153 / 333
危険な魔法
153
しおりを挟むまだ暫く起きているだろうノートンさんとルシウスさんに「おやすみなさい」と告げて俺は部屋に戻った。
椅子に掛けておいたパジャマに着替え直したら身体が冷えるのを感じてベッドに入った。いつも子供達の温もりをもらったまま眠っていたからこんなに冷たいベッドに入るのはいつぶりだろう。
きれいだったな。
今この部屋をほのかに照らす薄明かりも魔法だ。『桜の庭』を虹色に覆って護るノートンさんの魔法は本当に綺麗だった。
教会の広場で同じ様に子供達を護ることが出来ないのは囲まれていないからかも知れない。
魔法石に魔法を付与出来る数とかも知らなかったとは言え随分無茶な事を言ってしまったんだろうと思うとルシウスさんに申し訳ない気持ちになる。
それにしても2人の魔法と比べて俺のは一体何なんだろう。
驚いた言葉にルシウスさんが俺も分からないと勘違いしてくれたけどあれは間違いなく文字だった。
ノートンさんやルシウスさんの様なキレイな魔法陣とは違い、編みながら込めた気持ちがミサンガの糸の様に編み重なっていた。『ルシウスさんの怪我が早く治りますように』とか『あまり痛くありませんように』とか『早く元に戻りますように』とかまるで俺が思いのままに日本語で書いた文字が一本に編まれた願いの束となっていた。
あんな七夕の短冊の願い事の様なものが魔法で、どうして治癒が出来てしまうのかわからない。凄く子供じみた感じが気恥ずかしくて2人の読めない文字であることが良かったなんて思った。
そしてルシウスさんが願いの文字ごとミサンガをハサミで切った時は俺の心も切られてしまった様で少し哀しく感じた。俺の事を心配してした事なのに哀しいだなんて相変わらず身勝手で嫌になる。
沢山の人に護られて、おまけにあんなふうに見慣れた文字が絡み合うのを見てしまったらもう『できない』とか『わからない』なんて言っていられない。魔法のこと、もっと知らなくちゃいけない。
頼りない自分の掌を眺めると左手の『お守り』がカチャリと音を立てる。ルシウスさんに無自覚に魔力を流していると指摘されてしまったけど寝る前、この時だけはいいよね。
「おやすみクラウス。」
クラウスの瞳の色と同じ蒼色の魔法石は目にしてしまえば想わずにはいられない。
大好きだよ、と想いを込めて口づければ色を増して温かくなる。それはクラウスが気付いてピアスを撫でてくれたのかも知れなくて嬉しさが心を満たしてくれる。
『お守り』を抱き込んだ胸のあたりから身体が温まっていくようでいつの間にか眠りに落ちていた。
朝までぐっすり眠った俺は清々しい気持ちで台所の窓を開けた。
「あ、そっか。」
開けた窓の先にセオの姿がなかった。
「ふふっ。子供達の事からかえないや。」
昨日の夜ルシウスさんにクラウスやセオを指名できると言われ断ったから学校へ行く日に2人が来ることはないだろう。でもそれでいい。
もしそう言ってくれていなかったらアルフ様が敢えてどちらかを呼んでくれたかも知れない。
毎朝欠かさず鍛錬をしていたセオは休みが終わってクラウスと手合わせする事を楽しみにしていた。ここにいた10日間は赤の騎士を目指しているセオにとって歯がゆかったろうな。
そしてそのクラウスからは『暫く逢えない』と告げられた。クラウスの10日間も俺をお風呂に連れてってくれたり『桜の庭』にいられるようにするために使ってしまったようなものだ。
そんな2人の大事な時間を俺の為にこれ以上奪いたくなかった。
───これも止めなくちゃ。
無意識に『お守り』をなぞっていた指を離す。不安な時、淋しい時、手持ち無沙汰な時。俺の右手いはいつも左手の『お守り』を探している。知らないうちに魔力を流して所構わずピアスを光らせてクラウスの邪魔をする事も嫌だ。それを俺が許せるのは眠る前の1回だけ。
「あ、もうこんな時間だ。」
手を動かしながらも考え事に気を取られていた俺は窓辺の小鳥の鳴き声に急いで3人分の紅茶を準備した。
「「おはようございますトウヤさん!」」
「おはようございます、カイさん、リトナさん。」
いつも笑顔で挨拶してくれる2人はテキパキと運んだワゴンから朝食の入ったトレイやスープのお鍋、パンの入った籠をコンロやテーブルの上に乗せると自ら椅子を寄せて紅茶に手を伸ばす。
「カイさん、リトナさん。今日のお昼前は教会の広場へ遊びに行くんですが久しぶりなのでもしかしたらお昼の受け取りが間に合わないかも知れません。なのでその時はすみません。」
俺も一口飲んでから2人にそう告げた。
「そんな事気にしないで下さい。確かに最近見かけなかったから子供達も長く遊びたがるかも知れませんね。」
「知ってるんですか?」
「ええ、教会の窓から見えますからね。」
「時々お昼を食べてるから料理長が『言ってくれたら弁当ぐらい作るのに』って……あ、そうしますか?」
「それがいいです。僕達が責任持って広場に運びますよ。」
「待って下さい。」
2人が話しを進めてしまうので慌てて止めた。できれば沢山遊ばせて上げたいけれど万が一何かあればそこで戻らなくてはいけない。
「手間ですし早く戻って来るかも知れないのでいつもと同じで大丈夫です。」
「その時はその時でいいじゃありませんか。広場にいないようでしたらこちらに運びますよ。」
「でも───。」
「いいじゃないか、そうしてもらいなさいトウヤ君。」
2人の好意を断りきれずに困っているとノートンさんが顔を出した。
「「「おはようございますノートンさん。」」」
「おはよう。今の話そうしてもらえるように料理長に頼んでもらえるかな?」
「でも急な変更で教会の方に迷惑じゃないですか?それになにかあったら無駄になってしまいます。」
「その時はその時だと彼らも言っていただろう?」
「でも……」
お昼を気にせず遊ばせてあげられるなんて子供達も喜ぶに決まっている。でも駄目になる原因が自分だと思うと申し訳無さがどうしても上回ってしまう。
「トウヤ君、素直に甘えておきなさい、キミに良い提案が出来て彼らも嬉しいはずだよ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ。ねえキミ達。」
「任せて下さい。」
「では早速伝えに戻ります!」
不安なまま見た2人はいつものようににっこりと笑顔を返してトン、と自分の胸を叩くと紅茶を流し込むように飲んで教会へと戻って行った。
150
お気に入りに追加
6,403
あなたにおすすめの小説
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
兄弟がイケメンな件について。
どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。
「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。
イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる