迷子の僕の異世界生活

クローナ

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すれ違いの中で

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クラウスの話 王都編 ⑱


何も決まっていなかったから別れ際に『逢えない』としか言えなかった事を後悔したのは『桜の庭』の子供を抱きしめて泣くトウヤを目にした時だった。



「何だあのちっこいの。」

警備のために騎士隊の通用口を先に出たキールがすぐ横の大門の方へ首を向けてそう言った。俺も続いて外に出れば小さな子供が格子にピッタリ顔を付けて中を一生懸命覗いていた。

「お~い。坊主ひとりか?母ちゃんは?」

キールがすぐとなりへしゃがみ込んで話しかけるとその子供はプイッと横を向いてしまった。小さな子供の知り合いなんていないのになんとなく見覚えがあるような気がするなんて変な話だと思いながら子供の相手は人好きのするキールに任せて様子を見ることにした。

「こんにちは。まだおはようかな?近所の子?」

「ひとりかい?お母さんかお父さんは近くにいるのか?」

話しかけても格子に顔をくっつけたままこちらを見ようともしない。

「いないのか?やっぱり迷子かな?」

「まいごとちがうもん、せおにあいにきたんだもん。」

ようやく反応したかと思ったらセオの名前が出て俺達は顔を見合わせた。セオの知り合いの子供と言ったら考えられるのは一つだけだ。

「じゃあもしかして『桜の庭』の子か?名前はなんていうんだい?」

キールの問いかけに開きかけた口を慌てて閉じた。

「……しらないひとになまえおしえちゃだめだもん。」

「まいったな、確認しようにも今あいつ模擬戦してるからな。」

セオは今日は非番を利用して昇格試験の本番に向けて赤騎士の団長相手に模擬戦をしてもらっていた。以前なら『桜の庭』に行っていた事だろうがそうしなかった理由は討伐遠征の後満足に剣を握れなかったことに焦りを感じているからの様だった。
とは言えセオがあまりに根を詰めるので今日はオースターが『言い聞かせる』なんて言っていた。もちろん腕力で。コンディションの悪い状態でやっても怪我をするだけだ。今夜一晩大人しくするくらいにはダメージを与えるつもりだろうが聞こえよがしに大声で言ったのは俺にも同じ事をいいたいのだろうな。

だけど今年の昇格試験を念頭に入れてずっと鍛錬してきたセオとついこの間昇格試験に臨む事を決めた俺とでは基礎が違う。まるで時間が足りない。

それにしてもこの小さいの『桜の庭』の子供ならあれだ。

「知ってるぞ、お前ディノだろう?」

「そうだよおじちゃんなんででぃののなまえしってるの?」

「トウヤに聞いたんだ。自分で釦ができるようになったって聞いたぞ、偉いな。」

「えへへ~。」

本当は嬉しいのと同じぐらい残念がっていたなんて思いもしないだろうけど褒められた事に気を良くして俺の側に寄ってきた。キールにならって俺もしゃがみ込んで頭を撫でてやれば満足げに笑ってそのまま膝に登ってきた。
怖がられることはあっても懐かれることは滅多に無いからキールが大袈裟に口を開けて驚いて見せた。

「トウヤは近くにいるのか?」

抱き上げれば小さなディノは羽根の様に軽かった。

「えっとね~かくれんぼしてたらゆうびんやさんがいてね?れいんにみつからないようにこっそりおそとにでたの。そしたらおうまさんのいっぱいいたところにいけばせおがいるかとおもったの。」

何を言いたいか半分ぐらいしかわからないがどうやら黙って出てきてしまったらしいのはわかった。なら早く帰してやらないときっと心配しているだろう。

「そうか、一人でここまで来れて偉いな。」

「ねぇここにせおいる?でぃのがきたよってせおにおしえてあげて?」

「うんいるよ。でもごめんな~今セオのやつ手が離せないんだ。」

「じゃあまってる。」

「だめだ、待ってても会わせられない。」

「あ、ばかクラウスそんな言い方するなよほらぁ。」

小さなディノの大きな目から涙がぽろぽろと落ちてきた。

「おい泣くな男だろ?まいったな俺女も子供も泣かれるのは苦手なんだよな。お前ももう少し言葉を選べ!」

キールはおろおろするだけで手を出そうとはしない上にこの一言で余計に泣いてしまった。騎士隊の男2人が小さな子供に手を焼く姿に道行く人が笑って通り過ぎた。

「頑張ったのに残念だな。でもセオも今頑張ってるから待っててやってくれよ。」

泣く子の相手なら何度かやった。でもそれよりずっと小さなディノを抱き込んで背中をとんとんと出来るだけ優しく叩いてみたら腕の中で泣き声は小さくなった。

初めは一人前に警戒していたくせにこちらが知ってるとわかれば途端に気を許して近づいてきたり慰めるために抱き込めば胸にピッタリと耳をあててくる。元から似ていたのかそれとも一緒に暮らすうちに似てきたのだろうか。小さなディノの仕草はトウヤを思い出させた。でもトウヤはこんな小さな子供じゃない。

「送ってやるから『桜の庭』へ帰ろう。みんな心配してる。」

「───やだ。」

そうは言ってもすでに向かっていた。

「なんでだ?言ったろ、待っていてもセオには会えないぞ?」

「だってでぃの、ないしょできたからとおやおこるもん。」

騎士服の金の飾りボタンをいじりながら小さな口を尖らせる。やっぱりよく似たその仕草になんだか愛しさを覚えた。

「トウヤは怒ったりしないさ。」

「おこるもん、まえもでぃのがわるいことしたときすごーくすごーくおこったもん。」

「何したんだ?」

「んとね、はさみもっておにごっこしたの。あとねふぉーくくわえたままいすからとんだときとねぇそれから……」

聞いていれば次から次へと出てくるいたずらは放おって置けば大きな怪我につながるものばかりだ。

「でもやっぱり怒らないと思うぞ。」

「どおしてわかるの?」

「そうだな1番の友人だからかな。だからきっと心配で泣いているさ。」

───いや、違うな『まだ泣いていない』小さなディノを探す前に泣いたりなんかしない。いつからあそこにいたのか、いなくなってどのくらいなのか。もうすでに探し始めているのだろうか。

ならせめて入れ違いにならず早く目に止まるようにとディノを肩車した。

「おにいちゃんすごぉいセオよりたかいねぇ。」

「そりゃ良かった。」

いつの間にか『おじちゃん』から『おにいちゃん』に昇格してもらった上にいつも妬まずにいられない相手より勝る所があると言われ気分がいい。

「でもぜんぜんとおやなかないよ?いつもにこにこしててかあいいの。でも……ほんとにないちゃったらどおしよう。」

「謝ったらいいさ、心配掛けてごめんなさいって。」

「じゃあおこってたら?」

「それでも謝ればいい、勝手に外に出てごめんなさいって。トウヤならそれで許してくれるさ。」

「わかった!しんぱいしてごめんなさい。かってにでて……えっと…なんだっけ。」

「心配掛けてごめんなさい。勝手に外に出てごめんなさい。」

「しんぱいかけでごめんなさい。かってに……かってに……。」

「勝手に外に出てごめんなさい。」

「そとにでてごめんなさい。」

俺の頭にしがみついて謝罪の言葉を繰り返し練習する小さいディノ。その横ではキールが声を殺して笑っていた。

「いや悪い。お前ホント変わったな。もちろんいい意味だぜ?3年間の冒険者生活……いや違うな。お前を変えたのはそのトウヤって子だろ?いいなぁ俺も真面目に付き合う子考えるかなぁ。」

キールは正しい。俺が以前と変わって見えるならそうさせたのは間違いなくトウヤだ。

自分に降りかかった全てを小さな身体でひとりで受け止めひとりで立ち向かう。初めはそれを支えてやりたいと思ったけれど今ではその横に並び立つために必死だ。

きっと今この瞬間もディノを探すために最善を考えているに違いないと思った。

母のようにこの自身によく似た小さなディノを叱るのだろうと、そしてこのいたずらなディノが謝ったらきっと笑いながら少しだけ泣くんだろうとそう思っていた。




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