迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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意識がゆっくり覚醒するのに比例するようにトクントクンと優しくて心地の良い音がはっきりと聞こえてきた。

こんな気分のいい朝はこの幸せにもう少し浸っていたいけれど今日の俺はすぐにでも目を開けて確かめなくちゃいけないことが沢山ある。

向こう側が明るくなったまぶたをこじ開けるとより眩い金色の光が飛び込んできた。

「おはようクラウス。」

1番に確かめたかった空の蒼色もそこにあった。沢山愛されたあくる日に愛しい人の腕の中で目覚める朝はなによりの贅沢だ。その証拠だと言わんばかりに声がガサガサしてる。

おでこやまぶた、ほほを巡るおはようのキスが今朝はやけに吸い付くようにしてちゅっ、ちゅっ、と音をさせようやく辿り着いた唇で俺もちゅ~っと真似をして受け止めた。

「おはよう冬夜。」

その後におまけみたいにまたちゅっ、と唇を奪われた。挨拶よりキスが先だなんて。

願いどおりの朝を確認したらやっぱりもう少し満喫しようとクラウスの胸に顔を埋めると鍛え上げられた素肌に触れた。

わ、クラウス裸だ。

髪にキスを落とし抱きしめる腕が優しく背中に触れる。

この感触はもしかして俺も?

いつもはクラウスはシャツを着て最近の俺は蓑虫みたいにされてしまう。初めての朝もクラウスのシャツを着せられていたからこんな事は初めてで照れくさいけどなんだか新婚さんぽい。

「ふふっ。」

「どうした?」

「ううん、幸せだなぁって。」

「ああ、幸せだな。」

お互いにだらしない顔で笑った。まあそれでもクラウスはイケメンだけどね。

「躰は平気か?」

「───うん。」

突然の質問に答えが詰まる。考えないようにしてたのに聞かないで欲しい昨夜の自分の痴態に更に顔が熱くなる。

「その……呆れてない?俺あんなに……。」

「まさか、信じられないなら今からでも証拠を見せようか?」

余裕たっぷりの笑顔で俺を見つめてそんな事言うなんて経験値の違いを見せつけられた気分だ。

「……クラウスのばか。」

「そう呼ばれるのも久しぶりだな。」

ばかって言ったのに嬉しそうに笑うと俺を器用に掛布にくるみお姫様抱っこでサニタリーまで運んでくれた。

「ちょっと待って!」

俺を抱いたまま浴室の扉を開けたクラウスを慌てて静止した。

「まさか一緒に入るの?」

「嫌なのか?ウォールでは誘ってくれたのに。」

嫌じゃない、嫌じゃないけれど恥ずかしい。えっちしといてなんだと言われるかも知れないけどそれとこれとは別だ。

「冗談だ。俺は寝る前にシャワーを浴びたからいい。せっかくの風呂なんだからゆっくり入ってこい。」

俺の困った様子を見て満足そうに笑うとそっと床に降ろして俺の髪にキスを落とす。
それは嘘ではないらしくクラウスはちゃっかり下履きをはいていて俺は掛布一枚だった。

「あ、少しなら治癒魔法を使っても大丈夫だぞ。」

扉を閉めながらついでとばかりに許可をくれた事が有り難かった。今の俺は立ってるだけで精一杯だ。

昨日の夜はクラウスが求めてくれたことが嬉しくて幸せでその上クラウスにされることは全部気持ちよくてずっと抱かれていたくて何度も強請ってしまった。

おかげで前回と同じく寝落ちだ。
でも今回はぼんやりとした記憶がある。温かいタオルでクラウスが丁寧に体を拭いてくれた事も何度も「愛してる」と甘く囁いてくれていたことも。

「本当に呆れてない……よね?」

『信じられないなら今からでも』

「わ、わ、俺のばか!」

俺を欲しがるだんなさんの色気は最強だった。
その甘さを思い出すのは危険だ。とぷん、と湯船に沈んでギラついた蒼い瞳をかき消した。

贅沢な朝風呂、だけどせっかくのふたりの時間を無駄にしたくなくて程よく温まったくらいで湯船から上がった。

そこでふと鏡を見た。



着替えを用意してなかったから置いてあったバスローブを羽織って寝室に戻るとクラウスはいなくてクラウスの部屋をノックしてもいなかった。廊下に出て台所に向かったら珈琲のいい香りがした。

「クラウス。」

「早かったな、朝食の準備をしてたんだ。戻って髪を乾かそう……どうかしたのか?」

「俺魔法が上手く使えなくなってるのかなぁ。だって前はちゃんと残せたのに消えちゃってるんだ。」

「何が消えてるんだ。」

「…………キスマーク。」

まるで昨日愛されたのが消えてしまったみたいで悲しくて悲しくて泣きそうだ。そんな俺に呆れ果てたのかクラウスは大きなため息をはいて頭を抱え込んでしまった。

「だから不意打ちで煽るなって言ってる。」

クラウスは俺を少しだけ乱暴に抱き上げると寝室に戻ってそのままベッドに座って膝に乗せた俺を向こう向きに座らせると髪をあっという間に乾かしてうしろからギュッと抱きしめた。

「今回は………付けてない。」

「そうなんだ。じゃあ俺の勘違いなんだ。」

魔法のせいじゃないとわかっても少しも嬉しくなかった。

「前は冬夜が俺との証を欲しがったから遠慮しなかった。だがもうそうするわけにはいかない。本当は俺だってこの躰のあちこちに冬夜は俺のものだって印を刻みたい。だがまたいつ手入れを受けるかわからないのにあんなもので冬夜の可愛い姿を誰かに想像されるのは我慢できない。」

俺の肩に顎を乗せてぼやくクラウスのふてくされた顔が可愛かった。そっか、だから今回はどこにもついてないんだ。

「そうなんだ。」

クラウスの気遣いはちょっと嬉しくてやっぱりちょっと残念だった。でもそれなら……。

「ところで前のは敢えて残したって?ならシャワーを浴びる時はどうしたんだ俺のものだってわかる躰を子供達に晒したのか?」

「ひゃっ冷た!」

クラウスは喋りながら鼻先で首筋をくすぐりバスローブの合わせ目から片手を差し入れ素肌を撫でた。その手は凄く冷たい。

「してないよ、シャツ着て洗うのを手伝うだけにしたんだ。でもそうしたらそれ以来もう一緒に入ってくれなくなちゃって……。」

いたずらする手を掴まえて弁解してたら今度はなんだか寂しくなってきた。
そう言えば昨日はマリーやレインと入るの凄い楽しそうにしてた。

「本当に?」

「本当だよ。足のは隠せなかったから見られちゃったけどでもディノとかは虫さされって思ったみたい。」

「ふうん。なるほどなどおりで……。」

「何が?」

「いや、なんでもない。」

なにかひとり納得したような顔をすると俺はひょいっと膝から降ろされてしまった。

「それで?キスマークがないのにがっかりしてそんな格好で慌てて俺のとこへ来たのか?」

言われてはたと気づく。

「だってそれどころじゃなかったしタオル一枚よりはマシでしょ。」

「まぁ俺はこのまま今日一日ベッドの中でも構わないけど。」

ベッドに座ったままゆるく抱き寄せニヤリと笑うクラウスにてっきり子供みたいだとバカにされたと思ったけどそれより全然タチが悪い。

「着替える!もうクラウスのばか!」

力任せに突き飛ばすと半分自分からベッドに倒れ込んでクスクスと笑ってる声がクローゼットを漁る俺の背中に聞えてきた。

からかうなんてまったく!

でもなんだか楽しい。俺が悩んだことでクラウスを悩ませ不安に引きずり込んで遠慮がちになってしまった互いの関係が出会った頃の俺の頭の中がもっと単純だった辺りに戻ったみたいだ。

一日中ベッドの中だなんてうっかり頷いてしまいそうな魅力的なお誘いだけどそうしてしまうのは流石に節度がない。
それにサニタリーには服やタオルの他にも昨夜クラウスが取り替えてくれたシーツもあってご飯を食べたらリネン室からタライを借りて来なくちゃって思ってる。
桜が咲いているのももう一度確認したいしせっかくマリーとレインがいるんだからできればお花見もしたい。

ただ本音を言えば一箇所だけで良いからキスマークを付けて欲しいなんて言ったらダメかな。

馬鹿げた欲求を首を振り打ち消し着替えを用意してクローゼットの扉を閉めた俺の背後にクラウスが立っていた。

「朝食の準備して待ってる。」

「うん、ありがとう。」

相変わらずこういう所紳士だ。それにさり気なく朝ごはんを用意してくれる所も。

クラウスといると俺はしてもらってばかりで甘やかされるのがこそばゆい。

『よめさん扱い』にうっとりしていると去り際に両手の塞がった俺のおでこにいつもみたいにキスを落とし同時にバスローブの裾から侵入したクラウスの手が俺の右足の内股をするりと撫でた。

「魔法が今まで通りに使えるか確かめたいならここにひとつだけ付けたから確認してみると良いかもな。」





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