178 / 333
報告と警告
178
しおりを挟むクラウスを見送った後急いで台所へ向かうとワゴンを押して出てきた2人と入り口で鉢合わせた。
「カイさんリトナさんおはようございます。遅くなってすみません。」
「おはようございますトウヤさん。お寝坊ですか?珍しいですね、トウヤさんはいないしノートンさんは早くいらっしゃるしで驚いちゃいました。」
「本当ですよ。今朝はトウヤさんの淹れてくれるお茶飲みそこなっちゃったな。」
カイとリトナはこんな日でもいつもと変わらず元気な声と笑顔で挨拶をしてくれた。
「遅くなってすみません。おふたりさえ良かったらお昼にお茶を用意してお待ちしてますね。」
『桜の庭』に来て以来毎日顔を合わせる2人と朝のお茶を飲みながら話す雑談でノートンさんに聞くほどではないけれど疑問に感じるこの世界の理を知る事が沢山あった。
たまに作るお菓子の材料やセオが来た時に量を賄うための卵などは2人がよく気にして持ってきてくれるものだし、会った事のない料理長さんからしょっちゅう果物を頂いたり、先日のように広場に遊びに行くのならとお弁当を提案し頼んでくれたのもカイとリトナなのだ。
勝手に『茶飲み友達』と思ってたけれど朝のお茶の時間を2人も楽しみにしてくれている事を改めて知れて嬉しい。
「やだな、冗談ですよ。また明日の朝頂きますね。それより大丈夫ですか?トウヤさんが僕達に何も言わず朝お見えにならないのは初めてだったので体調でも崩されたのかと心配しました。」
「ええ、こんな早朝から裏門に馬もあったのでなにかあったのかと。今もノートンさんが何も教えてくれないからカイなんてトウヤさんが恋人と朝帰りでもしたんじゃないかって冗談を言って追い出された所なんですが……トウヤさん、お顔が赤いですけどまさか……本当に?」
「いや、えっと…その…。」
リトナの言葉に面食らってしまった。カイが冗談で言った事が事実だから。事実なんだけど『朝帰り』なんてなんだか言葉の響きが別の意味を含んでいるみたいで……
「まだいたのか、キミ達も仕事があるだろう、さっさと戻りたまえ。」
「は、はい!じゃあまたお昼に来ますね。」
廊下の声に気付いたノートンさんにいつものようにどやされて顔の紅い俺を残して2人は慌てて戻って行った。
お昼少し前、今朝の代わりにカイとリトナにお茶を用意して待ったいたけれど来たのはリトナひとりだった。俺が『桜の庭』に来て最初の日以来の事だった。
「カイさんは別のお仕事ですか?」
「ええ、まぁ。そんな所です。」
「じゃあカイさんの分のクッキーは夕方にしますね。」
「いえ…だったら僕の分も一緒に包んではいただけませんか?」
戸棚にお皿をしまおうとしたらリトナはそう言って「カイは夜も来ないと思う」と続けた。
「……実はトウヤさんに恋人がいらしたのが随分ショックだったみたいでしばらくは僕ひとりで来ることになりそうです。おかげでこうしてトウヤさんと二人きりだなんて嬉しいですね。カイは馬鹿だなぁ。あ、でも元々一人分の仕事なのでこちらにはご迷惑おかけしませんよ。」
にこりと笑いそう言うとリトナは持ってきた昼食を手早く台所のテーブルにのせ、代わりに朝食で使ったトレイ等をワゴンに乗せると時間がないからと立ったまま紅茶を流し込んで足早に教会へ戻って行ってしまった。
ひとりで作業するリトナがやけに慌ただしくしていたから俺はカイの来ない理由を『冗談ですよね?』と返しそびれてしまった。
そして夕飯時にはリトナも来なかった。まったく初めての人達が運んできてくれたことで自己紹介が長引いてしまい結局2人が来れなかった理由を確かめる事が出来ないままだった。
「カイさんとリトナさんどうしたんでしょうか。」
しばらく僕がひとりで来ると言ったリトナすら来ない事に付き合いの長いノートンさんなら何か理由を知っているかもしれないと思って尋ねてみた。
「そうだね、彼らの仕事は見習いとは言ってもれっきとした治癒士だから来られない用が出来たのかも知れないよ。それに食事を運ぶ事なら元々キミが来るまでは入れ替わりで誰かが来ていたんだ。それが2人でなくとも不思議じゃないさ。まぁ確かにカイとリトナはその中でも治癒士として腕が立つからなるべく来てもらう様に教会に頼んであるし子供達もよくお世話になっていたけれどね。ただこれは治癒士見習いの仕事だから彼らもそろそろ給仕から卒業かもしれないな。だからカイやリトナでなくとも別に不思議なことじゃないんだからトウヤ君が心配する程の事でもないさ。また明日の朝ひょっこり来るんじゃないのか?」
夕飯の後片付けを手伝いながらノートンさんがそう話してくれたのでやっぱりリトナが昼間言ったのはいつもの軽口で2人が来ないことには別の理由がちゃんとある。それにあの時リトナも笑っていたしやっぱり冗談だったのだと思うことにした。
ただ、せっかく出来た『茶飲み友達』と今日一緒にお茶が飲めなかった事が寂しかったから明日の朝のお茶請けには長く話せるようにいつもより多めにクッキーを用意することに決めた。
子供達が眠って1日の仕事を終え、部屋に戻ってしばらくしたらドアをノックする音がした。
ノートンさんだと思って開けたドアの前にいたのがクラウスだったのでめちゃめちゃびっくりした。
「どうしたの?」
「ちょとな。院長が呼んできていいって言うから遠慮なくそうさせて貰った。」
そう言ってニヤって笑うと俺の唇を奪ってすぐに抱き上げられてしまった。文句を言おうにもここでは子供達に聞こえてしまう。マリーとレインはまだ起きているかもしれないんだ。
「恥ずかしいからみんながいるところではしないで。」
階段を降りた所でようやく小声で言うことが出来た。
「誰もいなかっただろう?それに仕事でお疲れのおよめさんを労いたいんだよ。」
これっぽっちも俺に悪いなんて思ってない顔でそう言って俺のリングにキスをされたらなんにも言えない。それに『嫌か?』って聞かれた所で見られたら恥ずかしいだけであって少しも嫌じゃないからそう聞くのはずるい。結局俺はふくれっ面のまま抱っこされてノートンさんの部屋の前まで連れて行かれてしまった。
「あ、俺寝間着のままだ。」
そう言ってノックをためらった俺に『院長だけなら許す』ってクラウスが苦笑いした。そんな風にしていたから結局何故クラウスが来たのかわからないままノートンさんの執務室にお邪魔する事になった。
147
お気に入りに追加
6,529
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった
藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。
毎週水曜に更新予定です。
宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない
時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。
通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。
黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。
騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない?
◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。
◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる