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真実
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しおりを挟む「ここにガーデニアの皇子が行方不明になった当時の記録があります。ガーデニアが攻め入られたと知らせを受けた先々代のフランディールの王がガーデニアに入った時、花の咲き乱れる常春の国は焼き払われ城内は最奥まで魔獣に踏み荒らされていました。両陛下と共に多くの命が失われた中、皇子の部屋の衣装棚の中に絶命寸前のメイドがひとり発見されました。」
分厚い本を手にそう話し始めた人は宰相だと名乗り、それはクラウスに聞いた話と大部分は同じだった。
「そのメイドの証言により我々はガーデニア王が転移魔法を使い皇子を逃した事を知りました。魔獣に踏み荒らされたせいでガーデニア王の魔力の痕跡を辿れず周辺国を隈なく探しましたが見つける事はかないませんでした。ですが我が国の王妃はずっと信じておりました。妹姫がそう願ったのなら必ず生きているはずだと。ガーデニア王が転移魔法を構築するその傍らで『逃げ延びた先で魔獣に怯えることもなく他者に命を脅かされることもなく平和な世界で無事に育ってほしい』と妹姫様はずっと祈っていらしたそうです。『平和の国』、それだけが皇子の行方を知る手掛かりでした。」
宰相様の後に王国魔法士長のハインツさんが続いた。
「ガーデニアの王は『刻の魔法士』と言えば当時の魔法士の中で知らぬ者がいない時間を操ることの出来る偉大な魔法士であられました。先代の魔法士長もその御方を大変尊敬しておりました。愛する王妃様のために国中を常春に留める魔法とその膨大な魔力。国内の魔獣を掌握する魔法の構築。憧れるあまり血脈を失うことを恐れ、本来なら亡くなった事で消えてしまう神の祝福を留めおく魔法を聖杯に掛けました。『刻の魔法士』の血脈を受け継ぐ者が洗礼を受けた際にその存在がすぐにわかるようにと。」
「教会にも当時の記録があります。その記録は『赤き愛し子』を伝え継ぐ際に教えられます。当時は私の若い頃よりもより多くの者が洗礼も結婚の祝福も受けない事のほうが多かったのです。ですから報奨金を目当てに同じ年頃の子供をさらったり、儲け話に親が子供を売ることもありました。洗礼を多くの人々に知らしめるまでその不幸は続きました。そして生まれた子供が当たり前に洗礼を受けるようになっても『失われた皇子様』は見つからないまま100年の歳月が過ぎ、私達は神の祝福に手を加えるなど出来るものだろうかかと実の所疑っておりました。ですがその魔法が本日見事にあなた様を見つけ出したのです。」
サミュエラル司祭様が悲しそうに、そして嬉しそうに話した。
「トウヤ殿、偉大な魔法士であったお父上の事は魔法士達がよく存じているでしょうが王族の中でもごく一部の者だけが知っている事があります。それはお母上の事です。私の祖母である先々代の王妃は亡きガーデニアに嫁いだ妹姫のことをこう呼んでおりました。『願い姫』と。その願い姫が望んだのだから必ずどこかで皇子が生きていると最後まで信じておりました。」
そう王様の続けた話にアルフ様がこう付け加えた。
「妹姫様は周りの人にとても愛されていて、彼女が望めばその多くが叶えられる不思議な人だと寝物語に聞かされました。私はそれを周りの努力だと思ってつい最近までその意味を深く考えることはありませんでしたがトウヤ殿の使われる治癒や願いを織り込んで作る魔道具はまさに『願い姫』のようではありませんか?」
さっきからみんながいろんな話しを結びつけて異世界から迷い込んだ俺を『失われた皇子様』と言ってくれている。でも……
「トウヤ様のお名前については長くその御身に刻まれたものですから不思議ではありません。それに桜の木は『願い姫』の一番お好きだった花です。どうですか?我々にとって貴方の憂いは何一つ問題にはなり得ません。寧ろより確信を得ました。それでもまだ我々の言うことが信じられませんか?」
王様にそう聞かれたけれどやっぱり信じられないままだった。
こんな夢みたいな話しをここにいる偉い人達が信じるのは魔法が当たり前なせいかも知れない。でもそれこそが俺が信じられない原因かも知れなかった。
「───トウヤ様、この銀貨は他の物と仕様が異なりますがこちらで手に入れられたものですか?」
王様から始まって順にみんなの間を回ったトレイは最後は宰相様の手にあって、宰相様がハンカチでつまみ上げていたものはあのゲームのコインだった。
「いいえ、それは俺が保護された時に身に着けていたおもちゃです。」
「───そうですか。」
宰相さんは俺の答えを聞き興味なさげにそう言うと溜息をつき、残念そうな目を俺ではなく王様とアルフ様に向けた。
「お二人にはがっかり致します。なぜ私の手に渡るまでどちらも気が付かないのですか?トウヤ様の憂いを取り去る何よりの証しではありませんか。」
そう言ってソファーから難なく立ち上がり俺の前に近寄り膝を折ると自分の手を差し出して来た。
「お手を拝借できますかな?」
左手にはずっと洗礼の匙を握っていたから空いている右手を差し出すとその上にコインをのせ、そっと握らせた。
「トウヤ様、この銀貨はおもちゃにしては随分贅沢なものです。これは亡きガーデニアの王と王妃の婚姻の記念の大銀貨です。当時の価値にしてしまえば金貨50枚程ですがこれはガーデニア王がごく親しい高位貴族に記念として数枚配ったもので今現在競売にかければ簡単に白銀貨数枚にかわりますよ。ちなみに白銀貨一枚で金貨100枚になります。」
微笑んでそう言った宰相様の言葉に俺を除く全員がどよめいた。
だけど俺はこんな事望んでいない。
「───嘘だ。」
俺は神様からの祝福だけで良かった。
ひとりぼっちのあの場所へ戻らなくて良いという確証だけで良かった。
俺を愛してくれる人と結ばれてこのままこの世界で幸せに暮らしていけるようにと、それだけを願って教会へ向かった。
「嘘ではありません。我が国の宝物庫にも数枚ございますから後で案内致しましょう。そこでぜひ見比べてくださいませ。」
「……そんなの信じない。そんなの嘘に決まってる!」
宰相様はゆっくりと諭す様に話してくれたけれどそれ以上聞きたくなくて握り込んだままの手で耳を塞いだ。
偉い人達に向かって大声で叫んだ俺の前に心配してクラウスが来てくれたけれど、今の俺を見られたく無かった。だけど隠れる所はどこにもない。
「冬夜、大丈夫だ。今は信じられなくてもゆっくりと理解していけばいい。」
クラウスが耳を塞ぐ俺におでこを寄せて俺の瞳を覗き込む。ぐちゃぐちゃな今の心の中を見せたくないのにこの優しい空の蒼色の瞳に覗き込まれたらやっぱり知られてしまう。
「……だって嘘じゃないと困るんだ。これはゲームのコインじゃないと駄目なんだ。だって……俺はずっと……捨てられたって…そう思ってずっと生きて来たのに。凍える夜に冬枯れの桜の下に捨てられたって聞かされてあんなに恨んだのに……こんな名前嫌いだってあんなに、あんなに……。」
それ以上は言葉にならなかった。
初めて皇子様の事を聞いた時、その欠片でも見つけたいとクラウスが3年間も探し続けた話に羨ましいと泣いた。
子供達にせがまれて何度も絵本を読み、その度に100年もの長い間多くの人に愛され続けるその人を妬んだ。
俺は誰にも愛されず凍えて死んでしまうような場所に捨てられたのだと施設長から知らされた日は自分の知る限りの汚い言葉を投げつけた。
育てられなかったのには理由があったんだと平気なふりをして生きてきたけど本当はずっと羨ましくて仕方なくて、我慢してきたその気持をあの日全部吐き出した。ゲームで遊ぶ金があるのに俺は捨てられたんだと。
桜の木から目を背け皇子様を羨んで妬んで、それと比べて自分の出自を恨んでしまったのに。
俺が本当にガーデニアの『失われた皇子様』なら俺を護り命を落としたお父さんとお母さんに向けてしまったその言葉をどう償ったらいいのだろう。
謝る相手はもうどこにもいない。
胸に長年抱いた思いも吐き出してしまった言葉もなかった事にはできない。
俺にそんな資格なんてないけれど一度溢れてしまった涙は止まらなかった。
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