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危険な魔法
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しおりを挟む背中で遠ざかる馬の蹄の音を聴きながら俺は玄関ドアの前で立ち止まった。
まだみんな起きているかな。
早く顔が見たい。今すぐみんなを抱きしめたい。俺がいなくて淋しかったと言って欲しい、大好きだと言って欲しい。
たった今出来たばかりの隙間を子供達に埋めてもらおうとする自分が浅ましい。それに気付いてドアノブに伸ばした手を引っ込めて深呼吸をした。
違う、きっともう眠るところだ。セオが寝かしつけてくれてるから邪魔しちゃ駄目だ。
まずはノートンさんに戻ってきたことを言わなくちゃ。『桜の庭』はアルフ様が護ってくれるから安心していいって言わないと。それから明日にはルシウスさんが来ることを話してセオに今日のお礼を言わなくちゃ。
シャワーが済んだらみんなの顔を起こさないようにこっそり見に行こう。ハグとちゅうは明日までお預けだ。
間違える前に気付いて良かったと、もう一度深呼吸をしてからドアノブを掴んで静かに開けた隙間からそっと身体を滑り込ませドアを閉めた。
「トウヤくん」
誰もいないと思ったエントランスにノートンさんの姿があった。
「ノートンさん、どうしたんですかそんな所で。」
二階へ続く階段の3段目程にノートンさんが座っていた。当然普段座るような場所では無いから不思議に思い俺を見つめる元気のないその姿に慌てて駆け寄った。
「もしかしてまた胸が苦しいんですか?」
「セオからあれは私の嘘だと聞いたんじゃなかったかい?」
苦笑いと穏やかな声にそれが俺の早とちりだとわかってホッとした。
「ふふふ。そうでしたね。ノートンさんがそんな所に座り込んでいるからもしかしたらって思ってしまいました。でも何故こんな所に座り込んでいるんですか?もしかして足を滑らせてしまったんですか?」
その問いには首を横に降って答えてくれた。それにしても座っているノートンさんと視線の高さがほとんど同じでなんだか悔しい。
「今日は大変な1日だったね。第一皇子様にはお会いできたかい?」
「はい、ノートンさんが言った通りとても素敵な方でした。」
周りから散々『子供みたい』だと言われている俺の事を心配こそすれ揶揄する事もなくここで働いていることにお礼を言ってくれた。俺がどんな人間かを試されて恐いと感じた瞬間もあったけれどこの国の人達を大切に思っている素晴らしい方だと思う。
「第一皇子様はなんて仰ったんだい?教会に行きなさいと言われたかい?それとも王国魔法士に?」
「はい、教会の最高位か研究所の方は1番広い部屋を用意してくださるって言われました。あ、それから皇子様のお嫁さんもどうだって。」
「まさか第一皇子様との結婚かい?」
「ふふっアルフ様の冗談ですよ?」
ノートンさんがあんまり驚いた顔をするから面白くて笑ってしまった。だってどれも俺を試すためアルフ様の嘘だったんだから。こんな所に座り込んで俺を心配させたんだからお返しだ。
「それでトウヤ君はどうする事にしたんだい?」
「どうするってどうもしませんよ。あ、でも明日から王国魔法士のルシウスさんがこちらに来て周辺の防犯の確認と強化をして下さるそうです。ノートンさんと相談する様にと仰っていたのでお願いしますね。ルシウスさんの許可が出たら『桜の庭』の外でも安心して遊んでもいいって言ってもらえました。」
俺の所為で『桜の庭』の敷地内だけで遊んでいる子供達と1日でも早く教会の広場で走り回ったり、お散歩がしたい。
「なんでも無いなら立って下さい。ここは冷えますよ。ノートンさんに風邪を引かれたら困ります。」
階段に座ったまま動かないノートンさんに手を差し出せばその手を掴んで立ち上がるとそのまま抱き込まれてしまった。
「……あの、やっぱり何かあったんですか?」
こんなノートンさんは初めてでやっぱりどこか悪くしてるのでは無いかと心配になる。
「私は覚悟してたんだよ、キミがもう帰って来ないかも知れないって。本当に『おかえり』と言っていいのかい?トウヤ君はこれからも『桜の庭』にいてくれるのかい?」
耳に届いたのはノートンさんの涙声だった。『この仕事の替わりはいくらでもいる』と言ったくせに俺の肩におでこを押しつけてこんなのってない。
両手をいっぱいに伸ばしてノートンさんの背中に手を回した。いつも俺を慰めてくれる人を俺が慰めているのがなんだか不思議だ。
「はい。言って下さい『おかえり』って。僕の替わりはいないって、俺がいないと困るって言って欲しいです。」
「当たり前だキミがいなくちゃ困るに決まってる。キミが少しいないだけで私もこの有様だ。おかえり、トウヤ君。『桜の庭』に帰って来てくれてありがとう。」
俺の両肩を掴んで距離を取り眼鏡の奥で金色の瞳をうるませてそう言うと再びぎゅうっと抱きしめられた。
「はい。ただいま戻りましたノートンさん、これからもよろしくお願いします。」
明日までお預けだと思った言葉をノートンさんがくれた。
俺が不安な時、何度も『桜の庭』は俺のいるべき場所でこの前は『父親のつもり』だとも言ってくれた。
自立を目指す俺の育った養護施設では一線を画して望んでも決して表立って与えられなかった愛情。
それを惜しみなく与えてくれるこの場所に戻れた事が幸せだ。
「さあ、いつまでもトウヤ君を独り占めしていたら子供達に叱られてしまうな。セオはまだ二階にいるからきっと子供達が眠らなくて手こずってるよ。私がこんなふうだからみんなにも随分不安な気持ちにさせてしまったはずだから早く顔を見せて上げてやって欲しい。詳しい話は明日でいい。おやすみトウヤ君、子供達を頼んだよ。」
ハンカチで俺の涙を拭ってその腕から送り出してくれたノートンさんに『おやすみなさい』と告げると静かに、でもできるだけ急いで自分の部屋へ向かう。
そしてコートと、堅苦しいジャケットをベッドの上に放り投げるとすぐに隣の小さい子組のドアをそっと開けた。
「ただいま。」
集まる視線が心地良いなんて何様のつもりだろうか。
「「遅い!」」
最初にそう言って飛びついてきたのはマリーとレインだった。
さっきのノートンさんもだけどこんな2人も珍しい。
「遅くなってごめんね。これでも寄り道しないで帰ってきたんだから許してよ。」
「だってノートンさんがちゃんと教えてくれないから……」
「俺達、トウヤがもしかして戻って来ないかもって思って不安だった。」
マリーの瞳からぽろぽろと涙が溢れて続かない言葉の先をレインがつないでくれた。
「心配掛けてごめんね、でも戻るに決まってるだろ。俺の家はここなんだから。」
2人を抱きしめるうちに小さい子組が足元に寄ってきた。
「ただいま、マリー、レイン。それにサーシャ、ロイ、ライ、ディノ。」
お互いの気の済むまでハグとちゅうを繰り返す間にセオが笑いながらベッドを全部くっつけてしまった。
俺はみんなに急かされて慌ててシャワーをすませて大きな一つになったベッドにみんなと潜り込んだ。
もちろん今夜はマリーとレインも一緒だ。
みんなでセオに『おやすみなさい』を言って電気を消してもらうと寝る時間をとっくに過ぎていたせいでみんなあっという間に眠ってしまった。
もちろん俺も今日の不安と緊張と疲れとが子供達の笑顔と温もりに癒されいつの間にか眠っていた。
『お守り』に口づけをしないで眠ったのはもらってから初めての事だった。
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