった訳じゃなかったと言う確信を得てホッとした。
正直本当は良くはない『お小さい』って今までで一番幼い表現だ。だけどトマスさんはクラウスより背は低いけれど肩幅が凄く広くて胸板も分厚いから今着ているスーツも窮屈そうだ。そんな人からしたら俺なんて子供にしか見えないんだろう。
結婚が遠のいてしまったのでないならそんな事はもうどうだっていい。
それより、もしかして改装が終わったら『結婚してもいいよ』ってアルフ様に言ってもらえるんじゃないだろうか。
「だったらやっぱり『早急に』やって頂かないと困るね。」
期待混じりに背後の騎士様に目をやった俺を見てノートンさんがにこにこしながらトマスさんにそう伝えると的を得ないようで「彼は19歳で成人してますよ。」と付け加えればひたすら謝られてしまった。
「すいません、うちの末の息子と同じくらいだったもので……。」
じゃあその子はいくつかだなんて絶対聞かないから。
「お詫びと言ってはなんですがご要望があれば何なりと仰って下さい。」
「要望だなんてそもそも僕には立派過ぎて……。」
口ではそう言いながらもなんとなく図面を目で追った。
「この応接室……キッチンに変えられますか?」
「はい?」
「なんて言ったらいいのかな?そんなに大きくなくていいんですコンロ2つと洗い場ぐらいであと調理台があれば有り難いけどそれはテーブルさえあればなんとでも出来るし。」
2人で過ごす為の家を買う話してくれた時から何度か想像したクラウスとの生活。
俺の想像できる家なんて半年住んだけのワンルームのアパートだけれど小さな部屋の中で仕事から帰ってきたクラウスと俺の手料理で一緒にテーブルを囲むのを想像した。
寝るところもお風呂もトイレもあるんだから後はキッチンさえあれば他の改装なんてのも必要ないように思える。
「あ、できれば浴室の端っこにでも洗濯場があると助かります!」
「コンロに……洗濯場ですか?」
図面から顔を上げると困惑した顔のトマスさんがいた。ここでの暮らしを想像してつい欲張ってしまったけれどマデリンで領主様が用意してくれた宿よりもずっと豪華な部屋にそんなのはやっぱり駄目かな。
「トウヤ君、応接室は多分必要じゃないかな?トマスさん変更でなく追加にして下さい。その方がいいだろうクラウス君。」
「そうですね、急な来客もあるでしょう。」
ノートンさんがクラウスに声を掛けると俺の後ろから長い腕が伸びてきた。
「あと浴室ですが浴槽は広くて浅いものにして下さい。」
「へ!?あ、浴槽を広くて浅い物にですか?」
「はい、浴槽が深いと入浴中に眠った時溺れてしまうので。」
さっきまで騎士様だったクラウスが急に話しに参加するからトマスさんが驚いている。しかも変更の理由は俺のたった1度のうっかりだ。
でも実はお城のお風呂は例外なく大きくて猫脚のバスタブは出入りに苦労したからその提案は願ってもない事だ。だけどそのうっかりを暴露された事は恥ずかしくて睨みつけてみたけれどクラウスは素知らぬ顔をしている。
「ひとりで入るのならより安全な方がいい。」
俺に向けて口元だけニヤリと笑いそう付け加えると背後に一歩引いて再び騎士様に戻った。
トマスさんは俺の我儘をメモに取ると『期待に添えるよう尽力致します』と言い帰って行った。
「ノートンさん。僕がここにいたいと我儘を言っているせいで別館を改装する事になってしまってすみません。」
トマスさんにちゃっかり追加注文したくせにって思われるだろうけどこの気持も本当だ。
「そんな事は無いよ。別館は預かる子供が減ってもう随分使っていなかったんだし『桜の庭』は『失われた皇子様』の為に建てられたのだからトウヤ君の為に使われる事こそ本来の姿だ。それにねこうなったこと私は凄く嬉しいんだよ。」
トマスさんがいなくなってもそのまま隣にちゃっかり居座ったままの俺の頭をノートンさんの温かい手が撫でてくれた。
「嬉しい……ですか?」
「そうだよ。トウヤ君が子供達とこの仕事が好きで『桜の庭』を選んでくれて感謝している。でもいつも子供達を理由にクラウス君とゆっくり会わせてあげられなくてずっと申し訳ないと思っているんだよ。だからねクラウス君、キミにしたら不本意かも知れないが改装が終わったらなるべく早くトウヤ君とここで一緒に暮らしてくれないだろうか。」
そう問いかけられたクラウスが返事をする前にノートンさんが再び口を開いた。
「キミに『桜の庭』で働けと言っている訳では無いから勘違いはしないでくれ。トウヤ君の為にキミには近衛騎士でいてもらわないと困る。ただ私はトウヤ君に淋しい思いをさせたくないんだ。『桜の庭』がトウヤ君の足枷になっては困る。クラウス君がここで暮らしてくれたら2人の時間が犠牲にならなくて済むし私も安心できる。」
「ノートンさん犠牲だなんて違います。それに僕は子供達のおかげで淋しくなんてありません。」
「ふふっわかってるよ。でもクラウス君にはほんの少しの時間だって会いたいだろう?」
そう言って俺がテーブルの隅に置いた通信石とソファーの端に畳んで置いた上着を指差して口元を緩めた。
「不本意だなんてことありません。ありがとうございます。」
クラウスがそう言ってノートンさんに頭を下げるとノートンさんは「こちらこそ」と言いもう一度俺の頭を撫でながら金色の優しい瞳を細め微笑んだ。
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