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報告と警告
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しおりを挟む薄明かりの中、見慣れない天井の部屋で目が醒めた。
俺の手を握ってくれていたクラウスが教会の中にある治癒棟の病室だと教えてくれた。どうやら俺は気を失ってしまったみたいだ。
クラウスが俺の身体を起こしてコップにお水を入れて手渡してくれた。それを全部飲み干して自分がとても喉が乾いていた事を知った。
「話しをしても良いか?」
空になったコップをサイドテーブルに置いたクラウスが様子を伺う様にじっと見つめる。そう、結局俺は自分の身に何が起きたのか知らない。
なぜクラウスの腕の中にいたのか。なぜカイが泣いていたのか。なぜあの時を思い出してしまったのか。
そう言えば、と自分の服の胸元に手をやった。汚れたはずだ。でも上着こそ脱がされていたけれど朝着替えた俺のシャツのままだった。
「魔法できれいになってるから大丈夫だ。」
首をかしげた俺の肩に秘密を教えながらカーディガンを掛けてくれた。
「そんな便利な魔法があるなんて知らなかった。」
それが使えたら洗濯も掃除も随分時短が出来る。そう思ったのがバレてしまったみたいで「俺は使えないんだ。」ってクラウスが申し訳無さそうに返事をした。
「な~んだ、残念。」
ふふって笑ったら。クラウスが俺の両手を握ってもう一度聞いてきた。
「話しをしてもいいか冬夜。」
俺が頷くとクラウスがゆっくりと話し始めた。
俺が渡されたリトナからの手紙がルーデンス先生の嘘だったこと。それに俺がまんまと騙されて『お守り』を外してしまった事。けれどそれがクラウスのピアスに伝わってすぐに来てくれたこと。そしてクラウスが来るまでの間俺が何もされずに済んだのはカイとリトナが怪我をしながらもルーデンス先生を引き留めていてくれたからだと言うこと。
なぜルーデンス先生が俺にそんな事をしたのかはまだ取り調べ中ではっきりしていないらしい。
でもどうしても聞いておきたいことがあった。
「あのさ、あの甘い匂いの事なんだけど……。」
「───ルーデンスはあの男の身内だ。」
言いたくなさそうに口にしたその一言でわかってしまった。なぜあの時を思い出したのか。自分を責めて泣いていたカイとリトナが助けてくれなかったらあの時のようなことをされていたんだろうか。だけど自分がウォールの時よりも酷いパニックを起こした事に理由があったことにどこかほっとしてた。
身震いがしてそれを逃したくて繋いでるクラウスの手をぎゅっと握ったらその手をクラウスが親指で撫でてくれた。
「どうしてブレスレットを外したんだ?」
そう聞かれて顔を上げたらクラウスが責めるでも怒るでもなく綺麗な空の蒼色の瞳で俺をじっと見ていた。
「……治療に使ってる魔道具に悪い影響があるからカイさんのお見舞いが出来ないって言われたんだ。でも俺どうしてもカイさんの顔が見たくて……。」
「そうか。」
そんな俺の答えにもやっぱり責めるでも怒るでもない。俺の両手の甲を撫でる指は優しくて髪を撫でられてる時と同じだと思った。
クラウスの腕の中で目覚めた時は過去の記憶に囚われてパニックを起こしてしまったけれど今はもう大丈夫だ。その代わりに自分の行動をちゃんと思い出せる。
今思えばルーデンス先生と教会の前で会った時から小さな違和感はいくつかあったのに気付けなかった。そして最後に逃げられるチャンスを与えられながら自分で選んだ。『お守り』を外したのは俺の意思だった。
「……ごめんクラウス……ごめんなさい。」
「謝らなくていい、冬夜は何も悪くないんだ。でもこれは俺だ、側にいない間冬夜を護る俺なんだ。だからもう二度と外さないでくれ。この先誰かにまた同じ事を言われても他の誰でもなく俺を選んでくれ。」
「うん、もう二度と外さない。クラウスとずっと一緒にいる。」
「絶対だぞ?約束だからな。」
クラウスは俺の頭をがしがしと強めに撫で満足気に笑った。それから俺の涙が止まったのを確認すると俺に断りを入れてから女性を1人招き入れた。
「お初にお目にかかります治癒魔法士トウヤ殿。私は王都教会首席治癒士テレシアと申します。」
白い金糸のローブに一瞬身を固くした俺に深々と頭を下げた女性はこの教会の治癒士の一番偉い人だけどそれほど年配でも無かった。そして俺を『治癒魔法士』と呼んだ。
俺の為に王国近衛騎士が2人も現れた事は誤魔化しようがなくその場にいた人達やそこにいるのが俺だと知っている人に口止めをした上でアルフ様の庇護下にいる事を話し、騒ぎの起きた教会の偉い人にはその理由も話すしかなかったらしい。
「この度は王都教会所属治癒士が大変申し訳ありませんでした。トウヤ殿が気を失われた後診察をさせて頂きました。眠らされている間に何も無かった事を私が保証致します。使用された薬の影響もその腕の魔道具により取り去られております。ご安心下さい。ですが……精神的なモノについては治癒魔法は効果がありません。こればかりはご了承下さい。」
「あの…」
「なんでございましょう。」
「カイさんとリトナさんはどうしてますか?僕の為に怪我をしたと聞きました。」
「廊下で控えております。許可をいただければ顔をお見せできます。」
すぐ横に立っているクラウスを見たら頷いて答えをくれた。
「お願いします。お2人に会いたいです。」
そう言うとテレシアさん自ら扉に向かい2人を招き入れてくれた。
部屋に入ってきたカイはすっかりいつもの元気をなくしていた。ひょこひょこと左足をかばって歩くカイを支えるリトナの左腕は布で固定されていた。
「僕が無事だったのはお二人のお陰だったと聞きました。ありがとうございます。怪我の具合はどうですか?」
何も話さずうつむく2人にそう声をかけるとはっと顔を上げたカイの瞳からぽろぽろと涙が溢れて来た。
「ごめんなさいトウヤさん僕のせいでこんな…こんな…」
「僕だけでも『桜の庭』に行っていればこんな事起きなかったのに。すいませんでした。」
2人が『桜の庭』に来なかったのもルーデンス先生が画策したと聞いた。2人は何も悪くない。それどころか怪我までして俺を護ってくれた上に自分たちを責めている。
「あの……怪我はそんなに酷いものなんですか?」
「いえ。ですがトウヤ殿が目覚めるまでは、と二人ともまだ治癒を受けておりません。」
テレシアさんの言葉に胸が詰まる思いがした。
「いい?クラウス。」
「冬夜が望むなら。」
そう言ってくれると思ってた。
ここには治癒士が沢山いて2人の怪我も簡単に治るのだろう。それなのにカイとリトナは自分を責めて今まで痛みを放っておいた。毎日食事を届けてくれて、たかが紅茶一杯で俺の話し相手をしてくれて、嘘だったけれど今回のお見舞いはもらってばかりの俺にできる唯一の恩返しのつもりだったのに、心も身体もこんなにも2人を傷つけてしまった。
俺に近寄ろうとしない2人にベッドから降りて近づいた。両手を差し出すと躊躇いながらその手にそれぞれの手を重ねてくれた。
「カイさんが大変な病気じゃなくて良かったです。今日は本当にありがとうございました。お返しにこんな事しか出来ませんがまた『桜の庭』に来て下さい。お二人じゃないとわがまま言えないじゃないですか。」
2人にいつもの笑顔に戻って欲しい。俺の為にの受けた怪我を治してあげたい。また一緒紅茶を飲んでお喋りしたい。大事な大事な俺の友達。
「トウヤさん…‥。」
「『こんなこと』って……え!?」
カイは涙でぐずぐずだけどリトナが驚いてくれたということは上手く治癒が出来たんだ。
「話しながらしかも2人同時とは……王国の保護下に置かれるのも納得ですわね。」
「トウヤさんは凄い治癒士だったんですね。」
ほうっ…とため息をついたテレシアさんの言葉にリトナが続いた。
「いえ……僕は『桜の庭』の従業員です。……たぶん。」
まだ、そうしていられるだろうか。自信がなくて2人の手を離しクラウスの側に逃げ出した。
「それでは私達はこれで失礼致します。トウヤ殿また御用始めの儀でお会いいたしましょう。」
最後までカイの笑顔は見れなかった。
2人きりになった部屋で俺は改めて隣に立つクラウスをみた。上下共に白の騎士服は襟元や袖口に金糸の刺繍が施され金の飾釦が2列に並んでいる。ユリウス様と同じなのに赤の騎士服と色以外それ程違いは無いのにキラキラと眩しくて近寄り難い。どうしても近寄れないあと一歩をあっさり詰めると俺の身体をいとも簡単に抱き上げてベッドの上に座らせた。それはさっきベッドから降りるときに足が着かなくて少し飛び降りたからだ。
「あの……。」
「なんだ?」
「まだここにいないと駄目かな?」
「『桜の庭』へ帰りたいか?」
ここには居たくない。
カイとリトナに会ったら『桜の庭』の事が気になった。干しっぱなしの洗濯物や子供達の夕飯。ベッドのシーツや子供達のシャワー。ノートンさんもきっと心配してる。
あそこには俺の仕事は沢山ある。だけど……気になりはするけれど今は自分の事で精一杯だ。それに何もされて無いとはいえなんだか自分が酷く汚れている気がした。
こんな身体で子供達に触りたくない。まとわり付いているような気持ち悪さをお風呂に入ってきれいにしたい。だけど────
「ノートンさんに会いたい。」
そう口にした俺にクラウスは「わかった」と頷いた。
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