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休暇と告白
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しおりを挟む浴室から洗った服を抱えて出た俺に冴えない顔色のままのクラウスがホッとした顔になった。お風呂でもないのに長く出てこなかったのを心配してくれたんだ。
「俺もシャワー浴びてくるけど大丈夫か?」
「うん。」
狭い通路を譲って通せばクラウスからはまだかすかに血の匂いがした。
固く絞った服をタオルや洗濯に出す着替えで包んで子供達へのお土産が濡れないようにトランクに詰めた。
パジャマの上にさっきのと色違いのカーディガンを羽織ってベッドに腰を掛けてクラウスが出てくるのを待つ。クラウスに貰った俺にピッタリの要らないもののカーディガン。汚れはちゃんと落ちたかな?『桜の庭』に戻ったら洗い直さなくちゃ。
もっと考えなくちゃいけないことがあるのにぼんやりとそんな事を考えていたらいつもより早く浴室から出てきたクラウスが俺の姿を見てまたホッとした顔になる。ちゃんと部屋にいたからなんだろうな。
ここなら『桜の庭』までひとりで帰れる。考えなかったわけじゃないけれどそれは凄く独りよがりな行動でクラウスもノートンさんもセオも心配させるだけだと思い直した。
「髪、乾かしていいか?」
「お願い……します。」
自分の髪もろくに拭かないで聞いてくれる。素直に差し出した頭をクラウスはあっという間に乾かしてくれた。
「すまない。一緒に過ごせる最後の夜にトウヤにそんな顔をさせてしまった。だけどこの事は俺がトウヤに話したかったんだ。」
手櫛で俺の頭を撫でるように優しく髪を整えながら何も悪くないのにクラウスが『ごめん』と謝った。
「ううん、俺こそごめんね。驚いてまだよく理解できてないんだ。でもクラウスが俺の事を考えてくれてるのはちゃんとわかってるから。」
『そんな顔って』どんな顔だろう。きっともの凄くブサイクなんだろうな。でも無理に取り繕った顔は1度怒られた事があったから好きな人の前で嫌われるとわかってる事はしたくなかった。
「───最後だから今日もクラウスと一緒に眠りたいけど駄目……かな?」
上手く整理の出来ない頭でひとりベッドに入るのは嫌だった。頬を撫でてくれた手を捕まえて聞けば俺の大好きな空の蒼色の瞳で優しく微笑んで一緒に俺のベッドに入ってくれた。
「髪乾かすの早いね。」
「いつもね、年長さんのマリーかレインに乾かして貰うんだ。」
「雨で洗濯物が乾かない時はノートンさんと三人で乾かしてくれたんだよ。」
「でもクラウスが一番早いね。」
「───そうか。」
お喋りな俺の話しを黙って聞いてたクラウスに相槌をうたれて顔をあげると俺を見つめる優しい瞳が変わらずそこにあった。
「うん、1番早いよ。風魔法は便利だね子供達の髪を乾かせたり洗濯物を乾かしたりして。俺マリーとレインに毎日ありがとうって言うんだよ。」
楽しい話をしてるはずなのにクラウスの優しい顔が涙で滲んでいく。
「───俺も……そういう魔法が使えたら良かったな。こんな……こんな魔法要らない。誰かが傷つかないと役に立たない魔法なんて……俺はいらない。」
「それでもその力のおかげでセオは生きて戻って来たんだ。トウヤが護ったんだ。誰にも出来ない凄い治癒魔法なんだ……だから要らないなんて云わないでくれ。」
こらえきれず泣き出してしまった俺をクラウスがぎゅうっと抱きしめてくれた。
治癒の魔法は凄いと思ってた。
素晴らしい魔法だと思ってた。
本来なら喜ぶべきなんだ。クラウスが謝ることなんてひとつもない。凄いって褒めてくれた。『ありがとう』って笑って返事をするべきだ。でもその力が役に立つ時はきっとさっきみたいに血まみれだ。
クラウスに抱きしめられながらひとしきり泣いて、泣き疲れていつの間にか眠っていた。
そして夜中に目が醒めたらベッドの中にはひとりきりだった。
掛布の隙間からわずかに音のする方を覗けば隣のベッドの上で薄明かりの中クラウスが剣の手入れをしていた。
また自分で傷付けたら、と思ってしまい息を殺して見ていたけれど何事もなく鞄にしまった後、腰掛けて俺を見てるみたいだった。
「俺はトウヤを泣かせてばかりだ。」
絞り出すようにつぶやいたその声が悲しくてまた涙が溢れた。人に頼らないようにと生きてきたのは誰だったろうか。ひとりで泣く淋しさに耐えられず泣かずに生きて来たのに、この世界に来てからクラウスの前では泣いて困らせてばかりだ。そして今も俺の所為でこの優しい人が傷ついてる。
「………ふ…っ……」
どうしよう。涙が止まらない。
「寝てる時まで泣くのか。本当にどうしようもないな。」
溜息を付くと俺の横に来て掛布の上から俺をぎゅうっと優しく包み込む様にまた抱きしめて背中をトントンとあやしてくれた。
泣いてばかりでごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。どうしようもないやつでごめんなさい。寝たふりをして甘えてごめんなさい。
再び泣きつかれて眠るまでその腕の中でクラウスの優しい鼓動を聞いていた。
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