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真実
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しおりを挟むノートンさんの手の中にある匙をセオが慌てて俺の手に握らせ直した。そして再び浮かんだ文字をもう一度落ち着いて読み取ったセオが顔を上げる。
「そっか、洗礼もまだだったんですね。でも『トウヤ=サクラギ=ガーデニア』ってトウヤさんてどちらかの貴族様のお坊ちゃんなんですか?」
目をパチクリさせながら匙を握らせた手を握ったまま俺の顔と名前の文字を行ったり来たり。この世界では家名があるのは貴族出身者だけだと本で学んだけど同い年を掴まえて『お坊ちゃん』だなんてどうかと思う。でも心配掛けてばかりの俺はきっとセオの中では今も『チビ達みたい』と思われているのかも知れない。
「冬夜=桜木は元々の名前なんです。そこにこちらでの家名がくっついたのかな?」
説明が正しいかわからずクラウスを見れば頷いてくれたから大丈夫だ。
「俺魔法苦手なんでノートンさんに昨日聞いてもトウヤさんの手紙の内容がよくわからなかったんですけど結局トウヤさんはここの人って事で合ってます?」
「はい、そうです!」
セオが簡潔にそう言ったように本当に答えは単純だ。俺はここの人間だからもうみんなと会えなくなる不安に怯えなくていい。
「ノートンさん心配掛けてごめんなさい。でも18年こことは違う場所で生きてきた僕は不安ばかりで今の自分を想像できなかったんです。だからもしも戻れなかったらって考えてしまってあんな手紙を……。でもこうして教会で洗礼を受けたことで自分の事を知ることが出来ました。だから全部ノートンさんのお陰なんです。」
やっと言えたお詫びとお礼、そしてやっぱりノートンさんは察しが良かった。
「じゃあ昨日の教会の鐘、あれが先生の言っていた合図なのか?まさかトウヤ君がガーデニアの『失われた皇子様』の欠片なのかい?」
俺の両手を握るセオの両手の上からノートンさんがそっと両手を添える。そして眼鏡の奥の金色の瞳がいつもの輝きで真っ直ぐに俺を見つめてくれた。
「え?え?ガーデニア?え?『失われた皇子様』って、ええ?」
セオの視線は俺とノートンさんと匙を行ったり来たりで忙しそうだ。でもそうなるよね、だってその人は物語の中の人だもの。
「それがその……そうじゃなくて……欠片じゃなくて僕がその本人なんだそうです。」
へへっ。ようやくちゃんと言えたけど自分の事を『皇子様』って言うのはやっぱり照れくさかった。
でもそれを言った途端、ノートンさんとセオが俺の手からパッと自分たちの手を離して固まってしまった。そして視線の矛先は俺の背後に立つクラウスに。
「ほ、本当かい?クラウス君。」
「はい、国王陛下、並びに王国魔法士長、そして王都教会首席司祭の御三方が冬夜様を亡きガーデニア国第一皇子様御本人で間違いないと確認されました。この事は近日中に公式発表されますのでそれまでおふたりはご内密にお願い致します。」
背後に立ったクラウスはびっくりする程よそ行きの、俺の知らない騎士様の綺麗な顔でふたりに向かってスラスラと説明した。
なんだ、俺が上手く説明できなくたって全然良かったんだ。
「えっと…そうか、ガーデニアの皇子様だから名前もそうなのか。でも100年も前の話なのになんでトウヤさんが……。」
「そこは僕では上手く説明できないんですけど……。」
騎士様のクラウスの態度にセオの背筋がぴっと伸びて言われた事を飲み込もうと必死だ。セオでもこうなんだから昨日の俺も仕方ないって思える。うん。
「セオ、気持ちはわかるがその方々が認められたなら揺るぎない事実だ。──ああ、でも私もすぐには飲み込めない。だけど…もういいんだね、キミを失ってしまう心配はいらないんだね。───良かった。」
ノートンさんは優しい金色の瞳を潤ませながらそう言うと、眼鏡を外して眉間を摘んでしまった。すごく疲れてるその様子に眠れないほど心配してくれて申し訳ないと思う気持ちがありながら嬉しいと思う気持ちがある。
そしてどちらが大きいかと言えば嬉しさが勝ってしまってその事を心のなかで謝りながらノートンさんの隣に座って眼鏡を持って膝に置いていた手を疲れが癒えるようにと願いながらそっと握った。
「ノートンさん、転移の事今迄黙っててごめんなさい。嘘や誤魔化しも沢山しました。でも僕ここにいたくて……。」
「……勝手に治癒をしていけない子だ。セオにも叱られただろう?でもありがとう、凄く身体が楽になったよ。」
ほほえみながらそう言い、眉間から手を離して俺をそっとハグしてくれた。俺を優しく叱る言葉にも抱き寄せてくれた温かい手にも怪我の治癒じゃなくてもちゃんと出来たことも嬉しくてそのまま素直に甘えてしまった。
「へへっごめんなさい。でもこの魔法も僕が本人である証拠みたいなんです。」
「そうかも知れないが魔法というのは大きな力を使えばそれだけ自分の中の魔力を消費してしまうんだよ。このくらいの事で簡単に力を使ってはいけないよ。」
「そうなんですか?」
両手を開いたり握ったりしながらそう聞けばノートンさんは預けていた俺の身体を離してひとりで座らせると子供達にするように頭をヨシヨシと撫でてくれた。前にも言われた事があるけれどやっぱり魔力の事はよくわからなかった。そんな事より今はせっかく甘えた腕の中から離されてしまって残念なんだ。
「今ならトウヤ君が聡明なのに時々知識の欠落が垣間見えた理由が良く理解できるよ。でもこれからはひとりで本棚を探さなくても大丈夫だね。きちんと指導してくださる方がついてくれるはずだ。すまない、本当は皇子様のキミにこんな態度はしてはいけないね。分かっているけどもう少しだけうちのトウヤ君でいてくれないか。」
そう言うとノートンさんは眼鏡の奥に優しい金色を隠してしまった。
「どうしてそんな事いうんですか?『もう少しだけ』なんて言わないで下さい。」
「だってキミは皇子様なんだからこれからはお城で暮らす事になるだろう?」
違う、とは言えなかった。
「確かに僕が『ガーデニアの皇子』なのは治癒魔法士と違って隠せないと王様に言われました。でも『桜の庭』へ帰りたいって言ったらアルフ様が望みは叶えてくれるって言ってくれました。先のことはまだわかりません、でもそれまでは今まで通りここに置いてください。それとも……僕がここにいるのは迷惑ですか?」
「迷惑だなんてそんな事あるわけ無いだろう。でもそんな事本当にいいのかい?」
ノートンさんはまたクラウスを見た。でもクラウスが1番の味方なんだからそんな事無意味だ。
「だってここが僕の帰る家なんです。ノートンさんだってそう言ってくれました。お願いしますここに置いて下さい。」
クラウスが頷くのを見て膝におかれたノートンさんの両手を繋いで顔を覗き込んだ。
何かを教わるならこれからもノートンさんがいい。でも知らないことを素直に聞けずこっそり本を漁っていた事まで知られていたなんて恥ずかしい。だけどそうやってクラウスとは違う優しさでずっと俺を見守っていてくれた人。だから揺れる金色の優しい瞳を見れば俺のお願いを断ることなんて出来ないって知ってるから答えを聞く前に顔が緩んでしまった。
「お願いだなんて私がしたいよ。ありがとうトウヤ君。それから……おかえり。」
やっと聞けた『おかえり』が嬉しくてノートンさんにぎゅうっと抱きついたら勢いが良すぎた俺を支えきれず倒れかけたノートンさんを慌ててセオが支えてくれた。
「ただいま、ノートンさん。」
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