迷子の僕の異世界生活

クローナ

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危険な魔法

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 長男達の密談



毎年、騎士隊の討伐遠征が終わり冬の2月ふたつきに入ると国内外の長期視察という大義名分を盾に国王陛下は王妃と共に不在となる。

その為トウヤとクラウスが去った後第一皇子専用執務室では部屋の主が再び書類に追われ続けていた。

「───くくっ。」

最後の1枚にサインが入りようやく仕事から開放されると思いながら書類に手を伸ばした時、肩を震わせ急に笑った第一皇子に書記官が震え上がる。

しかし側に控えていた第一皇子専属近衛騎士のユリウス=ルーデンベルクのわざとらしい咳払いに我に返るとかき集めた書類をワゴンに乗せ慌てて退室していった。

「思い出し笑いで書記官を怖がらせないで下さい。」

「だって『それ』って言ったんだぞ。教会の最高位も魔法士のトップの座も次期王妃の座も。『必要ない』だって。」

第一皇子である自分に平気で小言を言う。その近衛騎士が椅子の背に手を掛ければ導かれるまま立ち上がり、席を柔らかなソファーへと移っても先刻その場所で試した相手を思い出せば愉快で仕方がないといった様子だ。

普段自分たちの周りにいる者にそんな事を云えば殆どの者が喜んで尻尾を振るだろう。
人となりを試すために大げさに出した条件ではあったもののフランディール次期国王からの求婚をためらいもなく切り捨てた小さな少年の姿を思い出して第一皇子アルフレッドは楽しそうに笑っていた。
その姿とは正反対に美しい眉間に皺を浮かべながらユリウスがため息を付く。

「私もまさかあなたが我が弟の想い人に求婚するとは思いませんでしたよ。」

「我ながら良い提案だろう?あれ程の治癒の出来る者ならばどこからも文句は出まい。それにトウヤはクラウスの事『友人』って言ってたじゃないか。」

「『大切﹅﹅な友人』と言ったのを都合よく切り取ってからかわないで頂きたい、あれで案外真面目な男なんです。次は助けませんよ。」

皇子の止まらない軽口にユリウスは専属近衛騎士としてあるまじき事を告げた。

「おお、あれな。まさかあんな殺気と共に剣を向けられるとはな。交渉の手は緩められないところだったし制止してくれてて助かったよ。おかげで期待以上の答えが返ってきた。トウヤは本当に何者だろうな。」

「何に対しての殺気だったかは図りかねますがあれはトウヤに治癒して貰ってなければ抑えられなかったかも知れません。まぁ私が遅れを取った所でアルフレッド様にはかすりもしませんがね。」

「ふん、お前こそ弟を侮ってるからあんな怪我をしたんだろう。クラウスのヤツ復帰した時のは随分手を抜いてたんだな。あれ程なら近衛に取り立ててもいいと思わんか?約束もしたことだし俺ともやらせてくれよ。」

「確かにそこそこやれますがアルフレッド様のお相手にはまだまだです。でも本当にこの3年間何をしてきたんだか。」

それは決して呆れた物言いではなく何をどうしてその成長を手に入れたのか、と弟の努力に思いを馳せ満足気に口元を緩ませていた。その姿に今度は第一皇子がため息を付いた。

「またニヤニヤしやがって気持ち悪いったりゃありゃしない。」

「嫉妬ですか?弟に頼られて羨ましいって素直に言えばいいでしょう?トウヤに『アルフ様』なんて呼ばせて気持ち悪いのはどちらでしょうね。」

王族の名前を愛称で呼ぶことを許されるのは身内か余程親しい存在に限られる。それを今日出会った人物に許すなんて前代未聞のことだ。

「良いじゃないかそのくらい。こんな無茶な頼みをほぼ無償で引き受けたんだぞ。最近じゃ一番下のエリーまで『兄上様』って言うんだからな。ちょっと前までは『アルにーさま』って呼んでくれてたのに!」

「それだって随分前のことです。5,6歳の頃の第四皇子様とトウヤを一緒にしないで下さい。」

誰も呼んでくれないからと正当化出来る程弟皇子は小さくないのだと現実を突きつけても兄にとって弟とはいつまでも幼く可愛いと思ってしまうのは互いに同じで説得力など欠片も無かった。

「だって見ただろ?あの顔、こんなにちっさかった、可愛いよなぁ。近くで見れば見るほどあの瞳に吸い込まれそうになったぞ。こんな小さなチョコレート一つで口がいっぱいになるなんて子猫みたいだ。膝の上に乗せてあのサラサラした髪を撫でてみたかったなぁ。手なんかすべすべで小さくて柔らかくて。いいなぁルシウス、あとで抱っこした時の感想を聞いてみようかな。」

「だからずっと握ってらしたんですか。どこぞの変態貴族と行動が同じです。」

「感想聞くくらいいだろう!だってもう誰一人手も繋いでくれなければ膝に乗ってくれる事もないんだから。いいなぁお前はこのまま行けば可愛いらしい高位治癒士が義弟になるのか。あ、でも大きな意味で俺の身内だな?」

だから何だというのか。この言い分には同じ長男と云う立場であってもユリウスは同意しかねる。件の治癒士は確かに大きな瞳が愛らしくあっても決してそこまで小さくはない。13も年が離れた末の弟皇子エリオットが可愛くて仕方ないのだろうけれど、今年で16歳。すでに成人を迎えたその体躯は立派に成長し第一皇子とあまり差はない。自分の膝に弟のクラウスを乗せた姿は想像する前に願い下げだった。

「まぁ……でもどうなんでしょうかね。あの2人からそこまで甘い雰囲気はしませんでしたし。どちらかと云えばクラウスの方が入れ込んでる様子でしたけど。」

ユリウスは第一皇子の突きつけた剣先から流れ出た血が胸を濡らしても引かず、更には治癒の飾り紐を自ら外しそして『大切に想っている』と『彼を護るのは自分でありたい』と穏やかに笑った弟クラウスの姿を思い出していた。弟が命を差し出した相手は『桜の庭』の子供達のために自身を差し出した。

「確かにな。見た目に反して気丈な人間で驚いた。最初こそ幼子の様にクラウスを盾に身を隠しはしたがただの1度も視線を外さなかったぞ。第一皇子であるこの俺に物怖じせずに意見を言う者など数える程しかいないというのに。」

目を細め口元は半円を描く。実に楽しそうな第一皇子の頭髪は首元でスッキリと切られ貴族には珍しい。それとは対象的にゆるくウェーブのかかった前髪は真紅の瞳を隠すように長めに整えられていた。
それはフランディール第一皇子と云う立場だけでなくトウヤが美しいと思ったその珍しい純白の髪と血のような真紅の瞳とその強さまでも『魔獣』の様だと恐れる者が殆どだから。

誰もが恐れる第一皇子を正面から見据え何も要らない、子供達を護れと要求した事が余程お気に召したようだ。

「ところで彼の披露目はどの時期をお考えなんですか?それに寄っては早急に護衛騎士の選定をしなくてはなりません。」

尋ねた理由は他でもない。国の要人警護にあたる事が出来るのは騎士団の精鋭である近衛騎士だけだ。そして誰がどの方の警護につくのかの権限は近衛騎士のトップであるユリウスにあるのだ。ただの要人ではなく第一皇子の『お気に入り』ならばそれなりの人間をトウヤの専属に選ばなくてはならない。

「トウヤにも答えたように直ぐではないよ。ルシウスに任せたんだ、見えざる脅威もすぐに防いでくれるだろう。それに国王陛下に相談できるのは外遊から戻られた冬の3月みつきに入ってからだ。おおよそ新年の御用始めの儀の時になるだろう。2ヶ月先だがトウヤ自身が望んでいることでもないし着任式と同時であれば護衛騎士の任命もしやすい。その時にはクラウスも追いついているだろう。」

「どうでしょうか。」

「なんだ。可愛い弟を信用していないのか?」

「ですが事実昇格試験に申し込んではおりません。」

「それはお前を嫌っての事じゃないのか?それに実力は充分あるのは見せてもらったから試験などしなくとも引き立てて良いと言っただろう。」

「それはなりません。いかに実力があっても通過儀礼と言うのは貴方が思うより重要なのですよ。誰もが納得しその立場に立たなければ周りからの信頼も得られません。」

予想とは違うユリウスの気のない返事に待ち切れず欲しい答えを自ら切り出すが結局それも切り捨てられてしまった。

「わかってる。お前だって卒業と同時に近衛騎士となり俺に着けと言ったのに3年も待たされたからな。」

「そうですよ。王族、そしてそれに準ずる方々の警護にあたれるのは近衛騎士のみ、その近衛騎士に成るには騎士隊の赤か青のどちらかで実務経験3年以上。これでようやく『試験に挑む資格を得られる』だけです。」

主と騎士という立場でありながら遠慮なく軽口をたたき合うこの2人は血縁者であり、幼馴染であり、学友でもある。
だがそれ故にいかにユリウスにその実力があっても段階を踏まなくてはここぞとばかりに悪意を向ける者が出る。永く築いた互いの信頼をそんなもので踏み荒らされることはどちらも我慢ならなかった。

「それで?その条件は満たしているのか?」

「ええまぁ私と同じで初めから赤に配属されましたからね。」

「ならば来る﹅﹅さ。」

第一皇子がそう口にした時、不意に扉からノックが聞こえた。

「何だ。」

返事に応え入室してきたのは城の警備にあたる紺色の制服の騎士だ。

「失礼いたします。城門より伝達でございます。クラウス=ルーデンベルク様がお戻りになられ面会を願い出ておられますがいかが致しますか。」

「ああ、いいよ許可する。」

第一皇子が軽く手を上げそう答えれば伝達を告げた者は直ぐに城門へ戻りその言葉を繰り返すのだろう。

「────ほらな、思ったとおりだ。」

「まあ、わかっているのなら及第点ですかね。では今年唯一の挑戦者の為に試験内容を講じるとしますか。」

静かに閉じられた扉がクラウスの再訪に開く直前まで頬を緩ませる2人の姿があった事は扉の前に立つ紺色の騎士達も知らぬことであった。









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