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すれ違いの中で
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ⑳
王都警備から戻るとセオは医務室で手当を受けた後眠っていてオースターが上手く言ったとしたり顔だった。
「セオのやつ随分強くなったなぁ。手加減するにも骨が折れたぜ。お前を失うのは痛手だが充分代わりになるだろう。」
顎の下に蓄えたひげを撫でながら体を揺らして嬉しそうに笑う。
「───俺の方はまだわからんさ。」
「何言ってんだ情けないことを言うな。俺達では相手にならないとわかってるからユリウスがお前の鍛錬の相手を買って出ているんだろう?」
「セオと一緒で手加減されまくりだけどな。」
「当たり前だ、手加減されなきゃお前こそ怪我して試験どころじゃなくなるぞ。あいつと互角にやれるのなんてアルフレッド皇子くらいだろうさ。ありゃ二人ともバケモンだからな。今夜も行くんだろう?お前も充分やれてる、あんまり無理するなよ。」
「───はい。」
オースターのこの気安い態度は決して不敬なのではなく学生時代を兄ユリウスと共に友人としてアルフレッド様と過ごしたからだ。2人の強さをずっと間近で見てきている。慰めと心配に敬意を表せば身震いされてしまった。
その後、目を醒ましたセオにキールがディノの脱走からトウヤの泣いた所までを伝えれば慌てて騎士舎を飛び出して行った。
俺は近衛騎士への昇格試験を受けさせて欲しいと申し出た翌日から、任務が終わった後城の闘技場でユリウスに手合わせをしてもらっている。だが俺がトウヤの飾り紐を外したことを知ってあの時の様な模擬戦ではなく俺が途中で投げ出した魔法と剣術の指南が中心になった。けれど物足りなさなど感じはしない。兄の強さに基礎があることを改めて教えられている。
濃密な稽古を付けて貰った後、疲れきった身体を馬に預けた俺は行き先を騎士宿舎ではなく王都の東にある林に向けた。
街道から少し逸れた場所に馬を待たせそこからは徒歩で向う。しばらく歩けば木々がひらけた場所に一本の大きな桜の木が見えてくる。
まるでこの木を讃えるかのようにぽっかり空いた空間に佇む一本の桜。初めてここに迷い込んだ時は満開の桜の花の美しさに息を呑んだのを今でも覚えている。
3年振りに訪れたこの場所は子供の頃の俺の逃げ場だった。学校に入るまで家族に愛され兄達と差があるなんて知ることもなかった俺が初めて感じた劣等感に逃げ出し迷い込んだのがこの場所だった。
それからも悩むたび、迷うたびに訪れては初めてみた時の春の夜空に悠然と枝を伸ばし誰も知らない林の奥でひっそりと咲き誇る桜を思い出し自分もこうなりたいと願った。
やがてキールやソフィアの様に俺を俺として見てくれる友人と出会いこの場所に来るのは桜の咲く時期に1年の報告をする程度になった。
今夜ここに来たのは昼間院長に言われた言葉の意味をゆっくりと考えるためだった。
けれどこうして冬の夜空の下で改めて見る冬枯れの桜はなんて淋しいのだろう。何度か見せてくれたトウヤの笑顔がこの桜の花の様だと思っていたけれど今のこの桜もまたトウヤに重なるのは昼間見た姿のせいだ。
また俺は何かを間違えているのだろうか。
迷う俺にトウヤを護る最善の方法を逸早く提案した院長も、そうなれば『桜の庭』いられなくなると心配したセオもトウヤのことを心から大切にしていることがよくわかった。そして何かに付けて話題に上る子供達。自分の力で手に入れた居場所で幸せに、心穏やかに暮らしていると思っていた。
いや、実際そうなんだろう。けれど……
『この意味をよく考えるといい。』
院長に言われた言葉が頭に響く。
『そう見えているならキミは勘違いをしている』
───何を?
『あんなふうに泣くのを見るのは私も含め皆初めてだ。』
───あんなふうに泣くのを見るのは俺だって2度めだ。
『子供達などトウヤ君の笑顔しか知らないから。』
『今更変われませんよ。』
院長の言葉にずっと前に聞いたトウヤの声が重なった。
病院であんな目に合いながらもよそ行きの大人びた顔で『平気だ』と笑ってみせた。これまでの生き方がそうした方が楽なのだと言った。
思い出したトウヤの悲しみに満ちた声に俺の勘違いがようやくわかった。
トウヤは結局変わっていないのだ。院長やセオを信頼していないからではなくそれが本来のトウヤの生き方なんだ。
あの院長の口振りはきっとそんなトウヤに気付いているのだろう。だけど俺のように強引にトウヤの心を暴いたりしない。今日のように見守るんだ、ただずっと目を離さないように。
「あ~もう、何やってんだ俺は。」
たったひとりで立っている様に見えたのも捨て猫の様だと思ったのも間違いじゃなかった。
トウヤは自分から甘えることが出来ないのに一歩引いた俺に求めないのは必要ないからだと思っていた。城での揺るがない姿になんでもひとりで出来てしまうのだと。だから大丈夫なのだと。
俺の勘違いがこれなのだとしたら突然自分に現れた治癒魔法が争いの原因になると言われ子供達が危険にさらされると脅され不安でたまらないトウヤを1人にしたのと同じだ。
院長に切欠をもらってようやく気づくことが出来た。あれだけ強引にトウヤの心を自分に向けさせておきながらいまさら怖気づいて、結果小さなディノにすがって泣き崩れるほどにトウヤを追い詰めた自分が情けない。
『優しくしてやる』なんて言いながらトウヤの優しさに甘えているのは俺ばかりだ。
目の前に独り立つ冬枯れの桜を改めて見る。トウヤが作り笑いをしないのは俺の前だけで、だけどその俺にすらろくに甘えないのならトウヤの人生がこんな場所から始まったのだと知っているのもまた俺だけなのかも知れない。
サクラギ、トウヤ。その名前は寒い冬の夜、桜の木の下に名無しで捨てられたからだと。だから桜も自分の名前も嫌いなのだと俺の横で静かに泣いていた。
「……桜の木、冬の夜。」
「───冬夜。」
意味をなぞり名を呼べば愛しさが増す。
名前を呼んだその時、左耳に柔らかな熱を感じた。そばに手のひらをかざせば夜の闇の中でピアスが桜色に煌めくのがわかった。
昼間何もしてやらなかった俺に今夜も変わらず口づけを送ってくれるのか?
愛しさがこみ上げ胸が熱くなる。返事の代わりにピアスを指先で撫で冬夜を想う。
「ありがとう冬夜、こんな情けない男に毎日想いを伝えてくれて。しばらく会えなくてすまない。絶対に昇格して護衛騎士の権利を手に入れる。必ず冬夜に返すよ───愛を。」
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