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危険な魔法
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しおりを挟む「嫌です!」
「やはり断わるか。」
皇子様の腕に縋り付いた事で顔が近くなる。口元は笑ったままなのに鋭く細められ色味を増したルビーの瞳に何故か背筋がヒヤリとした。だけどクラウスの様な事はもう嫌だ。
「そうではありません。ちゃんと魔法が使えるか自信はありませんがそれでよければ協力します。でも私の力を試すだけにわざと怪我をするのは嫌なんです。」
「そうか、トウヤ殿は心優しい方の様だなクラウスから聞いていた通りだ。ならばわざとでなければ良いのか?」
嫌だといった時とは違う優しい微笑みは俺の気持ちが伝わったからだろうか。皇子様にコクリと大きく頷いてみせた。
「ではユリウス、近衛の中に誰かいないか?」
「簡単に怪我をする様な者が近衛騎士の中にいるわけありません。お気持ちはわかりますがそろそろお立ちになってくださいませんか?あなたがその状態ではトウヤ殿もずっとそのままですよ。」
背後に控えていたユリウス様にそう言われた時、皇子様は片膝をつけたまま、俺は王子様の腕を抱え込んだまま立派な絨毯の上ですっかり座り込んでしまっていた。
「す、すみませんでした。」
「なるほど、すまなかったなトウヤ殿。こちらへおいで座って話そう。」
皇子様に手を触れるなんてきっといけないことなのだろう。だけど慌てて手を離した俺を咎めることもなく、それどころか自分が立ち上がると同時に俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。
おまけに手を引かれたまま豪華なソファーセットへ案内され皇子様と並んで座る格好になり、向かい側にクラウスやユリウス様が座るのかと思ったけれどそれぞれ俺達から少しだけ距離を取って立っていた。しかも皇子様は俺の右手を握ったままだったり…………どうしよう、かえって落ち着かない。
「さてトウヤ殿、わざとでないなら治癒をして見せてくれるのか?」
「上手く出来るかわかりませんがそれでもいいですか?」
「もちろんだ。トウヤ殿に治癒の才があると知ったのはごく最近なのだろう?上手く出来ないのは仕方のないことだから構わない。だが実演出来るものなら見てみたいと思ったまでだ。ユリウス、こちらへおいで。」
離れた場所にいたユリウス様が皇子様のすぐ横についた。
「ではトウヤ殿、このユリウスの怪我を治してみてくれないか?」
「「え?」」
たった今本人が『簡単に怪我をするような者は近衛騎士の中にいない』と言ったばかりなのに。
俺とクラウスが同時に声を上げるなかユリウス様はバツが悪い顔でクラウスを見て、その顔を向けられたクラウスはとても驚いた顔をユリウス様に向けていた。
「気付かれていたとは思いませんでした。」
「私を馬鹿にしてるのか?ほら、さっさと脱げ。トウヤ殿、ユリウスの怪我はついこの間その2人が手合わせした時に負った傷だから故意ではないぞ。トウヤ殿の飾り紐はクラウスの傷しか治癒してくれなかったからそれでは不公平だろう?」
皇子様は溜息を付くユリウス様から視線を俺に戻すとそう言ってニッて笑った。
クラウスも怪我したんだ。
そっか、俺の作ったミサンガ本当にちゃんと役に立つんだ。きっとその時少なくともユリウス様が飾り紐の効果を見たから俺は今ここにいるのかな。その時のクラウスの怪我はどれほどだったんだろう。
ぐるぐると考えてる俺の直ぐ側にユリウス様が来て、騎士服の前をひらき、中に着ているシャツのボタンを外すと胸の部分にはバンテージのような物が巻きつけてあった。そしてそれを外すと胸の真ん中から赤黒い痣が広がっていて痛々しさに息を飲んだ。
これを治す事が本当に出来るんだろうか。
「痛みますか?──私にどこを怪我してるのか分かる力があればよかったのに……」
───例えばカイのように。こんなに人の手を煩わしていると言うのに結局何も出来ない自分が情けなくてすごく嫌だ。
「そんな顔はしなくていい。痣になっているが見た目程痛みはしない。ただ多分肋にヒビくらいは入ってるかと思う。放おっておいても治るのだから上手く出来なくてもどうってことはない。」
人のことを羨んで落ち込む様なそんな俺の事を勘違いして慰めてくれるユリウス様は間違いなくクラウスのお兄さんだと思った。俺に治癒魔法が使えるのならこの人の怪我を治してあげたい。
「触ってみてもいいですか?」
「ご自由に。」
絨毯に膝をついてソファーに座る俺の手が届く高さに合わせてくれた。相変わらず右手は皇子様の掌の中にあるままなので空いている左手でユリウス様の胸にそっと触れて、願った。
そう、医学の知識なんて無いから願うしかない。王都の宿でクラウスから教わったように、ミサンガを編んだ時のように。ただ心を込めて。
ユリウス様の怪我が治りますように。痛みが消えますように。元気になりますように。
「おお、あっという間だな、どうだ?ユリウス。」
「はいアルフレッド様、とても素晴らしいです。」
皇子様の驚嘆する声に目を開ければユリウス様の胸から痣は跡形もなく消えていて大きく深呼吸したユリウス様も腕を伸ばしたり身体を捻ったりして治癒の感触を確かめながら皇子様に返事を返した。そして俺に向き直ると最初に皇子様がしたように綺麗な姿勢で絨毯の上に片膝をついた。
「トウヤ殿、治癒して頂き感謝する。これも弟に打ち負けた結果だと反省材料にしていたけれどうちの皇子は人使いが荒い。正直呼吸する度に痛むから困っていた。ありがとう。それから……」
「まだ話すなら服を整えろ、トウヤ殿が困ってる。何が反省材料だ弟の成長に喜んでニヤついてたくせにああうっとおしい。」
確かに痣の消えた見事な胸筋をさらされたままなのも困るけどそれよりもこんな風に皇子様やユリウス様に跪かれた事にどうしても戸惑ってしまう。
でも────この手で確かに治癒が出来た。
ユリウス様に触れた左手をじっと見る。
「どうしたトウヤ殿?」
「あ……その、意識して誰かの怪我を治したのは初めてだったので。」
そんな俺の左手は皇子様がずっと握っていた右手と一緒に握り込まれてしまって更に戸惑うばかりなのだけど、騎士服を整えたユリウス様が中断した話の続きのために再び片膝をついた。
「それはとても光栄だな。それからセオを助けてくれた事もありがとう。あの子は幼い頃に私達の到着が遅かったばっかりに魔獣によって家族を失った。今回あの子にもしもの事があったらセオを王都に連れてきた自分の事や一緒にいながら守れなかったクラウスの事までも随分恨んだと思う。本当に感謝している。」
クラウス様は紫水晶の瞳で真っ直ぐに俺を見つめた後に胸に手を当て礼をしてくれた。
そうなんだ。だからセオはユリウス様の事を『恩人』だと教えてくれたんだ。なら俺の作ったミサンガはセオが失くした家族と同じ運命を辿る所だったのを助けられたんだよね。
「私も……セオさんが無事で嬉しいです。」
セオが無事だったのは本当に嬉しい。その思いに嘘はない。だけど……嬉しいのにミサンガなんて作らなければ良かったと思う気持ちも消えてくれない。
「トウヤ殿の治癒魔法は素晴らしいものだ。なのになぜそんなに哀しそうなのだ。」
上手く笑えない俺の顔を皇子様が不思議そうに覗き込んだ。
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