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危険な魔法
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しおりを挟むお城に来る時俺は『桜の庭』の裏口から子供達に内緒で出てきていた。ノートンさんがそのほうが良いだろうって。
お昼ご飯が済む頃に迎えに来たクラウスは俺に黒のマントをすっぽり被せると馬車の中に入れ、自分はその横を馬に騎乗して並走してきた。
その馬車はアンジェラが乗って来るような4人乗りの窓のついたもので街道を走る馬車よりも随分と乗り心地が良かった。
でも閉ざされた空間に1人取り残されたみたいで心細くて、クラウスも時折心配そうに中を覗くぐらいなら一緒に乗って欲しかったと思ってしまった。
それに小高い場所にあるお城はいつも見えているのだから歩いて行けばいいのにって。でもそれは俺の思い違いだった。
教会を過ぎ、騎士宿舎も抜けるとしばらくして王都の街中とは雰囲気が変わり始めた。街路樹が増え緩やかな坂道になり始めた頃『桜の庭』の様な大きなお屋敷が次第に増えてそれらを抜けて大きなお城の前につく頃には1時間近くかかった様に思えた。
どこかでマデリンと変わらないと思っていたのだけど俺が知っていたのは今まで門から教会までの王都の極一部だけだった事に気づいてしまった。
ルシウスさんと分かれて城門の前の馬車を見た時、夕闇に飲まれ始めた景色をまた1人あの中に乗って1時間ほど眺めて過ごすのかと思ったら悲しくなってしまった。
「ねぇ、俺ちゃんと出来たのかな。」
そんな事本当に聞きたいわけじゃなかったけれど再びマントを着せられて、このままろくに言葉を交わさずに『桜の庭』に戻るのが嫌だった。だけどクラウスから返ってきたのはその答えじゃなかった。
「───怖くないなら一緒に馬に乗ってみるか?」
そう言うとクラウスが馬車の横にいた鞍のついた馬を俺の近くにひいて来た。
どの子でも変わらない大きな優しい瞳に長いまつ毛。俺の肩口に下げてくれた首に手を伸ばし撫でさせてもらったら温かい体温に少しだけ気持ちが慰められた。
「怖くは無いけど2人で乗ったら可哀想だよ。」
「俺ぐらいのが二人乗っても大丈夫だ。乗ってみるか?」
うなずけばひらりと馬にまたがり手を伸ばして俺をその高い背中に引き上げてくれた。
「大丈夫なら馬車を帰すがどうだ?」
「高いのが少し怖いけど……うん大丈夫。」
馬車に1人乗るよりこっちのほうが良い。初めて乗った所為で緊張して身動きできない俺のお腹に手を回すと馬をゆっくり歩かせて馬車に近づきキャリッジをノックするとそう打ち合わせてあったのか城門を出てく。それに続いて俺たちも城門を出た。
「これは騎士団の馬なの?」
「いや、実家の馬だ。馬車もな。」
「そうなんだ。」
そう言えばクラウスは貴族と呼ばれるお家の人だった。これから通るお屋敷の中にクラウスの家もあったりするのかな。
「さっきはアルフレッド様を止めなくて悪かった。」
最初に出た話がそれだなんてクラウスらしい。ずっと気にしてたんだ。それだけで嬉しくて口元が緩む。
「そうだよ何度も助けてって合図したのに。」
「済まない。ああ云う時の兄やアルフレッド様は苦手なんだ。それに迎えに行った時に青白かったから心配だった。菓子が並んだ時トウヤが嬉しそうだったから好きなものなら無理にでも食べられるかと思った。」
太さを確かめるように俺のお腹にゆるく回していた手をぎゅっと締めて直ぐに放した。マントやコートを着てる上からわかるハズないけれどドキリとした。
「俺……飾り紐の所為で子供達が危険な目に遭うかも知れないってノートンさんから聞かされてずっと怖かったんだ。『桜の庭』にもいちゃいけないって思ってた。そしたらあんまり食べられなくなちゃって……。だけど子供達を護ってくれるってアルフ様が言ってくれたからもうそんな心配しなくていいんでしょう?」
「ああ、『桜の庭』もトウヤの事もあの方が護ると言ってくれたからもう大丈夫だ。多少周りが変わって来ることもあるかも知れないが安心していい。」
良かったその言葉を聞きたかったんだ。
「じゃあ明日からいっぱい食べる。──こうして『桜の庭』に戻れるのはクラウスのおかげだね。ありがとう。」
振り向いて顔を見て言えないのが残念だけどこれが今の俺達にはいいのかも知れない。
「いや、アルフレッド様の信頼を得たのはトウヤ自身だ。あの方は決して物事を他人任せにしない、必ずご自身で確かめて選ぶ人だ。時々恐いと思うところもあるけれど懐に入れてもらえばあれほど頼もしい方はいない。何しろ強国のフランディールで最強のお人だからな。」
クラウスが話す声にアルフ様へ寄せる信頼の深さが伝わって来る気がした。
「アルフ様に剣を向けさせてごめんなさい。」
「トウヤを護るためにいたんだからアルフレッド様も許して下さった。あの部屋の中ではブレスレットも無意味だしな。なのにトウヤは閉じ込められてもいいとか護られなくていいとか……相変わらず他人の事ばかりだな。」
「そんな事無い。俺はクラウスが思ってるよりずっと欲張りだよ。」
もしもの時自分の所為になるのが嫌なだけだ、責任をアルフ様に押し付けて俺は変わらず好きな場所にいさせてもらうなんて自分本位でしか無い。
「じゃあ。もし交換条件がアルフレッド様との結婚しかなかったらどうする?」
「どうするってそんなの無いよ。俺男だよ?教会の話も魔法士の話も全部俺を試すための話でしょ。」
よりによってその話を一体どんな顔でしているんだろう『欲張りだ』と言ったから?全てが手に入るからと言ったって男の皇子様と結婚なんて俺にしたら一番の冗談だ。
「全部本当でも?」
「『桜の庭』にいられないならどれでも同じだよ。全部いらない。」
───その時はクラウスがどこか遠くに一緒に行ってくれるんでしょう?
喉まで出かかった言葉は心の中だけで唱えた。
「そうだ、兄弟仲良しなんだね。ああ云うの苦手ってクラウスもされたことがあるの?」
「小さい時頃な。」
「そっか。ふふ、クラウスの小さい頃って可愛かったんだろうな。」
前に想像した時は生意気そうな子供だったけれどお兄さん2人に大切にされて育っただろうその姿は空の蒼色のくりくりした瞳に金髪の愛らしい男の子。かまいたくて仕方ないのは俺も同じだからその光景が簡単に想像できてしまう。
そんな大事な弟を俺の所為で引き離したりなんて出来ないよ。
街灯が頼りになったの石畳の道は俺が話すのをやめると蹄の音がするだけだった。
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