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本当の結婚
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しおりを挟む司祭様とお話をしているうちに奥の扉から新たな花飾りの付いたトレイをも持ったふたりが現れた。
それを見てせっかく穏やかになった心臓が大きな音をたてる。
「準備も整ったようです。では洗礼式を始めましょうか。」
司祭様が促す手に立ち上がり聖杯の前に歩み出た。
水をたたえた大きな水晶の器を前に心臓が痛いほど早鐘を打つ。
考えた方に自分の運命が引き込まれてしまうようで嫌なのにこればかりはどうしようもない。
「やめても構わない。俺の気持ちは絶対に変わらない。」
後ろからクラウスが俺を抱きしめて俺の耳にだけ届く声で囁いた。
俺の身長は決して低くはないのにクラウスの肩にやっと届く。だから抱きしめてくれた両腕を掴まえて真上を見上げれば逆さまのクラウスの顔が覗き込む。
「……やめないよ。でも怖いから傍にいてね。」
クラウスと離れたくない、離したくない。一緒にいたい。
「大丈夫、見た目程痛くありませんよ。」
司祭様はクラウスにすがり『怖い』と言ったのを針の所為だと思ったみたいだ。思わずキョトンとしてしまったから怖がってるのは針ではないと気づかれてしまった。
「ご安心を。洗礼を受ける年齢に関係なく、神は等しく祝福を授けてくださいます。私事で大変恐縮ですが実は私はこの冬月を持ちまして後継に道を譲る事になっております。そして儀典を担当するのは本日が最後なのです。先程も申しましたが祝福が重なるのは稀なこと、そこに更にあなたの洗礼式とはまさに吉兆としか言いようがないと思いませんか?本日王都に響く3度の鐘に誰もが同じ様に思う事でしょう。」
司祭様の言葉に介助の4人も頷いた。
俺を落ち着かせるように話す司祭様達が、注射を怖がるのをなだめるお医者さんと看護師さんに見えてしまいなんだか急に照れくさくなった。
クラウスの腕の中に収まったまま深く深く深呼吸をして胸に詰まった不安を全部吐き出した。
「お願いします。」
はっきり言えば今の俺はクラウスの腕にしがみついているから自分でキリッとしたつもりでも格好は付いていない。
だけど司祭様は温かく微笑んで頷いてその横に儀式を介助してくれるふたりが立った。
結婚用のは銀のトレイに青と白の花飾りが付いていて細く長い針と細長い匙にはそれぞれ青と白のリボンが一緒に結んであった。
洗礼用の方は真っ白な小花の花飾りに小さな針と小さな匙に真っ白なリボンが結んである。
「これより神の『愛し子』トウヤの洗礼の儀を執り行います。」
大聖堂に司祭様の声が響く。
介助の人が差し出したトレイから小さな針を司祭様が受け取り俺の耳朶にちくんと刺した。
直前にクラウスが俺の耳朶を指で挟んで冷たくしてくれたから痛みは殆ど感じない。
小さな針を小さな匙に持ち替えて耳朶からすくった血を司祭様が見せてくれた。
銀の匙の上でビーズの様な赤い俺の血が揺れている。
「クラウス、俺やっぱり少し怖い。」
身体の向きをかえクラウスに抱きついた。
神様が等しく祝福をくれるなら俺にもその祝福を与えてください。
俺をこの世界の『愛し子』に加えてください。
「導かれてここに来たんだ。大丈夫、きっと上手くいく。」
祈る気持ちで匙の行方を目で追う俺をぎゅうっと抱きしめてクラウスが励ましてくれる。耳元でクラウスの心臓もいつもより少しだけ早く鳴っていた。
──そう、大丈夫。きっと上手くいく。
そしてクラウスと結婚して一緒に帰るんだ。俺の大切な『桜の庭』の所へ───
息を呑み見つめる先で俺の血をすくい取った匙を司祭様が聖杯の水の中に入れくるりと大きく輪を描いた。
そして聖杯の水がキラキラと白く輝き出す────はずだった。
静かな大聖堂の中にカシャーンと乾いた音が響く。それは司祭様が匙を床に落とした音だった。
「────なんと言う事だ。」
さっきまで笑顔だった司祭様の顔は驚きを隠せず、声は震えていた。
聖杯に入った俺の血に反応して中の水は確かにキラキラと煌めいて、器となる水晶もそれに応えるように光を拡散した。
───その透明な水を、光を、赤く染めて。
その淡い赤い光がクラウスの腕の中の俺を包み込み、教会の鐘が音を立て始めた。
そしてそれは高らかに響く洗礼の鐘の音とは真逆で、まるで地面を揺らすようなすごく、ものすごく低い音だった。
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