迷子の僕の異世界生活

クローナ

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本当の結婚

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「それでは1日お借りします。」

「まぁ借りているのは私の方の様な気もするがキミにそう言われるのは気分の良いものだね。ではうちのトウヤ君を頼むよ。今回は年長の子供達も承知してるからトウヤ君も気にせず明後日の朝ゆっくり戻ってきなさい。」

「……はい。」


クラウスは準備が出来るまでノートンさんの執務室で待っていると言った。

昨日のうちに準備はしたし余った時間で部屋も掃除した。一度着た寝間着から外出着に着替え鞄を肩から掛けてコートを手に執務室へ入ると座っていた2人が立ち上がりそんな挨拶をした。

ノートンさんから『うちのトウヤ君』がクラウスに貸出されてしまう。前はトランクの事だったけれど今日は俺の事だ。
その時はおかしくて笑ったけれどこういうのってなんだかすごく照れくさい。照れ隠しに部屋を見渡すけれど探し人はいない。

「セオさんにも直接お願いしたかったんですが……。」

「セオが来るのはもう少し遅くなるだろう。セオも承知の上だから大丈夫だ。ほら、気にしないで早く行きなさい。」

「じゃあ行ってきます。」

「ああ、行っておいで。」

ノートンさんに急かされるように部屋を出た。文字通り押された背中の温もりがあるうちにクラウスが俺の肩から鞄を外し魔法の鞄に入れて手にしていたコートを着せてくれた。そうしてその上からいつものマントを着せる。

「お仕事お疲れ様。」

「冬夜もお疲れ様。」

袖を引いてしゃがんでくれたクラウスにハグとキスををすればそのまま抱き上げてくれる。

「またこのまま宿まで歩くの?」

「嫌か?」

「嫌じゃないよ。むしろ嬉しい。でも重くないの?」

「全然。」

全然、と言われるのは少し複雑だけど負担でないのなら子供扱いではないこの恋人扱いを遠慮する理由がない。

クラウスに抱き上げられたまま『桜の庭』の敷地を出て裏の門扉を閉めた俺はクラウスの首に手を回してそこに顔を埋めた。
もう戻れないかも知れないと不安が湧き上がる。考えないと決めてもこればっかりはどうしようもない。

そんな俺の気持ちをなだめるようにクラウスが俺をぎゅうっと抱きしめて「今日は何してた?」と聞いてくれた。昨日もその前も毎日聞いてくれるけど俺の仕事はいつも同じだ。でも毎日違う子供達の話ならいくらでもある。

そうしているうちに宿に着いた。そこはこの前プロポーズしてくれた時に連れてきてくれた『ちょっといい宿』だ。

「俺、前みたいな宿で充分だよ。」

カウンターの身なりの良いコンシェルジュみたいな人を見た時クラウスの耳元でそう言ったけど却下された。王都に来た頃泊まった宿は冒険者用のモノで防犯は自己責任。ここは一応そうでは無いらしい。

それでも部屋に入ってソファーの上に俺を下ろすと鞄から小さな卵型の宝石箱の様な物を取り出した。
それは光沢のある白地に金の装飾、口金には真紅のルビーがはまっていて蓋を開けるとテーブルの上に置いた。中には碁石ぐらいの大きな魔法石が一つ入っていて蓋を開けた後に一瞬大きく煌めいてその光が部屋中に広がった。

「凄く綺麗だ。クラウス、これなに?」

「それは簡易防犯の魔道具だ。今までも昔ルシウスにもらったのを使ってはいたがこれは護衛対象の外出先で使うものだから。『簡易』と言ってもこれでこの部屋が王城と同じになる。今回のものは近衛騎士隊からの借り物だけど冬夜専用の物ももうすぐできると言っていた。」

借り物ってもしかしたらアルフ様のものかな?そうじゃなくても騎士隊からの借り物と言うことは今日こうしてクラウスと過ごすことユリウス様は知っているんだろうな。
俺がぼんやりとそんな事を考えながらその魔道具に見惚れている間にクラウスは俺からマントとコートを脱がせて自分の物と一緒にハンガーに掛けると俺の横に座った。

「それで?」

「え……?」

「なにか話があるんだろ?」

顔を上げた俺の額にかかる髪をクラウスが長い指で耳にかける。

「なんでわかるの?」

「なんでって…わかるさ。昨日話した時ただ俺といたいって顔じゃなかったからな。」

そう言うとクラウスは俺の左手を取って薬指のリングを親指で撫でながらただじっと俺が口を開くのを待った。
指に慣れ始めた指輪をこうして撫でられれば俺達の結婚の証がそこにあることを意識する。愛おしそうにリングを撫でる仕草をただ嬉しいと思った。
でも指輪を貰う前はこんな事しなかった。だからもしかしたらクラウスも不安なのかも知れない。俺にとってはひと目でわかる結婚の証でもクラウスに取っては違うんだ。

その事に気付いてようやく深呼吸をひとつして口を開いた。

「クラウス、俺……明日教会に行きたい。」

勇気をかき集めて発した言葉にクラウスが綺麗な眉をひそめた。

「───それは俺の為か?」

「ううん、俺の為だよ。」

「……嫌だ、と言ったら?」

「ど……うし…て?」

「冬夜はこの世界の人間じゃないから水晶にはじかれてしまうのが怖いと言っただろ?それは俺も同じだ、神にだってお前を取られたくない。式を挙げなくたって俺は冬夜を愛してる。生涯この気持と変わらず愛し続ける自信ならある。」

考えもしなかった返事がクラウスから返ってきてびっくりしてしまった。だってクラウスは喜んでくれると思ったんだ。挙げ句に神様に取られたくないなんて殺し文句に俺の決心が大きく揺さぶられる。だけどだからこそ教会に行くのだと決めたんだ。

「ありがとうクラウス。でも俺は…俺はねその自信がないんだ。教会へ行かないのは俺が悪いのに今はクラウスが悪く言われてる。俺はひとりだから何を言われても構わないでもクラウスにはクラウスを大切に思う家族がいる。その人達に俺のせいでクラウスが悪く言われるのは嫌なんだ。」

「そんな事誰にも言わせたりしない。」

「うん、知ってる。クラウスはきっとそうしてくれる。ノートンさんに『忙しい』と嘘をついたみたいに。アルフ様やユリウス様やルシウスさんに別の言い訳をした様に。きっとこの先も俺達のことを心配して言ってくれる人に嘘を重ねていく事になる。それが嫌なんだ。俺はクラウスにそんな事をさせる俺が許せない。」

「だからきっといつかそのせいでクラウスを好きなことを諦めてしまう。それが嫌なんだ。俺は欲張りだからクラウスを諦めたくない。だから教会で結婚式を挙げて神様からの祝福を受けてこの先ずっと俺だけを愛して欲しい。だってそうじゃないといつかクラウスが素敵な人に取られちゃうかも知れないでしょう?」

俺の言葉の最後を聞いたクラウスは少しムッとした顔をすると自分の心を覗けと言わんばかりにおでこを合わせて俺と視線を合わせてきた。

「言ったろう?式を挙げなくたって生涯冬夜を愛しぬく自信がある。冬夜は俺の気持ちを疑うのか?」

「クラウスの気持ちを疑ってなんかいないよ。でももう決めたんだ。俺は明日教会へ行ってクラウスと結婚したい。それで誰もが認める伴侶になりたい。」

拗ねたまま目の前にある俺の大好きな空の蒼色の瞳を覗き込んだ。俺の心がどれだけクラウスに奪われてしまったか言葉では言い表せないのだから本当に全部透けて視えてしまえばいいのに。

「クラウスの言う通り、最初は神様が怖くて教会に行きたくないと思った。本当は今も凄く怖い。」

「だったら……」

「でも俺は来ないかもしれない『いつか』を怖がらずに『今』をクラウスと生きて行きたい。教会で無事に結婚式を挙げることが出来たらもう元の世界に戻る不安からも開放されるかも知れない。俺は俺の名前を『始まりの場所』に変えてくれたクラウスと一緒にあの桜が咲くのを見たい。これから先も何年もクラウスの隣で、今と同じ気持ちで。」

「……誓いの言葉を使うなんてお前は本当にずるいな。」

おでこを離し苦笑いしたクラウスは俺をその胸に抱き込んだ。

「わかった、俺は冬夜選んだことを受け入れる。そうだな、もし弾かれるような事になったら誰も知らない場所で町から離れて暮らそうか。幸い俺はそこそこ強い冒険者にもなれるからな。冬夜ひとりならそこそこ裕福な暮らしをさせられる自信があるよ。」

「クラウスは神様が駄目だと言っても俺と一緒にいてくれるの?」

「当たり前だ。でも一つだけ訂正だ、しっかり目を開いて周りをよく見ろ、院長がどれだけ冬夜を大切にしてるかわかってるだろう?それから子供達がどれだけ冬夜を必要としているか、セオもお前を心配してる。それは冬夜も同じだろう?お前はもうひとりじゃない。言っている意味がわかるか?俺と同じ様に冬夜のことを悪く言われたら悲しむ人間が沢山いるって事だ。」

「うん……うん、ありがとうクラウス。」

今夜は泣かないって決めていたのにそんなの反則だ。でも嬉し泣きだから泣かなかったことにしてもいいよね。







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