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危険な魔法
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しおりを挟む「皇子様。もうお許し、下さい……これ以上は……う…ん、無理でございます。」
「『皇子様』ではない『アルフ』だ。その手をどけて口を開けろ。でないといつまで経ってもこのままだトウヤ殿。」
「お願いです。ア……ア、ルフさま、ん……またっ…」
「ほら、まだいけるではないか。さあ次はこっちだ。あ、おいまたそんなふうにしてトウヤ、口から手をどけなさい。」
両手で口を隠して首を振る。助けを求め何度もクラウスに視線を送るけれどその度に目を逸らされてしまう。そうなったらもう頼る人はひとりしか残っていない。
「ユ、ユリウスさま、あ、うぐっ…」
名前を呼ぶために口を開いたタイミングで手を払われまた無理やりねじ込まれてしまった。途端に広がる甘い誘惑に舌を絡め取られてしまう。
「諦めなさいトウヤ。クラウスが止めないのは私達と同意見だからだ。」
この状態が半刻続いている。無理強いはしないと言ったのに皇子様は嘘つきだ。
皇子様が子供達を護って下さる事を約束してくれた後、『トウヤ殿を試したお詫びに』と言った。
ユリウス様が廊下の外に声を掛けるとあっという間にテーブルの上に隙間なくいろんなお菓子が並べられた。ケーキにクッキー、ゼリーにチョコレート。中にはサンドイッチもあってまるでケーキバイキングみたいな光景に俺がときめかないわけがなかった。
「さあトウヤ殿遠慮なく好きなだけ食べなさい。ユリウスとクラウスも座って一緒に食べよう。ほら、どれがいいのだ?」
皇子様がお皿とケーキサーバーを手にしてニコニコ笑って待ち構えていた。その姿にクラウスが固まっている。
「皇子様、それは私にさせて下さい。」
手を伸ばしたけれど届かない高さにひょいっと逃げられてしまった。
「いやいや、これはお詫びなんだから私がやる。それからトウヤ殿『皇子様』と呼ばれるのは好きじゃない。アルフレッド……いや、『アルフ』がいい、そう呼んでくれ。」
「ゴホッ……いや、失礼しました。」
皇子様のこの提案にその向かい側に座ったユリウス様が口に運んだ珈琲を飲みかけて噎せた。これは駄目なやつだ。
「……そんな風にお呼び出来ません。私こそ『殿』はやめて下さい。ユリウス様も『冬夜』でお願いします。」
ようやく言えた。そう呼ばれる度に耳がこそばゆくて仕方なかった。ユリウス様はすぐに『わかった。』と返してくれた。
「それはズルい。なら私もこのままだトウヤ殿。」
これがついさっきまで俺を追い詰めていた人と同一人物かと疑うほどに小首をかしげあざとい顔で俺を見る。それがうさぎみたいで可愛いなんてイケメンはズルい。
もう一度ユリウス様を見れば恐ろしく冷ややかな目で皇子様を見ていた。
「ではアルフレッド様とお呼びしてよろしいでしょうか。」
「アルフだ、トウヤ殿。」
ノートンさんやセオは『第一皇子様』と言っていたから『皇子様』と呼ぶのは決して駄目じゃない、はず。それよりも俺みたいないわゆる平民が名前どころか愛称で呼ぶなんて絶対おかしい。
「……ア……アルフ…様。」
そう呼んだ途端に綺麗な半円を描く口元。
「ああ、トウヤ。さあどれがいい?」
やっと俺に相応しい呼び方に肩に入っていた力もどんどんゆるくなっていく。そうなれば目の前に並ぶお菓子に目がいってしまうのは仕方ないよね。
「じゃあこれとこれを頂いていいですか?」
選んだのはスフレチーズケーキとチョコトルテ。他にも色々あったからすっごく悩んだけどお腹と相談したら2コが限界だ。それにやっぱりケーキにしても1カットが凄く大きいんだよね。
「任せておけ。」
アルフ様は俺の分を美しく取り分けてくれた後、1枚のお皿に崩れるのも構わずケーキを山盛りに乗せてそれをクラウスの前に置いた。
「アルフレッド様これは……。」
「クラウスは甘いもの苦手だろう?だからそれ全部食べろ、それでさっき私に剣と殺気を向けたのを帳消しにしてやる。本来なら懲罰案件だからな優しいだろう。」
ニイッって笑いながらケーキサーバーの先を剣の様にクラウスに向ける。そう言われたクラウスはすっかり諦めて大きく溜息を付くと渋々フォークを手に取った。
食べ物の好みを知ってるなんて本当に親しいんだな。まあクラウスの周りにいる人は例え顔見知り程度でも俺より付き合いが長いのは確かだ。だけど俺だってクラウスが甘いの苦手なの知ってるもんね。だから結構辛いんだろうな。
俺のために皇子様に剣を向けさせてしまった。許してもらえたけど本当は絶対に駄目なやつだよね。
そんな事を考えながらケーキを口に運べばしゅわりと溶けて口に広がるチーズケーキの美味しさに幸せな気分になる。
「おいし……。」
「口に合って何よりだ。沢山用意したんだからどんどん食べろ。」
「ありがとうございます。」
お礼を言ってからクラウスの様子を見ればフォークを手にしたもののどこから食べ始めようか迷っているみたいでその手がお皿の上を行ったり来たりしていた。
いいなぁ、あのフルーツタルトも迷ったんだよなぁ。あ、そのラズベリーみたいなケーキも。オレンジケーキも捨てがたっかったなぁ。
そうやってクラウスのお皿を随分羨ましく見てしまっていたらしい。クラウスのフォークを持つ手が止まってタルトの先を一口大に切り掬って口に運ぶのだと思ったらそれが俺のお皿の上にやって来た。
「───いいの?」
「色々食べたいんだろ?」
「へへ、ありがとう。」
ケーキからクラウスの顔に視線を移せば呆れながらもいつもみたいに空の蒼色の瞳で優しく笑っていた。クラウスが俺の事を知っててくれるのが嬉しい。
そうして全部のケーキを一口ずつ分けてもらったらホントにバイキングになっちゃった。
「トウヤ、そんなに好きならちょっぴりではなくまるごと全部食べればいいだろう。トウヤの為に用意したんだから遠慮はいらんぞ。」
「いえ、そんなに食べられません。これでも食べ切れるか少し心配です。」
アルフ様の呆れた様子に皇子様の前では行儀が悪かったかと少しだけ恥ずかしい。でもこんな機会早々ないからいいよね。
最初の2つでも欲張ったと思っていたけれどクラウスが分けてくれたからケーキ4個分というかホールの半分近い。だけど最初の一つをスフレチーズケーキにしたおかげでなんとかいけそうだ。
「トウヤは相変わらず食が細いんだな。以前会った時と比べても身長もまるで変わらない。」
「そうなのか?トウヤの歳は18だったか?」
「──19になりました。」
「ではまだまだ成長期だなしっかり食べろ。」
そう言いながらアルフ様やユリウス様はサンドイッチをぱくぱくと口に運んでいた。その大きさ、一口で入るんデスネ。
何度も言うけど俺の成長期はもう終わってる。この先身長は伸びたとしてもせいぜい1,2センチ。体重はそりゃぁ頑張れば増えるだろうけどクラウス達みたいにムキムキになれる体格じゃない。
それに俺だって大好きなスイーツがこれだけ目の前にあれば全種類味見したい。普段なら今お皿に乗ってるくらいのケーキなら余裕だと思う。
だけどやっぱりこの何日かは心配事が多すぎて余り食べられなかった。ノートンさんやセオに心配掛けないように食べる努力はしていたけれどやっぱり喉を通らなくて盛り付けで量を誤魔化したりそれでも無理な時はこっそり小さい子組に手伝って貰っていた。そんな風にすっかり小さくなった胃だけど一番大きな心配事が無くなって好きなものなら受け付けてくれらしい。
一口ずつゆっくり味わって食べる俺の向かい側でクラウスは1ピースを半分ずつ口に放り込んでは珈琲で流し込むからあれだけ沢山乗っていたケーキがあっという間に消えてしまった。
その様子をとなりに座るユリウス様がクラウスによく似た顔で笑って見ていた。
こうして並ぶとやっぱり似ている。瞳の色は違うけれど金に輝く髪の色や逞しい身体つき、柔らかい雰囲気なんかも。だけどユリウス様のほうが断然『お兄さん』って感じで珈琲を飲む仕草も上品だ。確かにクラウスは『弟』だったんだな、なんてイケメンを鑑賞しているうちに俺のお皿のケーキも最後の一切れになった。
「ごちそうさまでした、美味しかったです。」
過ぎた量を食べ切れてホッとしながらはちきれそうなお腹をそっと撫でた。こんなに食べたのいつぶりだろう。
「やっと皿が空になったな、さぁ次は何を食べる?」
なのにアルフ様が新しいお皿とケーキサーバーを持って笑顔で待ち構えていた。
「いえ、もうお腹いっぱいです。」
「遠慮はいらんと言っただろう、トウヤの為に用意したんだもっと食べろ。」
「……じゃあ、そちらのクッキーを一枚……」
ぐらいなら入るかと思ったらクッキーが綺麗に皿べられた器ごと目の前に来た。
アルフ様がニコニコと笑って見ているから直に一枚手にとって口に運ぶ。ナッツの入ったクッキーは一口噛めばさくほろでバターとナッツの香りが広り美味しくてお腹いっぱいでも嬉しくなってしまう。
「クッキーも凄く美味しいです、アルフ様も食べて下さい。」
今度真似して作ってみようかな。
「いや、気に入ったのならトウヤが全部食べろ。」
「いえもう充分頂きました。」
「そう言いながら今も食べられただろう?ほら、今度はこっちのプリンはどうだ?うまいぞ。」
そう言って目の前に差し出されたのはマグカップほどの大きさに入ったプリンで上にふわふわした生クリームがのっているのが魅力的だ。
「プリン。」
食べたい。けれど流石にもう……と思ったらそれをスプンでひとすくいして目の前に差し出された。一国の皇子様にここまでされたら断れない。
「さあ、口を開けろ。」
「え?」
開けた口にスプーンを入れられびっくりして閉じればするりと引き抜かれた。滑らかな舌触りの優しい甘さが口に広がりあっという間に喉の奥に消えた。
「ほら、食べられるでは無いかではもう一口。」
「自分でた、べ…‥むぐ。」
伸ばそうとした手を躱されまた口の中にプリンが入れられる。
「遠慮するから駄目だ、私が食べさせてやるからもっと食べろ。さっきのユリウスの治癒で魔力も随分使っただろう?その分の回復にだって必要な筈だ。大体なんだってそんなに細いんだ骨だって簡単に折れてしまいそうだぞ。さあ次だ。」
結局そのままプリンを全部食べきるまで子供みたいに食べさせられ一度口をつけたものを残すのも嫌で意地で食べきった後両手で口を隠した。だってアルフ様の手にはマシュマロとチョコレートの載ったお皿があったから。
その状態でかれこれ半刻程攻防が続いているけど俺は負けっぱなしだ。何度無理だと言っても隙きを見つけてチョコやマシュマロをあっさり口に入れられてしまう。クラウスに助けを求めても目を逸らされ、ユリウス様もアルフ様の味方だ。
これ以上はせっかくの美味しいスイーツの魅力が半減してしまう。
そしてさっきの様にソファーの端まで追い詰められた所で俺の身体がふわりと宙に浮いた。
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