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真実
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しおりを挟む目が醒めたのは初めて目にする場所だった。
部屋の中がはっきりと見えないけれどその理由は暗いからだけじゃなくてベッドの周りが薄い布で囲まれているからだった。
「ここは『治癒魔法士様』の部屋だ。」
起き上がった拍子におでこに乗せられていたタオルが落ちてしまい、それを拾いあげキョロキョロした俺にクラウスが薄い布をくぐり顔を見せ教えてくれた。
「泣きすぎて熱が出てる。」
すぐそばに腰掛けてそう言いながらクラウスが指の背で撫でたのはおでこじゃなくて目元だった。きっと腫れているんだろうな。
クラウスは俺に水を渡し飲み干すまでコップを受け取ってくれなかった。それから枕をポンポンと叩いて横になるように促されふかふかのベッドにそのままパタンと倒れるとタオルをおでこに乗せ冷たくしてくれた。
「……今…何時?」
「そうだな『桜の庭』ならあと少しで夕飯の時間だな。」
もうそんな時間なのか。だとしたら随分眠ってしまっていた。朝のうちに教会へ行ったのだからお城に連れてこられたのはまだお昼前だったはず。
「アルフ様達は?」
「陛下や宰相と会議中だ。」
「そっか。」
教会を出る時、大勢の人にした約束は守られるのだろう。そうでないと介助の人達のようにあの鐘の音に怯えている人が今もいるかも知れない。
王様達を前に俺はクラウスにしがみつき大声で泣き喚いた。その上こんな時間まで眠ってしまうなんて、こんな俺が探し求めた皇子様だなんてきっとみんな呆れただろうな。
鼻の奥がツンとしておでこのタオルを引っ張って顔を隠したけれどもう涙は出てこなかった。この世界に来てからたくさん泣いた。今日なんて泣きすぎてもう一生分泣いてしまったのかも知れない。
あんな風に泣いて自分の罪から逃れてその上熱まで出してクラウスに大事にされるなんて図々しいにも程がある。
そのまま治癒魔法を掛けて「もう大丈夫」とタオルを取った。けれどそんな俺にクラウスは変わらず優しい。
「おなかすかないか?朝以来食べてないだろう。」
クラウスに言われた言葉に返事をするようにお腹がくぅと鳴った。こんな時にでもお腹が空くなんて我ながら図太くできている。
ベッドの上に運ばれてきたのは食事と呼ぶには可愛らしいもので3枚の大きなお皿の上にお肉や野菜のおかずが少しずつ何種類ものっていた。他にも小さなサンドイッチやスコーン。そして大半がケーキや果物などのデザートに占められていた。
「どれから食べる?」
クラウスに聞かれこんな豪華なベッドの上で食べたりしてもいいのかと心配になりながらも、目に入るのはどれも俺の好きなものばかりで散々迷ってプリンを指差した。
綺麗なガラスのカップに入ったプリンは小さいから2口でなくなってしまった。
「次は?」
「じゃあサンドイッチ。」
それもやっぱり2口で食べてしまった。
途中から俺の手の中のフォークはお飾りになってクラウスが主導権を握り俺の口に次から次へ運んできた。
見た目の美しさに食欲を誘われ少ない量に惑わされ、そしてクラウスの手によってバランスよく運ばれ、多いと思った3枚のお皿の料理をすっかり平らげてしまった。
それから空になったお皿をどけてベッドに腰掛けたクラウスの腕に遠慮せずもたれ掛かった。クラウスはそれを嫌がりもせず俺を自然に抱き入れてくれた。
「クラウスは変わらないね。」
アルフ様もルシウスさんも今までと違っていた。それがひどく淋しかった。
「変わった方がいいか?」
「ううん、それは嫌だ。」
そう応えるとクラウスはいつものように俺を膝に抱き上げてしまった。せっかく下を向いて隠していたふくれっ面が丸見えだ。
「俺と比べれば確かに冬夜の方がずっと格上だ。でもそれは冬夜が高位の治癒が出来るとわかった時からすでにそうだった。冬夜の好意に甘えていると言われてしまえばそれまでだけど仕事以外でそうしたら俺の事嫌いになってしまうだろう?」
「───クラウスの事は嫌いにはならないよ。俺は今の自分が嫌い。」
「どうして?」
「だって俺は恩知らずだから。ひとりだけ逃げ延びて生かしてもらったくせにみんなに皇子様だって言われてもすぐに受け入れられなかった。だけどやっぱり良かったって思ってる。もう元の世界に戻る事を心配しなくていいからって。」
誰のおかげで生きているのかも知らず誕生日もクリスマスも参観日もずっと羨ましがってきた。それなのに何の代償もなくその恩恵に甘えてしまう俺が本当に嫌になる。
「じゃあ俺も同罪だな。お前を失う不安がなくなってホッとしてる。冬夜の涙の理由もちゃんと理解している。でもそれは仕方ないことだ、だからその事でもう自分を責めるな。」
クラウスはそう言って俺が噛み締めた唇を咎める様に唇を縦につまんでしまった。自分でブサイクなタコチュウを作ったくせに笑うのは酷い。
「でも俺はずるいでしょう。」
「じゃあ護られなかった方が良かったって言うつもりか?その方がよっぽど恩知らずだ。それに冬夜のご両親がそうしてくれなかったら冬夜は今ここにいない。言っただろう?今までの何一つ欠けても俺達は出会えなかった。俺だけじゃない子供達にも院長にもセオにも。冬夜は俺をひとりにするつもりなのか?」
それはクラウスが桜の木の下でプロポーズしてくれた時に言ってくれた言葉だった。あの夜を思い出し一瞬で胸が熱くなる。
「平和で生きていくには困らなかったけど戻りたいとは思わなかったんだろう?だから相子だ。どうしても償いたいのなら冬夜はただ幸せになれば良い。それがガーデニアの王と王妃の願いだ。でもそれには俺も頑張らないとな。」
幸せになることが償いになるの?それなら今の俺はもう償えているのかな。だけど───。
「どうしてクラウスが頑張らないと駄目なの?」
「酷いな、冬夜を幸せにするのは俺の俺の役目だと思ってるのにもしかしてもう俺と結婚するつもりがないのか?」
「そんな事ない。俺は今すぐにだってクラウスと結婚したいよ。」
膝に乗せた俺を見上げて拗ねた顔をして見せるクラウスに慌てて首を横に振った。
だって俺にはクラウスしかいない。こんな俺をこんな風に愛してくれる人他にいない。俺の狡いところも情けないところも全部知っているのにそれでも俺を変わらず愛してくれる。
クラウスこそ本当に俺でいいのかな。きっと俺がいなくてもひとりになんてなりはしない。格好良くて優しくてこんな素敵な人、周りが放おって置くわけがない。
だからクラウスが俺を見てくれているうちに手に入れてしまいたいと思うなんてやっぱり俺は狡くて欲張りだ。
「良かった。分が悪いのはどう考えたって俺の方だからな?」
そう言ってクラウスは俺の左手を取って薬指のリングにキスをした。
「……そこじゃ足りないよ?」
クラウスが口付けたリングを引き寄せて自分でもキスをした。キスなら唇にして欲しい。
「……まったく。昨日といい、そんな風にねだられたら我慢できないだろう。」
俺のおねだりにクラウスは自分の唇をぺろりと舐め俺の顎を掴んで噛みつくようにキスをした。
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