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危険な魔法
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しおりを挟む「寄ってたかって小さな子になにをしているんですか可哀相に。大丈夫かい?」
突然現れたワインレッドのローブを頭からすっぽりと纏った男の人は後ろから両脇に手を入れて俺の縮こまっていた身体を宙に浮かせるとふわりと柔らかく抱き上げてくれた。
「はい、あの……ありがとうございます。」
口を塞いでいた両手を解いてお礼を言えば深緑色の綺麗な瞳が俺を見て、『どういたしまして。』と見たことのある様な優しい顔で笑った。
そのフードからわずかに覗く見慣れた黒髪に懐かしさを覚える。
「なんだノックもなしに勝手に入ってくるな。」
アルフ様は助けてくれたその人にムッとした顔で文句を言うと次に俺の口に放り込む予定だったマシュマロを自分の口に入れた。
「お召により参上いたしました王国魔法士ルシウス=ルーデンベルクです。ノックなら何度も致しましたよ?それにしても面白い顔ぶれですね。第一皇子様の執務室で兄弟が揃うなんて。」
「そうだろう?機密案件だからな。そちらは『桜の庭』のトウヤだ。会うのは初めてか?」
「もちろんです。」
そう言うとフードを外して長い黒髪が顕になった。懐かしく感じたそれは俺のただ黒いだけのとは全然違って窓からの陽の光に青く煌めいて凄く綺麗だった。
「やあはじめましてトウヤ殿。そこにいる近衛騎士ユリウスの弟でありクラウスの兄のルシウスだよ。」
名前を聞いて予想はしたけれど改めて言われた事で確信した。だけど髪色のせいか2人とは随分雰囲気が違って見える。
「はじめまして冬夜と申します。」
抱き上げられたまま挨拶をするのも変な感じだけど少しだけでもちゃんとしたくて乱れた髪を整え耳にかければ左手でカチャリと鳴った『お守り』に長い指が引っ掛けられた。
「おや、私の作ったものだ。じゃあキミが……。ふふっどうだい?ちゃんと作動するかな?」
「はい。2度護って頂きました。ありがとうございます。」
「役に立っているになら良かった。まぁ小鳥ちゃんの作った飾り紐の治癒の効果に比べたら普通の魔道具だけどね。」
「小鳥ちゃん?」
俺の事だろうその耳馴れない呼び方に思わず聞き返した。
「ふふふっクラウスが全然教えてくれないからね。仕方なく兄さんとつけた呼び名だよ。でも君にピッタリだ。小さくて実に可愛らしい。兄さんたちが意地悪してごめんね。」
「ルシウス、俺達は意地悪をしてたわけじゃないぞ。トウヤがその様に小さいから心配してだな……。」
バツの悪そうな顔で言い訳をするユリウス様にルシウス様が心底呆れた声を出した。
「はぁ。全く能力を筋肉に全振りしてる人はこれだから。食べた分だけ大きくなるならここにいる3人は私の身長を軽く超えているはずでしょう?人にはそれぞれの適量があるんだから無理強いしたらいけませんよ。」
言われた3人はそれぞれ明後日の方を向いた。と、言うことはこの人の身長はそれを超えるんだ。抱っこされてるからわかんないけどね。
「悪かったもうしない。」
アルフ様がそう言いながら片手をあげると部屋の端に控えていた給仕さんがテーブルのお菓子を綺麗に片付け出した。クラウスとユリウス様が同時に立ち上がった事でお茶の時間も終わりなんだろう。沢山用意して下さったのにいっぱい残してごめんなさい。
「さあ、叱っておいたからもう大丈夫だよ。でも許してあげてくれるかな?アルフレッド様も兄さんも長男気質で世話焼きなんだ。本当に驚くほど軽いからみんなの心配も少しだけ分かるな。こんな小さな小鳥ちゃんが凄い治癒魔法を使ったり魔道具を作ったら魔力切れで倒れてしまわないか私も心配になるよ。」
それはさっきもアルフ様から言われたけれど魔力のことなんてよくわからない。ただ痩せてしまったのは自分でも自覚がある。一段とみすぼらしくなった身体が情けない。だからアルフ様の事も助けてくれなかったクラウスの事も怒れない。
「はいわかっています。ありがとうございますルシウス様。」
「敬称はいらないよ、気楽に呼んで小鳥ちゃん。」
「は、はい。──ルシウスさん。」
その呼び方であっていたようでニコリと笑ってくれた。俺の事も『小鳥ちゃん』て呼ぶのやめてくれたら嬉しいんだけどな。
そうしてテーブルがすっかり片付けられた所でルシウスさんが俺を元の位置に座らせようとしたのだけど、アルフ様の隣はできれば遠慮したくてルシウスさんのローブを一瞬だけ握ってしまった。
ほんの僅かなことだったのだけど腕から降ろしかけた俺をもう一度抱き上げてクラウス達が空けた向かい側のソファーのルシウスさんの隣に座らせてくれた。
「もうしないって言ったのになんでそっちに座らせるんだ。」
「私まで嫌われたくないですからね。それで?トウヤをご紹介頂いたと言うことは私がお預かりしてもよろしいのですか?。」
「それはトウヤ次第と言う所だ、トウヤは『桜の庭』を選んだからな。」
「そうですか。残念、私の隣の部屋を空けてもらおうと思っていたのにな。小鳥ちゃんは欲がないんだね。」
「そんな事ありません一番の望みを受け入れて頂きました。」
きっとどこかに閉じ込められてしまえば手っ取り早いのだろう。けれどこんなに沢山の人の手を借りてなお『桜の庭』に留まろうとしているのだから欲張りなんだ。
「そういう事だ。トウヤの治癒力はトウヤが自覚と自信を持って使いこなせるようになってからの披露目になる。だからルシウスには『桜の庭』とその周辺の……」
「───え?お披露目ですか?」
アルフ様の話に驚いて途中で思わず発言してしまった。
「なに、直ぐにと言うわけではない。どの様な形でどこまで知らしめるかもきちんとトウヤの意向になるべく添わせるつもりだ。」
そんな事したら『桜の庭』に迷惑がかかったりしないのだろうか。これもさっきの話みたいに断っていいものだろうか。言葉を迷ううちにアルフ様が話しを続けた。
「目立つのは嫌か?だが目立たせて置くほうが護りやすい事もある。それにトウヤなら助けられる命があった時知らなければ縋ることも出来ない。高位の治癒士の存在をいつまでも秘匿としておくことは後々王国民から不審を買うだろう。それでは教会で治癒師を育てている意味も全て無駄になってしまうし、他国との摩擦の原因にもなる。トウヤの本意でなくても国として保護すると言うことはこういう事だ、理解してくれ。」
「───はい。」
考え込んだ俺にアルフ様が諭すようにゆっくり說明してくれた。こう言われてしまったら納得するしか無い。『護って欲しい』と要求しておいてそうするための物事を拒絶するのはあまりにも我儘だ。
「それ以外はできるだけトウヤの望む環境にしてやりたいと思ってルシウスを呼んだんだ、ルシウスには『桜の庭』と周辺の防犯の確認と強化をしてもらう。後は外出の際どうするかを院長を交えて相談するといい。今の所『治癒の出来る飾り紐の噂』はどこからも出ていないが調べて日が浅いからルシウスが許可するまでは子供達に少し窮屈な思いをさせてしまうな。どうしても外出したい時は護衛騎士を手配しよう。決まってる予定があれば今のうちに聞いておくから遠慮なく言ってくれ。」
「いえ、しばらくは教会の広場で遊ぶくらいですが……あ……。」
「何かあるようだな?言ってみろ。」
「いえその…今度学校に上がる子がいるのですが冬の2月になったら準備があると言われていてお手伝いをしたいのですが大丈夫でしょうか。」
教会で健康診断をしてもらった帰りにノートンさんが話してくれたマリーとレインの入学準備。2人と離れてしまう前に出来るだけいろんなことをしてあげたい。
「だそうだ、ルシウスどうだ?」
「そうですね、明日から取り掛かってよろしいのでしたら夜には今後の報告が出来るでしょう。『桜の庭』も学校も防犯に関しては元々整っている所ですからね。」
「では明日から取り掛かってくれ。その日に間に合わないようなら護衛騎士付きの馬車でも用意すれば大丈夫だな。さぁこれでトウヤと愛し子の安全は確保できたように思うがこれでいいか?」
「ありがとうございます。」
最後にアルフ様が顔を向けたのは俺ではなくて俺の後ろに立っていたクラウスだった。
俺もお礼を言って長く長く感じた第一皇子アルフレッド様との話し合いが今度こそ終わった。
部屋を出た後はお城の門のところまでルシウスさんと一緒に歩いて戻った。隣に並べばその身長は本当に大きくてびっくりした。クラウスよりも更に10センチくらい高くて間近で顔を見て話しをしたら首がどうにかなりそうだった。
「私は普段あそこにいるんだよ、そのうちクラウスとでも遊びにおいで。それと明日そちらにお邪魔すること帰ったら伝えておいてもらえないかな?」
そう言ってお城の城門の内側にお城に向かって左右に並ぶ5階建ての塔の左側の上の方を指差した。
「わかりました。今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします。」
「うん、またね小鳥ちゃん。」
ニコって笑って俺の頭をよしよしと撫でるととルシウス様は塔へ戻っていった。
そしてここからクラウスと2人きりになった。
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