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危険な魔法
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しおりを挟むクラウスの話 王都編 ⑭
朝一番でルシウスの元へ向かったのに宿舎に戻ったのは昼に近かった。思ったより話し込んでいたみたいだ。
動きやすい服に着替えると鍛錬場に向かった。
「おいクラウス、お前休暇中だろう?」
「ああ。誰か相手をしてくれないか?」
遠征に参加しなかった青騎士の団長に聞いてみるとこのくらいはいるだろう?と5人ほど預けてくれた。
とはいえ力量のあるものは全員休暇中だ。まとめてやっても半刻で終わってしまった。これじゃあなんの練習にもならない。何しろ相手はあのユリウスなのだから。
******
フランディール国王城内第一皇子専用執務室ではその部屋の主であるフランディール第一皇子アルフレッドが机の上に積み上げられた書類の処理作業に追われていた。
とは言え運悪く書類を持ち込んだ際に掴まった若い書記官が読み上げる書類にサインを入れているだけだ。
一つの山を終える頃を見計らうように新たな書簡の束が来た。それらの封を切り中身を確認していたもうひとりの書記官はその中に別の人間に宛てられたものが混ざっているのを見つけそばに控えていた近衛騎士に恐る恐る手渡した。
「おい、お前宛の書簡が混ざってるなんて職務怠慢じゃないのか。」
すでにこの状態は2日目になる。八つ当たりに巻き込まれた憐れな2人の書記官が可哀想に震え上がってしまった。
「私があなたのそばにいる事なら庭園の鳥でも知ってますよ。怠慢どころか配達の人手が減って実に合理的です。」
ねぇ。と震える書記官に手紙を受け取った近衛騎士ユリウスが微笑みかけた。
封筒を裏返し差出人を確認すると目を細め、その場で封を切り目を通す。
「───アルフレッド様、発言をお許し頂けますでしょうか。」
「なんだ嫌らしいなかしこまって。今しがた意見して寄越したじゃないか。」
「私事ですからね。」
「面倒くさいな、さっさと話せ。」
2人の書記官には明らかに機嫌の良い近衛騎士に皇子の苛立ちが増したように思えた。
「実は末弟が改まって話があると言ってきたのですができれば手合わせをしたいと言っておりまして。」
「私とか?」
「とんでもない。私の可愛い弟を殺す気ですか?もちろん相手は私ですがこれでも一応あなたの近衛騎士ですので許可を頂きませんと。なので近いうちに休暇をください。」
「誰が殺すか。剣術の腕前だけならお前のほうが上だろう?そうまで云うなら軽い模擬戦ではなさそうだな。面白い、お前こそ大事な弟を殺さないように私が直々に見張っていてやろう。場所も城内の闘技場を貸してやる、明日にでも呼び出せ。ちなみに誰がお前に休暇なんぞやるか。」
ニタリと笑う皇子に舌打ちで返す近衛騎士の姿に書記官達は逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだけれど足がすくんでしまいそれは叶わない。
「それは格別のはからいありがたく存じます……が、明日は駄目です。」
「何でだ。」
「目の前の書類の山の決済は明日中ですのでアルフレッド様を執務室から出すわけにいかないでしょう?そんな事をしたら私が宰相様に叱られます。なので弟は明後日呼び出すことにします。」
ユリウスの用事に便乗してこの書類の山から抜け出そうとした目論見を躱され、アルフレッドがその手の中にあったペンを片手でへし折った。
「……お前は私の近衛騎士じゃなかったか。」
「ええ王国近衛騎士団所属で第一皇子様の護衛騎士を拝命しております。健やかに王国を治められる王族の方を間近で拝見できる栄誉をいただけて幸せです。」
初代王の再来、現フランディール最強と謳われる第一皇子とそれに次ぐと言われる近衛騎士ユリウスの舌戦の間に立たされていた2人の書記官は両手を握り合いすっかり青ざめていたけれど上司に起こられる事は避けられたのがわかりホッと胸を撫で下ろすとひとりは次の書類の音読を、もうひとりは書簡の選別を再開した。
******
「有り難いが返事が早すぎるだろう。」
長兄に宛てた手紙を城門で預けたのは今朝の話だ。しかも今は夕食も終わり、毎日の定期配達の時間なんてとうに過ぎていた。
それだけでも兄の前のめり感が伝わる分厚い手紙の封を複雑な気分で開ける。
3枚の便箋には実家に顔を出せだのお祖母様のところへ遊びに行けだの延々と綴られていたけれどそこは適当に読み捨てた。
今朝ユリウスに宛てた手紙には話したい事があることと真剣による手合わせをして欲しいと願い出た。自分の今の力量を知りたかった。
「……明後日1時、城内の闘技場。」
休暇のうちにできれば有り難いと思い描いていたよりも随分早い兄からの呼び出しに心が逸る。
すでにシャワーを浴び終えていたけれど再び愛用の長剣を握り鍛錬場へ向かった。
ユリウスは俺にとってルシウスと同じくどこにでもいる優しい兄だった。俺が学校に上がるまでは帰宅した兄たちによく遊んで貰っていた。
剣技も魔法も『すごいな、流石俺達の弟だ。』と誉めてくれるばかりだった。
それが勘違いだったと分かったの俺が学校に入りしばらくした頃。多くの教師や兄たちの同学年の奴らが同じ言葉を俺に向けた。
───なんだ、末っ子は普通だな。
それでも同学年に劣ることは決してなかったのに兄達にはまるで敵わず、その差は今も埋まらない。何年も目を背けては見たけれど何かが変わるわけでもなかった。
今では素直に前を向けばその背中がただ頼もしいと思える。俺が今以上の力を手に入れるにはより力のある者に挑むしかないのだから。
そしてあっという間に時間は過ぎて俺はユリウスとともに城内の闘技場に立っている。
これは喜ぶべき誤算なのか誰もいないはずの観覧席に兄とは違う近衛騎士を傍らにおいた第一皇子までいた。そしてその騎士の掛け声で兄の周りの空気が一瞬で変わった。
「では両者始め!」
両手に構えた長剣をユリウスに向けて振るう、間合いを詰め右上から斜めに振り下ろすがかすりもせず、そのまま前に踏み込み切り返した剣を今度は横一線に払う。が、それも余裕で躱される。
何度切り込んでもまるで剣舞のように身体を翻し上手く入ったと思ったものは片手でいなされてしまう。
氷魔法で足留めしようにも掴まってはくれない。やっぱり差がありすぎるのだ。
「なんだ、もう終わりか?」
足を止めた俺をニタリと笑って挑発する。
「終わらねえよ。」
この兄ならばやっぱり己の全てを注がないと駄目なのだ。人相手には使った事はなかったけれどギリギリまで体内で練り上げた魔力を長剣に載せ振り抜いた。
───入った。
そう思った直後、俺の身体は兄の一振りで薙ぎ払われて闘技場の隅に転がっていた。
「すまないクラウス!大丈夫か!」
全身が身体が焼けるように熱い。駆け寄ったユリウスの顔が赤く染まる。
「ハハハッお前に本気を出させるなんてクラウスもやるじゃないか。だがちょっとやりすぎだな。おい、医療班を呼んで────いや待て。」
なんとか意識を保っている中で観覧席で立ち上がった第一皇子が俺の目の前に降り立つのがわかった。
多分あちこち折れてるし視界を塞ぐ血にどこかしら切れているのもわかる。けれどその痛みがゆっくりとひき始めるのがわかった。
「なんだクラウス、面白いもん持ってんね。」
第一皇子は俺のすぐ横にしゃがむと動かせない左手を指先で撫で飾り紐の位置でピタリと止めた。
「ちょっと貸してくれよ。」
口元に弧を描いたまま、指先で引っ掛けた飾り紐を俺の腕から引き抜いた。
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