289 / 333
第2部 『華胥の国の願い姫』
289
しおりを挟む意識がゆっくり覚醒するのに比例するようにトクントクンと優しくて心地の良い音がはっきりと聞こえてきた。
こんな気分のいい朝はこの幸せにもう少し浸っていたいけれど今日の俺はすぐにでも目を開けて確かめなくちゃいけないことが沢山ある。
向こう側が明るくなったまぶたをこじ開けるとより眩い金色の光が飛び込んできた。
「おはようクラウス。」
1番に確かめたかった空の蒼色もそこにあった。沢山愛されたあくる日に愛しい人の腕の中で目覚める朝はなによりの贅沢だ。その証拠だと言わんばかりに声がガサガサしてる。
おでこやまぶた、ほほを巡るおはようのキスが今朝はやけに吸い付くようにしてちゅっ、ちゅっ、と音をさせようやく辿り着いた唇で俺もちゅ~っと真似をして受け止めた。
「おはよう冬夜。」
その後におまけみたいにまたちゅっ、と唇を奪われた。挨拶よりキスが先だなんて。
願いどおりの朝を確認したらやっぱりもう少し満喫しようとクラウスの胸に顔を埋めると鍛え上げられた素肌に触れた。
わ、クラウス裸だ。
髪にキスを落とし抱きしめる腕が優しく背中に触れる。
この感触はもしかして俺も?
いつもはクラウスはシャツを着て最近の俺は蓑虫みたいにされてしまう。初めての朝もクラウスのシャツを着せられていたからこんな事は初めてで照れくさいけどなんだか新婚さんぽい。
「ふふっ。」
「どうした?」
「ううん、幸せだなぁって。」
「ああ、幸せだな。」
お互いにだらしない顔で笑った。まあそれでもクラウスはイケメンだけどね。
「躰は平気か?」
「───うん。」
突然の質問に答えが詰まる。考えないようにしてたのに聞かないで欲しい昨夜の自分の痴態に更に顔が熱くなる。
「その……呆れてない?俺あんなに……。」
「まさか、信じられないなら今からでも証拠を見せようか?」
余裕たっぷりの笑顔で俺を見つめてそんな事言うなんて経験値の違いを見せつけられた気分だ。
「……クラウスのばか。」
「そう呼ばれるのも久しぶりだな。」
ばかって言ったのに嬉しそうに笑うと俺を器用に掛布にくるみお姫様抱っこでサニタリーまで運んでくれた。
「ちょっと待って!」
俺を抱いたまま浴室の扉を開けたクラウスを慌てて静止した。
「まさか一緒に入るの?」
「嫌なのか?ウォールでは誘ってくれたのに。」
嫌じゃない、嫌じゃないけれど恥ずかしい。えっちしといてなんだと言われるかも知れないけどそれとこれとは別だ。
「冗談だ。俺は寝る前にシャワーを浴びたからいい。せっかくの風呂なんだからゆっくり入ってこい。」
俺の困った様子を見て満足そうに笑うとそっと床に降ろして俺の髪にキスを落とす。
それは嘘ではないらしくクラウスはちゃっかり下履きをはいていて俺は掛布一枚だった。
「あ、少しなら治癒魔法を使っても大丈夫だぞ。」
扉を閉めながらついでとばかりに許可をくれた事が有り難かった。今の俺は立ってるだけで精一杯だ。
昨日の夜はクラウスが求めてくれたことが嬉しくて幸せでその上クラウスにされることは全部気持ちよくてずっと抱かれていたくて何度も強請ってしまった。
おかげで前回と同じく寝落ちだ。
でも今回はぼんやりとした記憶がある。温かいタオルでクラウスが丁寧に体を拭いてくれた事も何度も「愛してる」と甘く囁いてくれていたことも。
「本当に呆れてない……よね?」
『信じられないなら今からでも』
「わ、わ、俺のばか!」
俺を欲しがるだんなさんの色気は最強だった。
その甘さを思い出すのは危険だ。とぷん、と湯船に沈んでギラついた蒼い瞳をかき消した。
贅沢な朝風呂、だけどせっかくのふたりの時間を無駄にしたくなくて程よく温まったくらいで湯船から上がった。
そこでふと鏡を見た。
着替えを用意してなかったから置いてあったバスローブを羽織って寝室に戻るとクラウスはいなくてクラウスの部屋をノックしてもいなかった。廊下に出て台所に向かったら珈琲のいい香りがした。
「クラウス。」
「早かったな、朝食の準備をしてたんだ。戻って髪を乾かそう……どうかしたのか?」
「俺魔法が上手く使えなくなってるのかなぁ。だって前はちゃんと残せたのに消えちゃってるんだ。」
「何が消えてるんだ。」
「…………キスマーク。」
まるで昨日愛されたのが消えてしまったみたいで悲しくて悲しくて泣きそうだ。そんな俺に呆れ果てたのかクラウスは大きなため息をはいて頭を抱え込んでしまった。
「だから不意打ちで煽るなって言ってる。」
クラウスは俺を少しだけ乱暴に抱き上げると寝室に戻ってそのままベッドに座って膝に乗せた俺を向こう向きに座らせると髪をあっという間に乾かしてうしろからギュッと抱きしめた。
「今回は………付けてない。」
「そうなんだ。じゃあ俺の勘違いなんだ。」
魔法のせいじゃないとわかっても少しも嬉しくなかった。
「前は冬夜が俺との証を欲しがったから遠慮しなかった。だがもうそうするわけにはいかない。本当は俺だってこの躰のあちこちに冬夜は俺のものだって印を刻みたい。だがまたいつ手入れを受けるかわからないのにあんなもので冬夜の可愛い姿を誰かに想像されるのは我慢できない。」
俺の肩に顎を乗せてぼやくクラウスのふてくされた顔が可愛かった。そっか、だから今回はどこにもついてないんだ。
「そうなんだ。」
クラウスの気遣いはちょっと嬉しくてやっぱりちょっと残念だった。でもそれなら……。
「ところで前のは敢えて残したって?ならシャワーを浴びる時はどうしたんだ俺のものだってわかる躰を子供達に晒したのか?」
「ひゃっ冷た!」
クラウスは喋りながら鼻先で首筋をくすぐりバスローブの合わせ目から片手を差し入れ素肌を撫でた。その手は凄く冷たい。
「してないよ、シャツ着て洗うのを手伝うだけにしたんだ。でもそうしたらそれ以来もう一緒に入ってくれなくなちゃって……。」
いたずらする手を掴まえて弁解してたら今度はなんだか寂しくなってきた。
そう言えば昨日はマリーやレインと入るの凄い楽しそうにしてた。
「本当に?」
「本当だよ。足のは隠せなかったから見られちゃったけどでもディノとかは虫さされって思ったみたい。」
「ふうん。なるほどなどおりで……。」
「何が?」
「いや、なんでもない。」
なにかひとり納得したような顔をすると俺はひょいっと膝から降ろされてしまった。
「それで?キスマークがないのにがっかりしてそんな格好で慌てて俺のとこへ来たのか?」
言われてはたと気づく。
「だってそれどころじゃなかったしタオル一枚よりはマシでしょ。」
「まぁ俺はこのまま今日一日ベッドの中でも構わないけど。」
ベッドに座ったままゆるく抱き寄せニヤリと笑うクラウスにてっきり子供みたいだとバカにされたと思ったけどそれより全然タチが悪い。
「着替える!もうクラウスのばか!」
力任せに突き飛ばすと半分自分からベッドに倒れ込んでクスクスと笑ってる声がクローゼットを漁る俺の背中に聞えてきた。
からかうなんてまったく!
でもなんだか楽しい。俺が悩んだことでクラウスを悩ませ不安に引きずり込んで遠慮がちになってしまった互いの関係が出会った頃の俺の頭の中がもっと単純だった辺りに戻ったみたいだ。
一日中ベッドの中だなんてうっかり頷いてしまいそうな魅力的なお誘いだけどそうしてしまうのは流石に節度がない。
それにサニタリーには服やタオルの他にも昨夜クラウスが取り替えてくれたシーツもあってご飯を食べたらリネン室からタライを借りて来なくちゃって思ってる。
桜が咲いているのももう一度確認したいしせっかくマリーとレインがいるんだからできればお花見もしたい。
ただ本音を言えば一箇所だけで良いからキスマークを付けて欲しいなんて言ったらダメかな。
馬鹿げた欲求を首を振り打ち消し着替えを用意してクローゼットの扉を閉めた俺の背後にクラウスが立っていた。
「朝食の準備して待ってる。」
「うん、ありがとう。」
相変わらずこういう所紳士だ。それにさり気なく朝ごはんを用意してくれる所も。
クラウスといると俺はしてもらってばかりで甘やかされるのがこそばゆい。
『よめさん扱い』にうっとりしていると去り際に両手の塞がった俺のおでこにいつもみたいにキスを落とし同時にバスローブの裾から侵入したクラウスの手が俺の右足の内股をするりと撫でた。
「魔法が今まで通りに使えるか確かめたいならここにひとつだけ付けたから確認してみると良いかもな。」
139
お気に入りに追加
6,529
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった
藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。
毎週水曜に更新予定です。
宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。
【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。
riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。
召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。
しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。
別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。
そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ?
最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる)
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる