迷子の僕の異世界生活

クローナ

文字の大きさ
上 下
130 / 333
危険な魔法

130

しおりを挟む



 クラウスの話  王都編 ⑬



トウヤを『桜の庭』の門の中に入れてようやくホッとした。

院長から『桜の庭』の中ならば安全だと言われていた。傷付け泣かせてしまったトウヤはセオと院長に任せ、俺は自分の役割を果たすためにまずは騎士団の宿舎へ戻った。

長兄に手紙をしたためた後食堂で適当に朝飯を済ませると時間を待って王城へ向かった。

城門で許可を得るついでにユリウスへの手紙を預け王立魔法研究所の中にあるルシウスの研究室のドアをノックして返事も待たずにドアを開けた。

「どうぞ開いてるよ……おや、クラウスじゃないか。よく来たね。」

相変わらず色んなものが山積みで声はするけれど姿は見えない。足の踏み場の僅かに残された床を踏んで奥に進めば書物に埋もれたルシウスの姿をようやく確認することが出来た。

「こんな時間に……いや、もう夜は明けているのか。」

「また寝てないのか?」

「寝てないと云うか少しだけズレているだけさ。ちゃんと寝てるよ。」

あくびをしながら青味がかった長い黒髪を掻き上げたルシウスが手元のベルを鳴らすと前回来た時に見た魔法人形ドールが近づいてきた。

「お茶を二人分頼むよ。」

「カシコマリマシタゴシュジンサマ」

メイド服を着せた小さな子供の姿の魔法人形ドールが鈴の様な声で返事をした。

「悪趣味が増してんな。」

「残念ながらあれしか言えないんだ。ベルと同じだよ。───そう言えば討伐遠征ご苦労さま。クラウスの活躍で早く終わったと聞いたよ父さんも鼻が高くなってるだろうね。」

「別に大したことはしてない。」

「相変わらず愛想がないね。まあいいさ───おや?ふふふ、小鳥ちゃんにはちゃんと受け取ってもらえたんだ。魔力も流して貰ってある。」

「触んな。」

不意に手の甲でするりと耳を撫でられムカついてその手を払う。

「酷いな、作ったのは私なのに。それで、今度は何が欲しいんだい?お前がただのお喋りをしに来ないのは分かってるよ。」

魔法人形ドールの運んできたティーセットを受け取り紅茶を淹れて1つを俺によこすともう一つはカップを手に持ったまま淹れてすぐに自分で飲み干した。どうやら目を醒ますためだったらしい。

俺の行動が見透かされてるのなら前置きは必要ない。脱いだコートを積まれた本の上に投げると左手の袖を肘までたくし上げ兄の前にトウヤの飾り紐を差し出した。

「これ、見て欲しいんだけど。」

「なんだいそれは。お前、よく私に他人の作ったものを付けて見せるな。」

「そういうのやめろ、気持ち悪い。」

いい歳した俺よりも大きな男が頬を膨らまして拗ねたりしても気味が悪いだけだ。

ルシウスは俺の腕を掴むと手のひらを上に向けたり下に向けたりと直接は触らずに飾り紐を検分し始めた。

「う~ん。なんだコレ、全く分からないけど何か奇妙なものがついてる?」

そう言うと近くの棚の引き出しから以前トウヤに渡したものに似たブレスレットを出す。ルシウスがそれに手をかざすと廻りに魔法陣が浮かび上がった。

「これはクラウスにもわかるように付与された魔法を可視化させたものだよ。私がいつも見てる景色だ。付与魔法と言うのはね魔石の様に魔力を持ち得たものを使ってそこに魔法陣を書き込むのが普通なんだ。そしてどれだけ書き込めるかは魔法石の質と魔法士の力量によって違ってくるのだけどこの飾り紐はまずそこが違う。それに魔法陣の様に規則正しく美しい物じゃなくてなんというかこう……記号のようなものがグチャグチャって……ああ!読めない!」

しばらく目を凝らして見ていたけど眉間を掴んで目を閉じてしまった。

「それで、その変なのはどう使うんだい?」

「ルシウスでもわからないのか。じゃあ口で説明するより見たほうがわかりやすいと思うから……。」

ルシウスの質問に俺はトウヤの前でやったのと全く同じ様に左腕にナイフを滑らせた。

「うわ、いきなり何するんだ!この中には大事な魔法書だってあるんだぞ、汚れたらどうしてくれるんだ。」

周りの本やら魔道具やらを慌ててどけながらティーセットのそばに置いてあった布巾を投げて寄越した。

「全く、これだから腕力で生きてる奴らは嫌なんだ。それにしてもお前ね、そんなに深く切ったらここにあるポーションじゃ間に合わない……あれ?傷は?」

「治った。これがこの飾り紐の効果だ。」

「う、嘘だ!いや、本当だ……もう一回やってくれないか?ほら、回復ポーション飲んで!」

また別の引き出しから出したポーションを俺の口に押し付けると傷の治癒した場所をグイグイと指で押して確かめている。そのままもう一度やっても良かったがそれは駄目らしい。

「汚れるぞ。」

「いいから早く、見逃したくないんだ。」

俺の腕を掴んだままのルシウスに声を掛けるけど食い入るように見ている。本人が汚れてもいいのならいいかともう一度ナイフを滑らせた。

一瞬だけ熱の様な痛みを感じる。でもやっぱりそれは直ぐに消えて見る間に傷が塞がっていく。
ルシウスは昨日のトウヤの様に両手を俺の血に染めながらも新しいおもちゃを見つけたような顔で治癒されていく様を見ていた。

「すごいな、あれだけ深く切りつけてしまったのに元通りだなんて。血を止めたり傷を塞いだだけじゃないんだな、私の手を握ってみて……痛った!」

少し切ったくらいの傷を回復して見せたくらいではトウヤの治癒魔法の凄さは伝わらない。普通なら後遺症が残るほどの深い傷を治癒して見せてこそその真価を示す事ができる。
だけどそのせいで昨日の夜はトウヤを怖がらせてしまった。

「これ、私にも使えるのか?」

トウヤを泣かせた自分への怒りのまま、力任せに握ってしまった腕を擦りながらルシウスが飾り紐を指差した。

「……わからん。一応俺のために編んで貰ったから。」

「じゃあちょっとだけ貸してくれないか?」

本当は嫌だ、だけどそれではここに来た意味がなくなってしまう。仕方なく外して渡せばさっきまでとは打って変わって大事そうに手のひらの上で眺めると自分の腕に通した。

俺の為に編んでくれたトウヤの色の飾り紐が兄とは言え他の男の腕にはめられるのは気分が悪すぎる。

差し出された手の上にナイフを乗せてやると人差し指の先にナイフを滑らせた。

「流石によく切れる……ね、ねぇクラウス、これ全然止まんないんだけど!」

慌てるルシウスには悪いけど俺は嬉しくて、止血のために兄の指を握りながら笑ってしまった。

騎士隊の奴らが貰った物とは違う。俺の、俺だけのためのトウヤの願いの籠もった特別な飾り紐だ。

「───それ、もしかしてお前が大事にしてる子が作ったのかい?」

「どう思う?王国魔法士として。」

明確な返事はセずにルシウスから取り返した飾り紐を左手に戻し聞いてみた。

「そりゃあもちろんどんな人間がどんな風にそれを作ったのか知りたいよ。なぜ付与された魔法が読み取れないのか、なぜその子はこの研究所にいないのか、とか。」

ずっと身を乗り出していたその背中を深々とソファーに預けるとそう言って意味ありげに俺を見た。

「お前はどうしたいの?」

「ユリウスに話すつもりだ、手紙も出してある。いつ会えるかわからないけれど出来るならユリウスから第一皇子に話しをしてもらえないかと思ってる。」

「───はあ。本当に兄さんの言ったとおり少しも成長してないじゃないか。そうじゃないよクラウス、お前の大事な子なんだろう?だからお前はどうしたいんだ。」

呆れとも、𠮟りとも取れる声でルシウスが問う。そうだ違う。そうじゃない俺は……

「護りたいんだ。俺が、この手で。」

トウヤの飾り紐が結ばれた左手をぐっと握りしめた。

「───うん、それが聞きたかったよ。お前の気持ちは分かった。私はお前の味方だよ、困ったことになったら頼っておくれよ?それまではお前の力でどこまで出来るか見ていてあげるからさ。」

痛いほどに握りしめた拳を満足そうな顔のルシウスが両手でそっと包んだ。幼い頃に剣ではユリウスに、魔法ではルシウスに圧倒的な差を見せつけられそれに嫉妬してきた。だからこそこの兄がどれほど頼りになるかも知っている。

「ありがとう。」

それでも照れくさくて顔は見ないで部屋を出た。








しおりを挟む
感想 229

あなたにおすすめの小説

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...