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変わる環境とそれぞれの門出
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しおりを挟むクラウスの話 王都編㉘
俺からの聴き取りは充分だと判断した宰相のはからいでようやくベッドに寝かせることができた冬夜は少し熱が出ていた。
冬夜の身に起きたことを考えれば当然の事かも知れない。
今朝の俺達にはこんな結果が待ち受けているなんて想像もしていなかったのだから。
「じゃあ行こうか、クラウス。」
そう言って口元にわずかに笑みを浮かべる冬夜はとびきり美しかった。
いつだって相手を優先するくせにこういう時は必ず自分から。昨夜からずっと主導権を握られている様な気がするのは多分間違ってない。
だけどそれがなぜか心地良い。
『子供扱い』の誤解が解けた今は抱き上げても頬を膨らます事はなく、素直に腕の中におさまってキョロキョロと辺りを見回す様は懐かしい王都までの旅路を思い出させた。
出逢ってすぐマートに頼まれギルドまで連れて行った時気の利かない俺の後ろを走ってついてきていた事、立ち寄った街では不意にはぐれ、別の男の後ろを歩くのを慌てて掴まえた事。
あの頃、連れがいる事に慣れない俺は注意を払い歩くのが面倒で冬夜の腕を掴んで歩いた。
その粗野な行動に文句を言うどころかここぞとばかりに腕を引かれるまま足だけ動かし視線は興味の向くままにとし始めた冬夜に警戒心をどこにやったのかと更に呆れた。でもそれもまたなんとも言えない気分になった。
今思えば俺に甘えた姿に高揚感を覚えたのだと思う。
思い出をなぞりながら冬夜のお気に入りを手に入れ花壇に座らせた。
ひとり覚悟を決めてしまった冬夜の隣で一緒に胃を満たしながら俺は密かにその気が変わらないものかと願っていた。
「クラウスってば出来すぎ。」
尖らせた唇から負け惜しみの様に出た言葉はどうやら『好きな物』を覚えていた俺への褒め言葉らしい。
この甘いラテのお陰で声を掛ける切っ掛けが出来たのだから覚えているに決まってる。鼻の頭に呑気にクリームを付けていた姿が心配で駆けつけて来た自分の心境とあまりにも反して一気に気が抜けた。
風呂に関してはあれを忘れる方が難しいだろう。風呂を好むなんて貴族かウォールの様な土地育ちの人間だ。あの時も『一緒に』と言われ妙な気遣いに嘘を付いて部屋を出た。翌日の準備や細々した買い物を済ませ、もう寝ているかと部屋に戻れば湯船で熟睡していて俺を驚かせた。
王都に来てから冬夜への想いを自覚したものの互いに離れて過ごす日々、一緒に過ごした時間は思いが通じ合った今も数える程しかない。しかもその少ない思い出の半分は泣き顔で気持ちを確かめ合ったこれより先はあの花の様な笑顔で俺の隣で笑っていて欲しい。
失うくらいならいっそこのまま連れ去ってしまいたい。そう思う自分がいた。
「それでどうする?教会へ行くかそれとも風呂でも行くか?」
昨日の冬夜の誘惑と比べるにはあまりにささやかだけどほんの一瞬瞳が揺らいだ。だけど───
「駄目だよ。これから俺だけのモノになるのに怖気づいたの?」
真っ直ぐに見つめ返す黒曜石が俺を囚えて離さない。
「───まさか。」
大人びた美しい笑顔に跪きたくなる気持ちを抑えてそうたった一言返すのが精一杯だったなんてあの時のお前は知らなかっただろう。
冬夜の決心に付き従い向かった教会では『最悪』にならないようにとただただ祈っていた。
そして聖水が薄赤色に染まり冬夜を包み込んだ時はその『最悪』が訪れてしまったのだと思い離れようとする冬夜をきつく抱き込んだ。
俺から冬夜を奪うなんてたとえ神でも許せない。
だけどそれは意外な結末を迎えた。
閉じ込められた大聖堂で神からの洗礼が無事終わったことを知り、アルフレッド様がいらしたことで冬夜はこの世界の異物どころか俺がその欠片を探し求めた『失われた皇子』本人だと伝えられた。
それはあまりにも突然で簡単にはその事実を呑み込めない。同じ様に上手く理解出来ない冬夜は大事な事だけを俺に確認した。
「俺はこの世界にいてもいいの?」
不安と期待に揺れる瞳に肯定すればやっと笑った。その笑顔は春に咲き誇る桜の花の様に可憐でやがて子供の様に声を上げて泣き始めた。
その姿はこれまでひとりで抱えた不安な日々がどれ程辛かったのか教えてくれているみたいに思えた。
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