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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む「綺麗だね。ありがとうクラウス、俺この桜をクラウスと見たかったんだ。」
「ああ、俺もこの桜を冬夜にずっと見せたいと思っていた。」
「本当に綺麗だ」と呟くクラウスに背中を預け見上げた桜は今まで見た桜の中で一番素敵だ。これも俺の願いが咲かせたと思うとなんだか自分が誇らしい。
大好きな桜から目を背けながら自分の捨て場所を探して春の夜道を迷子みたいに歩き回った日から季節が一廻りした。
あの時の俺は自分が施設で育たなくてはいけない事は両親にもらったささやかな愛情だとごまかしてきたものが全部無駄な事だったと思ってしまった。
『キミがもっと大人になった時』
そう言って差し出された箱を受け取っていなかったらあんな思いをしないで済んだだろうけれどその代わりに自分が桜の木の下で見つけられた事も持たされたコインの存在も知らないままだった。
自分が傷つくのが怖くて人との間に壁を作り生きてきたけれどその壁には扉があると教えてくれたのはクラウスだった。でも扉の存在を知っても自分では開ける勇気は持てなくていつもクラウスが踏み込んでくれるのを待つばかりの俺はその向こうでノートンさんが待っててくれた事にもずっと気付けないでいた。
施設育ちだと看板を下げていたのは俺の方で扉の向こう側を覗いていたら養護施設の院長や仲間だけじゃなく学校の先生や同級生、職場の人の中にも俺の事を心から心配してくれていた人がいたかも知れない。
今そう思えるのはクラウスがこの桜を俺の始まりの場所にしてくれたから、俺がこれまで積み重ねた日々にも理由があってどんな些細な出来事でも何か欠けていたら今の俺じゃないのだと教えてくれたから。見えない未来に怯え踏み出す事の出来ない意気地なしの俺に『共に今を生きよう』と言ってくれたから。
クラウスに出会えたことこそが今の俺の始まりだ。
「この桜ももしかしたら最初に贈られた桜なのかも。」
「これだけ大きいのだからそうかも知れないな。」
もしもそうなら俺をクラウスと引き合わせてくれたのはお母さんなのかも知れない。
クラウスの腕の中、くるりと体の向きを変え愛しい人の胸に耳を寄せた。
「俺ね、およめさん扱いも嬉しいけどこうして抱き締めてもらうとクラウスの心臓の音が聞こえてすごく安心するんだ。」
今みたいに優しい音の時も叩きつけるような早鐘の時も聞えている時はいつもこの温かい腕に護られて来た。
「そうか。でもこれだと俺は冬夜の顔が見えない。」
「じゃあこうすればいい?」
何時でも格好良いくせに時折子供みたいに拗ねて見せるクラウスも結構ズルい男だ。
強く、それでいて優しく抱きしめながらそんなことを言われたら甘やかしたくなる気持ちに抗えるはずもなく大きな背中をぎゅぅっと抱きしめながら顔をあげたら機嫌の良い俺の目元をクラウスが親指で触れた。
「起きた時どうして泣いたんだ?」
下瞼を涙を拭うような仕草で撫で不思議そうに俺を見つめる理由は喜ぶと思ったからだよね。それがいつもの朝なら俺も嬉しかったはずだ。
「ふふっ目が醒めた時いないはずのマリーとレインがいたからお披露目式も桜が咲いたのもバルコニーでの事も全部夢だったんだと思ったんだ。レインにディノみたいって言われちゃった。」
「そうか。」
「そうだよ。」
クラウスは俺の優先順位を勝手に決めつけている。確かに子供達は大切だけど本当にそうなら俺は教会へ行こうなんて思わなかったよ。
俺の答えにクラウスがなんとも言えない顔をしているのは子供達に俺を譲った事を後悔しているのかな。それならクラウスがいなかったからと正直に言ってしまおうか。手放され目覚めた俺がどれ程心細かったかと甘えてみようか。
そしたら今夜こそは最初からためらわず一晩中抱き締めていてくれるかも知れない。
少なくとも次こそは一緒に起こして欲しいと、抜け殻じゃ足りないのだと伝えてしまわなければ。
「あ、そうだ忘れてた。」
恨み言を考えてたら今回のクラウスの抜け殻を上着の内ポケットにしまったままなのを思い出した。
「ごめんね大事なものなのに。式典用だってノートンさんから教えてもらったよ。着任式の時凄く格好良かった、でも初めて見たのになんか懐かしい気もしたんだよね。」
そう言ったらクラウスが受け取った剣帯をみて目を細めた。
「そうだなこれはずっと前に知り合った迷子の子供に貸したんだ。まさか子供を背負うのに使われるとは思わなかったけどな。」
「──へ?うそ!ホントに!?」
いつから答えを用意していたのか種明かしに慌てる俺をクラウスが楽しそうに笑う。
もう信じられない!誰がってもちろん俺がだ。知らなかったとはいえこんな大事なものおんぶ紐にしちゃうなんて。
「あの時の俺にとってこの剣帯になんの価値もなかった。冒険者の自由さに馴れて約束の3年で一度騎士に戻って義理を果たしたらすぐに辞めるつもりでいた。エリオット様に言った事は曇りのない真実だ。お前に出会わなければ今俺はここにすらいない。冬夜の盾となり剣となるために選んだ道だ、冬夜の護衛騎士に選ばれた事は至上の誉。誰に何を言われようとこの先誰にも譲る事はないがそれを許してくれるか。」
この世界に戻って最初の日の失敗に慌てる俺の目の前でクラウスが跪いた。
まるであの日のプロポーズみたいにそして今朝の任命式の様に草の上に膝を付き俺を見上げて嬉しそうに笑った。
「許すも何もクラウスじゃないと嫌だって言ったでしょ。俺だってクラウスを誰にも譲ったりなんてしない。クラウスこそ本当にいいの?俺はもうどこにも行く予定がないんだから今だけじゃないんだよ?俺の幸せのためにずっと、一生俺のそばにいてくれなくちゃ。」
あの時したのは『今』の約束。でも俺はもうあの時の迷子じゃない。
「ああ、もちろんだ。この指輪とこの桜に誓おう。」
「ありがとうクラウス。俺頑張るね。みんなに心配させたり呆れられたりしないように魔法の使い方をちゃんと学んで胸を張って『治癒魔法士』と名のれるように頑張る。誰が見てもクラウスの隣に見合う人になる為に沢山勉強する。クラウスともしたいことがいっぱいあるんだ。」
まずは甘い口づけを。
教会に行くのは当然の事だけどもうすぐ始まる桜のお祭りに一緒に行こう、それが終わるまではきっとこの桜も咲いているはずだから。それから延期になってしまったクラウスのお母さんにも会いたい、もちろんお父さんにも。そしていつかマデリンにも行きたいしウォールにももう一度行きたい。まだ地図でしか知らない他の街にも。
この先の約束を指折り数え足りなくなると「続きは帰ってからな」と抱き上げられてしまった。クラウスの指は俺をおよめさん扱いをするために貸しては貰えないみたいだ。
「うん、早く帰ろう俺たちの家に。」
数えるのに使った指先をすぐに解いてクラウスの肩につかまった、この桜が咲いてるうちにもう一度ここに来ようと新しい約束をして。
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