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すれ違いの中で
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しおりを挟む学校から『桜の庭』に戻るとそのままプレイルームに移動して、小さい子組の絵本のリクエストは幼い男の子が一生懸命勉強して偉大な魔法士になるお話と小さな女の子が努力して立派な剣士になるお話。それからかっこいい皇子様の出てくるお話だった。きっとエリオット様やセシリア、それにフラジオから学校で学ぶ意義を教えてもらったんだ。皇子様はやっぱりアルフ様かな?
マリーとレインは実際に学校へ行って採寸のために制服を試着したりクラス分けのための魔力測定をしたり俺達とは違って高等部の授業の見学をして来た事で入学への期待がうんと増したみたいだ。
マリーとレインがノートンさんと入学準備の話しをしている声は子守唄になって小さい子組はよく眠っている。
午後からの仕事のために俺は部屋に戻ってよそ行きの服を脱いだ。いつもの動きやすいシャツにパンツにカーディガン。その上からエプロンを付ければ鏡の前にはいつもの見慣れた格好の俺。
そう、みんなと同じ格好だったから余計に間違えられたんだ。
「そう思わない?」
馬鹿みたいに話しかけたのは壁に掛けてあるクラウスに借りたままのコート。
お城に行くときは荷物になるからちゃんと戻れたら返すつもりでいたのにすっかり忘れてしまった。
暫く逢えないと言われてセオから返してもらおうかと考えたけれど、そのうち必要になったクラウスが取りに来てくれるかも知れないって思ってしまった。
結局俺は王都までの移動費を返すことでクラウスと逢う機会を得ようとした頃となんにも成長していないんだ。
───今は不意に扉を開ける子供達も眠っている。
それでも耳を澄ませてからコートに頭をくっつけてみた。そうするとクラウスの側にいるような気分になる。
「今日初めて学校に行ったんだ。期待した程じゃ無かったのは俺の通った学校に似ていたからかな、あんまりいい思い出が無かったから……。あ、でも学校でアレフ様に会ってびっくりしちゃった。俺よろけて膝に乗っちゃったんだけど離してくれなくてさ。困ってたらユリウス様が助けてくれたんだ。でも俺ちゃんと食べてるからクラウスも心配しないでね。」
話したいことが沢山あるのに独り言に返事は戻ってこない。押し付けたおでこを受け止めるのも硬い壁で自分のしている事がどれ程くだらない事かを実感させられる。
「……会いたいな。」
そう気持ちを声に出したら少し気分が良かった。
脱いだよそ行きをリネン室に持ち込んで代わりに洗濯かごを持って外に出る。
みんなの服を取り込んでリネン室に戻り、またもう一つかごを持って今度はシーツを取り込んでいく。こんなものですらもう少ししたら8人分から6人分になってしまう。想像に過ぎないけれど今これだけ淋しく思うなら実際少なくなった洗濯を畳む頃俺はもっと淋しいに違いなかった。
今日は駄目だな。なんだかセンチメンタルだ。
それを素直に受け入れた俺は今日笑ったお返しだってイチャモンつけてマリーを隣に座らせ夕飯を口に運び、レインには何度も『おかえり』と言ってハグちゅうをしてやった。そのたびにみんなもほっぺを差し出すから夜にはすっかり心が満たされていた。
穏やかに流れ出した日々の中でそれは学校に行った日から幾日かした朝の事。
カイとリトナが教会へ戻り、子供達を起こすまでの間ノートンさんと朝のお茶の時間を過ごしていると珍しくレインが起きてきた。
「おはよう、レイン。まだ早いけどどうかした?」
「おはようトウヤ、ノートンさん。あのさ、セオさんて来てないの?」
俺のハグちゅうをいつもの様に自分から頬を差し出し受けとるとノートンさんに近付く。どうやらとうとう我慢できなくなったみたいだ。
学校見学でマリーとレインは俺達とは違う見学コースだったのだけど魔法や剣術の模擬戦の見学もあったようでそれがレインに元々あった騎士へのあこがれに拍車を掛けた様だった。
騎士の休みは三日おきの王都警備の翌日。長くても休暇明けから8日目には休みになるのだろうけれどそれはとっくに過ぎていた。
セオと最後に会ったのは教会広場で鈴の音に警備中様子を見に来てくれた時だ。俺もなんとなく気にはなっていたけれど10日間のお休みを『桜の庭』にささげてしまったから暫く自分のためにその時間を使って欲しいとも思っていた。
「残念だけど来ていないよ。もうあまり日にちがないから忙しくしてるんじゃないかな。冬の3月まで来れないかも知れないよ。」
「そっか。じゃあ俺も頑張る。トウヤ、マリーに今日から朝チビ達頼むって言っといて。」
ノートンさんの返事にがっかりするのかと思えば何かを決心したような顔でそう言うと外に出て行ってしまった。どうやらセオが来た時だけ一緒にやっていた鍛錬を今日からひとりで始めるようだ。
「あまり日にちがないってセオさん何かあるんですか?」
「ああ、トウヤ君は聞いてなかったのか。実はセオは今年騎士の昇格試験を受けるって言ってたんだ。」
「昇格試験ですか?」
「うん、クラウス君と同じ赤騎士になるためにね。」
ノートンさんの説明は俺が解りやすいように言ってくれたのだけど違うことを俺は知っている。セオの憧れる騎士はユリウス様だ。
「いつなんですか、その試験。」
「二月の終わりに。だから仕事が終わった後も休日もそれに向けて鍛錬をしてるんじゃないかな。試験では何人かの現役の赤騎士と模擬戦を行うそうだから。」
それは本当にもうすぐの事だ。
「勝てるんでしょうか。」
「勝てば文句なく合格だろうけどどうだろうね。討伐遠征に選ばれた位だからセオもそれなりにできるんだろうけど……。結果は勝ち負けではなく内容で決まるそうだから勝つのは難しいのかも知れないね。」
飲み終わったコーヒーカップの縁を撫でながら金色の瞳が曇る。
「セオさんなら大丈夫です。僕は絶対合格するって信じます。ノートンさんもですよね。」
「もちろんだとも。」
ノートンさんの笑顔を確認して俺は小さい子組を起こしに向かった。レインの事を伝えればマリーは『しょうがないわね。』っていいながら子供達を洗面にひとりで連れて行ってくれた。
俺も夢を叶えようとしてるセオに何かしてあげられないかな。
その後洗濯物を干しながらこんな時こそミサンガを作ればいいんじゃないかと思いついたけれどそれがいかに浅い考えかすぐに気がついた。
怪我が心配だから付けて欲しいと言ったらきっと受け取ってくれるだろう。でもそれはセオの実力を疑うことになる。それに試験でそんな物をつさせる事はセオの誠実さを軽んじる事にもなってしまう。
結局俺に出来ることはセオが心配しなくていい様に『桜の庭』でしっかり働くことだ。
その後張り切って子供達と走り回った俺はお昼御飯の後すっかり洗濯物を取り込んでくれたマリーとレインに起こされるまで小さい子組とぐっすりお昼寝をした。
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