迷子の僕の異世界生活

クローナ

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クラウスの話 王都編 ㉑


日付けが変わる頃冬夜はようやく小さな寝息を立て始めた。眠ったのを確かめるため小さな頭を撫でれば艷やかな髪でするりと手のひらが滑る。

本音を言えば少なくとも今夜くらいは腕に抱いていたかった。けれど冬夜の気持ちを大切にしてやりたい。

病院を出た時は『桜の庭』に戻るのを躊躇っていたように思ったけれど院長と話すうちに気持ちが変わったようだった。

腕枕を外し枕に寝かせて掛布を被せようとした時に釦の外れかけた喉元のあたりがやけに赤い事に気がついた。

病院でシャツの襟元を緩めた時にそんな跡は無かったはずで、気になり余分に2つ程釦を外してみると首や胸元に何かを強く擦り付けた様な跡が残っていた。
考えられるのは1人で行かせた浴室で身体を洗った時しかない。

「気付いてやれなくてごめん。」

魔法をよく知らない冬夜には治癒士の言葉だけでは不安だったのかも知れない。───いや、そんなのとは関係なく冬夜に自覚があった通りあの香りがあの日の事を鮮明に思い出させてしまったに違いなかった。

あの甘ったるい匂いのたちこめる部屋でベッドに寝かされた冬夜を見つけた時は心臓をえぐられる思いだった。
ピアスが反応した時間から俺が辿り着くまでは四半刻もかかっていない、そしてその間若い治癒士が違和感に気付いてあの男を引き留めていてくれた。
もちろん冬夜の服に乱れもなく、首席治癒士の『診断』でも感知されなかったのだから眠らされた以上の事はされていないのは確かだ。

けれど部屋を移りブレスレットの効果で目を醒ました冬夜にユリウスが簡単な説明をした後顔色を変えた。
その直後、喉奥から小さな悲鳴が上がり冬夜の瞳が俺を映さなくなってしまった。

俺の耳の奥にマデリンの病院で聞いた怒りを含んだ叫びとは違う、あの男に恐怖して身体を大きく震わせ『助けて』と泣きながら俺の名前を呼ぶ冬夜の声がまだ残っている。

自ら治癒魔法を使えば簡単に消えてしまうのに赤く残ってると言う事は痕が残る程擦り付けた事に冬夜自身が気付いていないのだろう。

「相変わらず嘘つきだな。全然『平気』じゃないだろうが。」

掛布の中に手を忍び込ませ小さな手を握った。

この小さな手の持ち主は他人ばかり気遣って自分のことはこうして辛い出来事も飲み込んで自己完結させることに馴れてしまっている。こんな風に自分で傷を付けるくらいなら俺がいくらでも『上書き』してやるのに。

相変わらず至らない自分を情けなく思いながら、それでも今は穏やかな顔で眠っている姿に少しは気分を変えてやれたかと思い救われる。
冬夜の望んだ様に普段と同じ平気な様子を見せるのなら言われた通りに帰るべきだ。けれど名残惜しくてなかなか傍らを離れられない。

しばらく穏やかに眠る冬夜の寝顔を眺めていると不意に廊下の灯りが差し込んだ。開いた扉に目を向けるとそこには小さな侵入者がいた。

俺に目もくれず寝ぼけたままベッドに手をかける。せっかく眠ったのに、とつい膝の上に抱き上げた。

「あれぇ?おにいちゃんなんでいるの?」

急に掴まれたにも関わらずディノは怖がりもしないで寝ぼけながらも俺を認識するとそのままうつらうつらとし始めた。

「冬夜を送ってきた。お前は?」

「でぃのねぇとおやのかおがみたかったの……でもおにいちゃん、とおやのにおいがする。」

そう言うとおおきな欠伸を一つして腕の中に収まって眠ってしまった。さっきまで俺の腕の中にいたから香りが残っていたのかも知れない。こんな姿キールが見たら大笑いしそうだ。

「俺の代わりに傍にいてやってくれ、頼んだぞ。」

眠ったディノにそう言い聞かせ冬夜の隣に小さな身体を差し入れた。

「ん……ディノ?来てくれたの?ふふっ……。」

さっき俺が触ってもピクリともしなかった癖に寝ぼけながら小さな侵入者を警戒もせずふわりと抱き込んでおでこにキスを落とすと満足そうに笑って再び寝息を立て始める。

やっぱりここが冬夜の大切な居場所なのだと目の当たりにした俺は小さなディノに冬夜を託し騎士服を着て再び院長の元へ向かった。







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