迷子の僕の異世界生活

クローナ

文字の大きさ
上 下
207 / 333
本当の結婚

207

しおりを挟む



聖杯までの数メートルがとても長く感じた。

今日の事は沢山悩んで決め事だ。そしてたとえ今逃げ出したとしても俺はきっとここに戻ってくる。

ここは俺がこの先をクラウスとこの世界で生きていくためには避けられない場所。
そしてこの世界で手に入れた沢山の幸せが終わってしまうかも知れない場所。

強く握った左手を同じ様に握り返してくれるクラウスの左手と護るように俺の背中から腰を抱く右腕がアルフ様の時と同じ様に前に進み出る勇気をくれる。

今も俺を見つめるこの空の蒼色の瞳は最初からずっと優しかったのにあの時の俺は沢山間違えていて、この優しい人から離れ、ひとりで立っていなければいけないと思い込んでいた。
でも今は違う。この腕は俺を離さないでいてくれると確信がある。そして俺を見守っているのはクラウスだけじゃない。

俺に足りなかった勇気ももらった。

だからもう『最悪』は考えない。

お姉さんの後に続いてゆっくりと長椅子の真ん中の通路を進み、司祭様の待つ聖杯のある広い空間に歩み出た。

そしてお姉さんから俺達の『婚姻申請書』を受け取った司祭様は手元の用紙に目を向けた後俺達に視線を移し、とてもあたたかい笑顔で微笑んだ。

白い詰め襟に金糸の刺繍の入ったローブを身につけたその人はあたたかい笑顔も相まってノートンさんと同じくらいのお年に見えた。

「洗礼の儀に続いて結婚の儀だなんて……司祭人生最後の日に祝福が重なるとはなんとも幸せな事だ。」

「ええ、とても素晴らしい日ですわ。」

そう言葉を交わすとお姉さんは俺達に「お幸せに」と笑顔で声を掛け大聖堂を後にした。

「では儀式の準備が整うまで少しお話をいたしましょう。」

司祭様の招きで聖杯に一番近い席に座った。
もう少しでクラウスの膝の上に乗せられそうになってさすがに人前でそれは照れ臭くて慌てて隣りに座った。
けれどその右手はさっきと同じ様に俺を抱き寄せて左手は俺の左手を握ってくれている。

「クラウス=ルーデンベルクさん、そしてトウヤ=サクラギさん。私は本日おふたりの結婚に立ち会わせて頂く王都教会司祭、サミュエラルと申します。若い二人の門出にこんな年寄が立会人で申し訳ないのだけれどこれでも一応首席を務めさせてもらっているので安心してください。」

「こちらこそ私達の結婚に高位の司祭様に立ち会って頂けて光栄です。」

「よろしくお願いします。」

クラウスの隣で同じ様に背筋を伸ばす。

「日頃の祝福の鐘の音でお判りかも知れませんが王都広しと言えど子供の誕生や結婚する者が毎日のようにあるわけではありません。今日の様に祝福が重なるのはとても稀なことです。先程の愛し子が本日洗礼を受けたこと、あなた方ふたりが今日ここに来られたこと、それらは全て神の導きです。そしてこの佳き日に立ち会える私はとてもとても幸せ者です。」

緊張している俺達の気分をほぐすように司祭様はウインクして見せた。それにまんまとつられてしまう。

「さて、学生の時に習ったかも知れませんが結婚の祝福については双方理解し、納得しておられますか?」

「「はい。」」

「婚姻の祝福によりこれより先の人生を共に歩む覚悟はありますか?もうよそ見はできませんよ?」

「はい。」

「よそ見をする必要はありません。」

そう言ってクラウスは俺の左手のリングに口付けた。

司祭様が俺達の顔を見て頷くと奥の2つの扉からそれぞれ2人ずつ、司祭様と同じ白い詰め襟りと白いローブの人達が花の飾りのついた銀色のトレイを持って現れた。

「こちらの者達が式典の介助を行います。では準備も整ったようなのでおふたりが納得されたならこれより結婚の儀を執り行ないましょう。」

「あの……」

「はい。何かありましたか?」

「もしも……もしも洗礼を受けていなかったとしたら…それでも結婚できますか?」

その質問に介助の4人の若い人達が顔を見合わせた。そんな事この世界ではありえないのだろう。当然司祭様もすこし困った顔になった。

「───いいえ、それはできません。なぜなら洗礼を受けていないと神がおふたりを結びつける事ができないからです。ですからもしおふたりのどちらか、あるいはおふたりともそうであるならばまずは洗礼式を受けていただかねばなりません。」

なんとなく、そうなんじゃないかと思っていた。

でも、もしかしたらこの世界の人間であるクラウスと結婚することで異世界から来た俺もこの世界の人間に入れて貰えるんじゃないかとも思ったりした。

だけどやっぱりそんな風に俺に都合良くは出来てない。クラウスと結婚するにはまずは俺がこの世界に認めてもらわなくちゃいけないんだ。

でも、大丈夫。それも全部覚悟してここに来たから。

「では先に私の洗礼式をお願いできますか。」

より強く抱き寄せられ、心配そうに見下ろすクラウスに大丈夫だと笑ってみせた。そしてざわめいた4人を司祭様が片手で制した。

「洗礼を受けていないと確信がお在りかな?」

「はい。私はこの国の人間ではありません。そして私の育った所に教会はありませんでした。」

これは本当の事だ。俺のいた世界に同じ神様はいないのだから。

「わかりました、では先に洗礼式を致しましょう。キミ達準備を頼むよ。ああ、結婚の儀も続けて行うからそのままにしておくように。」

司祭様に言われた4人のうち、トレイを持っていないふたりが慌てて奥の扉へ消えて行った。

「不快に思われたでしょうが教育が足りていないのは偏に私の不徳の致すところです。申し訳ありません。」

「いえ、洗礼を受けていないなんて私のほうがおかしいですよね。」

残されたふたりが自分達に変わって頭を下げる司祭様に恐縮して縮こまってしまっていた。なんだか申し訳ない。

「いいえ、少しもおかしなことではありませんよ。洗礼を受けていないと結婚の祝福が得られないとわかっているのは前例があるからに他なりません。大国である我が国フランディールも今でこそこの様に街道も整備されて街の往来も容易くなりましたが私が教会に勤め出した頃はまだまだ道のりは厳しく、その上盗賊や野犬、そして魔獣に襲われることもありました。なので教会の無い辺境に住まわれている方はある程度成長してから洗礼を受ける事も普通でした。昨今のように生まれてまもなく洗礼を受けるのが当然の様になったのも王族の皆さまと国を護る騎士様の弛まぬ努力のおかげでございます。」

少しもおかしくないと言ってくれた司祭様は始めの時と変わらないあたたかい笑顔だった。
その上俺の知ってるアルフ様やクラウスやセオを讃えてくれたみたいで凄く嬉しくなってしまった。

「ふふっ『騎士様のおかげ』だって。」

「からかうな。」

「俺だって騎士様のおかげでここにいるのに?」

それは本当の事かも知れないし《婚姻申請書》の職業欄にクラウスが近衛騎士と書いたからかも知れない。
けれどおかげでクラウスの照れた顔も見れて俺の気分を充分にあげてくれた。 


しおりを挟む
感想 229

あなたにおすすめの小説

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

処理中です...