迷子の僕の異世界生活

クローナ

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変わる環境とそれぞれの門出

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『桜の庭』へ戻ると子供達はお昼寝から起きていておやつを食べるところだった。

「おかげでいい買い物が出来ました。」

「もう少しゆっくりしてきても良かったんだよ。」

ノートンさんに報告をしたらそう言ってくれたけど行き帰りに話も出来たし広場のベンチに座ってココアラテも飲んできた。それにあれ以上一緒にいたら本当に教会へ行きたくなってしまう。

おやつの後はみんなでエレノア様にお礼の手紙を書いて、普段はもっと広いお屋敷のハウスメイドとして働くジェシカさんとハンナさんには明日の仕事を迷うほど隅々までピカピカにお掃除してもらったのでゆっくりお唄を教えてもらい夕飯を終え二人が明日からは来ないと聞くと子供達は残念そうにしていた。
だけどノートンさんから「また来てくれるよ。」と教えてもらったら笑ってさよならができた。


夜になって子供達が眠って部屋に戻った俺は再び通信石をそっと両手で包んだ。
オレンジ色に光るきれいな石を眺めているとしばらくしてクラウスの声がした。

「ごめん、待たせたな。子供達もう眠ったのか?」

「うん、お昼寝のあと結構はしゃいでたからすぐ眠っちゃった。クラウスはまだ仕事中?」

「ああ、もう少しな。」

今夜からはこうして俺の手が空いてから声だけで我慢することにした。それはお昼に呼び出した事が原因じゃない。
ならどうしてかといえばクラウスが戻ってからも何かしら仕事が残ってることを知ってしまったから。もうすぐ訪れる春月には御用始めの他にも多くの式典があり遠方からお城への来客が多くなるんだそう。配属前から訓練を受けているとはいえ新人近衛騎士のクラウスは覚えることが多いんだそうだ。
クラウスの「無理してない」は本当かも知れないけれど『桜の庭』に遅くしか来られない理由がそれなら俺としてはその分休んで欲しかった。
今の俺は離れていても心がちゃんと繋がっている事を知っている。それに冬月の最後の日にはまた会えるのだから。

だけどこの所甘やかされていた所為でやっぱりクラウスが足りなくていつもより長くおやすみのキスをした『お守り』を胸に抱いて眠った。


何日かぶりに自分の鼓動に邪魔されず穏やかに眠りについた翌朝、カイとリトナとの『朝のお茶会』のお茶請けにラテ屋さんのドーナツを添えた。

「あのぅ……あの方々はトウヤさんの代わりにこちらへ来るんですか?」

自分で寄せてきた椅子に腰掛けたカイが珍しく遠慮がちに聞いてきた。

「はい、そうなんです。実は────」

「そうですよね!トウヤさんのお立場でいつまでも『桜の庭』で働くわけないですよね。良かった~僕達も春月からはもう来られなくなるっていつ話そうかとずっと悩んでたんです。」

返事の仕方が悪かったようで答えの途中で誤解したカイは顔色を明るくするとそんな話をした。

「えっと……カイさんとリトナさん来れなくなるんですか?」

「はい、先日の試験にカイも無事合格点をいただく事が出来ました。なので春月からは『治癒士』として教会で働くことになります。お伝えするのが遅くなってすみません。」

ニコニコと笑って紅茶に手を伸ばしたカイの隣でリトナは丁寧に頭を下げてくれた。

そうだった。教会から食事を届けるのは『見習い治癒士』の仕事だ。以前ふたりが来なくなった時『この仕事から卒業かも知れない』とノートンさんが話してくれたのを思い出した。マリーとレインが学校へ行ってしまう様にセオが試験に受かって赤騎士になるようにのカイとリトナも一人前の『治癒士』になる。
この世界でも春とはそういう季節らしい。

「いえ、おめでとうございます。いつから別の方に変わってしまうんですか?」

「トウヤさんがいるうちは必ず来ます!」

「じゃあ冬月の最後の日まで来てくれますか?」

「もちろんです。」

「良かった。じゃあそれまでは一緒にお茶が飲めますね。」

「「はい。」」

俺が笑ってそう言うとリトナもようやくカップに手を伸ばした。

「おはようトウヤ君。」

「「おはようございますノートンさん。」」

「……おはようございます。」

きっともっと前からわかっていたはずなのに俺がこれからもふたりに来て欲しいと言ったから話すのを遠慮していたのかも知れない。カイが俺の返事を誤解したおかげで突然知らされた事実は自分が思ったより淋しくて珈琲を飲みに来たノートンさんに大きな声で挨拶ができなくて、いつものように二人を追い払うようにするのを有り難いと思ってしまった。

不意打ちで感じてしまった淋しさは子供達のおはようのはぐちゅうを多めにしてすぐに切り替えた。

そうしていつもの『桜の庭』で2日ぶりに自分で洗濯物を干していると訪問者を知らせる音が聞こえて来る。

「いないねぇ。」

「いないね~。」

正門に見に行けば誰もいない縦格子の向こうを覗いて子供達が首をかしげていた。

いたずらかとも思ったけれど今までそんな事は一度もない。柱の後ろに誰か倒れてやしないかと門扉を開けて通りを覗いてみたけれどそれらしき影もなかった。

「郵便屋さんが間違えちゃったのかな?」

誰かがそう言った時聞き慣れない高い音が鳴り始めた。
これはノートンさんから『覚えておくように』と言われたディノの脱走防止の為の音だ。

「ディノ!?」

「は~い。」

慌てて名前を呼べばマリーの背中で手を上げて可愛らしいお返事をした。

「……あれ?」

訪問の知らせの小鳥もこの警報音も全て魔法じかけだけどそれが故障でもしたのかな?

誰一人欠けるものがいない中みんなで顔を見合わせていると俺の背中でクスクスとどこかで聞いたような笑い声と指を弾く音がした途端現れたのはワインレッドのローブを身に着けた長身の『いい男』。

「やぁ困ったな。勝手に入るとバレちゃうんだね。短期間でしっかり改善されてるなんてさすがノートン先生だ。」

「「「ルシウスさん!」」」

突然目の前に現れた姿に驚く俺をよそに子供達は『鈴のお兄さん』の訪問に大喜びだ。

そして程なく勢いよく開かれた玄関の扉に執務室から慌てて走ってきたであろうノートンさんが現れたかと思ったらすぐに王国魔法士のローブを纏ったルシウスさんに気が付いてホッとした顔で指を鳴らしようやく警報音が消えた。



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