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本当の結婚
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しおりを挟む聖杯までの数メートルがとても長く感じた。
今日の事は沢山悩んで決め事だ。そしてたとえ今逃げ出したとしても俺はきっとここに戻ってくる。
ここは俺がこの先をクラウスとこの世界で生きていくためには避けられない場所。
そしてこの世界で手に入れた沢山の幸せが終わってしまうかも知れない場所。
強く握った左手を同じ様に握り返してくれるクラウスの左手と護るように俺の背中から腰を抱く右腕がアルフ様の時と同じ様に前に進み出る勇気をくれる。
今も俺を見つめるこの空の蒼色の瞳は最初からずっと優しかったのにあの時の俺は沢山間違えていて、この優しい人から離れ、ひとりで立っていなければいけないと思い込んでいた。
でも今は違う。この腕は俺を離さないでいてくれると確信がある。そして俺を見守っているのはクラウスだけじゃない。
俺に足りなかった勇気ももらった。
だからもう『最悪』は考えない。
お姉さんの後に続いてゆっくりと長椅子の真ん中の通路を進み、司祭様の待つ聖杯のある広い空間に歩み出た。
そしてお姉さんから俺達の『婚姻申請書』を受け取った司祭様は手元の用紙に目を向けた後俺達に視線を移し、とてもあたたかい笑顔で微笑んだ。
白い詰め襟に金糸の刺繍の入ったローブを身につけたその人はあたたかい笑顔も相まってノートンさんと同じくらいのお年に見えた。
「洗礼の儀に続いて結婚の儀だなんて……司祭人生最後の日に祝福が重なるとはなんとも幸せな事だ。」
「ええ、とても素晴らしい日ですわ。」
そう言葉を交わすとお姉さんは俺達に「お幸せに」と笑顔で声を掛け大聖堂を後にした。
「では儀式の準備が整うまで少しお話をいたしましょう。」
司祭様の招きで聖杯に一番近い席に座った。
もう少しでクラウスの膝の上に乗せられそうになってさすがに人前でそれは照れ臭くて慌てて隣りに座った。
けれどその右手はさっきと同じ様に俺を抱き寄せて左手は俺の左手を握ってくれている。
「クラウス=ルーデンベルクさん、そしてトウヤ=サクラギさん。私は本日おふたりの結婚に立ち会わせて頂く王都教会司祭、サミュエラルと申します。若い二人の門出にこんな年寄が立会人で申し訳ないのだけれどこれでも一応首席を務めさせてもらっているので安心してください。」
「こちらこそ私達の結婚に高位の司祭様に立ち会って頂けて光栄です。」
「よろしくお願いします。」
クラウスの隣で同じ様に背筋を伸ばす。
「日頃の祝福の鐘の音でお判りかも知れませんが王都広しと言えど子供の誕生や結婚する者が毎日のようにあるわけではありません。今日の様に祝福が重なるのはとても稀なことです。先程の愛し子が本日洗礼を受けたこと、あなた方ふたりが今日ここに来られたこと、それらは全て神の導きです。そしてこの佳き日に立ち会える私はとてもとても幸せ者です。」
緊張している俺達の気分をほぐすように司祭様はウインクして見せた。それにまんまとつられてしまう。
「さて、学生の時に習ったかも知れませんが結婚の祝福については双方理解し、納得しておられますか?」
「「はい。」」
「婚姻の祝福によりこれより先の人生を共に歩む覚悟はありますか?もうよそ見はできませんよ?」
「はい。」
「よそ見をする必要はありません。」
そう言ってクラウスは俺の左手のリングに口付けた。
司祭様が俺達の顔を見て頷くと奥の2つの扉からそれぞれ2人ずつ、司祭様と同じ白い詰め襟りと白いローブの人達が花の飾りのついた銀色のトレイを持って現れた。
「こちらの者達が式典の介助を行います。では準備も整ったようなのでおふたりが納得されたならこれより結婚の儀を執り行ないましょう。」
「あの……」
「はい。何かありましたか?」
「もしも……もしも洗礼を受けていなかったとしたら…それでも結婚できますか?」
その質問に介助の4人の若い人達が顔を見合わせた。そんな事この世界ではありえないのだろう。当然司祭様もすこし困った顔になった。
「───いいえ、それはできません。なぜなら洗礼を受けていないと神がおふたりを結びつける事ができないからです。ですからもしおふたりのどちらか、あるいはおふたりともそうであるならばまずは洗礼式を受けていただかねばなりません。」
なんとなく、そうなんじゃないかと思っていた。
でも、もしかしたらこの世界の人間であるクラウスと結婚することで異世界から来た俺もこの世界の人間に入れて貰えるんじゃないかとも思ったりした。
だけどやっぱりそんな風に俺に都合良くは出来てない。クラウスと結婚するにはまずは俺がこの世界に認めてもらわなくちゃいけないんだ。
でも、大丈夫。それも全部覚悟してここに来たから。
「では先に私の洗礼式をお願いできますか。」
より強く抱き寄せられ、心配そうに見下ろすクラウスに大丈夫だと笑ってみせた。そしてざわめいた4人を司祭様が片手で制した。
「洗礼を受けていないと確信がお在りかな?」
「はい。私はこの国の人間ではありません。そして私の育った所に教会はありませんでした。」
これは本当の事だ。俺のいた世界に同じ神様はいないのだから。
「わかりました、では先に洗礼式を致しましょう。キミ達準備を頼むよ。ああ、結婚の儀も続けて行うからそのままにしておくように。」
司祭様に言われた4人のうち、トレイを持っていないふたりが慌てて奥の扉へ消えて行った。
「不快に思われたでしょうが教育が足りていないのは偏に私の不徳の致すところです。申し訳ありません。」
「いえ、洗礼を受けていないなんて私のほうがおかしいですよね。」
残されたふたりが自分達に変わって頭を下げる司祭様に恐縮して縮こまってしまっていた。なんだか申し訳ない。
「いいえ、少しもおかしなことではありませんよ。洗礼を受けていないと結婚の祝福が得られないとわかっているのは前例があるからに他なりません。大国である我が国フランディールも今でこそこの様に街道も整備されて街の往来も容易くなりましたが私が教会に勤め出した頃はまだまだ道のりは厳しく、その上盗賊や野犬、そして魔獣に襲われることもありました。なので教会の無い辺境に住まわれている方はある程度成長してから洗礼を受ける事も普通でした。昨今のように生まれてまもなく洗礼を受けるのが当然の様になったのも王族の皆さまと国を護る騎士様の弛まぬ努力のおかげでございます。」
少しもおかしくないと言ってくれた司祭様は始めの時と変わらないあたたかい笑顔だった。
その上俺の知ってるアルフ様やクラウスやセオを讃えてくれたみたいで凄く嬉しくなってしまった。
「ふふっ『騎士様のおかげ』だって。」
「からかうな。」
「俺だって騎士様のおかげでここにいるのに?」
それは本当の事かも知れないし《婚姻申請書》の職業欄にクラウスが近衛騎士と書いたからかも知れない。
けれどおかげでクラウスの照れた顔も見れて俺の気分を充分にあげてくれた。
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